第91話 達成感
第91話 達成感
「シルヴィ!! 早くー! 人が集まってきたからみんな出発するよー。このままだと夜までに平原超えられないし、身動き取れなくなる!」
「すみません〜! 隊列を進めてください!」
中央の馬車から乗り出した姫が前方に大きく手を振ると、最前列の旗持ちが合図し隊列がゆっくりと動き出す。
馬車もそれに合わせてゆっくりと動き出し、手を引っ張られながら馬車の中にシルヴィが引き込まれていった。
「すみません、シュリエ姫!」
「元々はお腹の減った私の我儘があって降りたんだし、気にしないで」
よっぽど全速力で走ってきたのかシルヴィの息は一向に整わない。主人であるシュリエ姫が背中をさすっても馬車の床にお尻を付けたままの女の子座りだった。
「あの、メイド長良かったらこれ飲んでください」
「マヤ,ありがとう! いただきます」
仄暗い青色で編み込みの入った長髪。活発そうなマヤと呼ばれるメイド服を着た使用人からティーカップを受け取る。中には緑色の液体が満たされており、ゆっくりと口に運び喉を潤した。よっぽど喉が渇いていたのか一気に飲み干していく。
「私からはこれをどうぞ」
「シイナこれは?」
黒く煤けた赤髪ショートのシイナと呼ばれるマヤと同じ動きやすそうなメイド服を来ており、薬包紙にに包まれた茶色い塊を手渡す。
「きゃらめるって砂糖菓子です。思い出のお菓子で落ち着きますよ? いつも私達に着てる服みたいに落ち着きのある行動をって言ってるのに、1番メイド長が乱れてますもんね」
「余計なお世話よ! こんなに走ったのは久しぶりだから身体が驚いちゃってるの....。冒険者の人みたいに身体を鍛えてれば、こんなんじゃ息なんて上がらないはず!」
薬包紙を爪先でゆっくり剥くとビー玉サイズのきゃらめるを口の中に放り込む。清涼感あるスパイスの香りが口の中一杯に広がり、後を追ってクリーミーな甘美な甘さが溢れてきた。
「わぁ、美味しい」
予想以上にクリーミーな味にシルヴィが驚きを隠せない。そして、独特のスパイスが癖になる。
「異世界の食べ物って幸せな気持ちになりますよね」
シイナがウフフと笑う。
「そのキャラメル、私も貰っても良い?」
「はい、どうぞ」
肯定するようにシュリエが手を伸ばし、幸せの素を受け取る。
口の中に放り込むと馬車の席に座り、シルヴィも腰を下ろす。
「でも、聞いてた通りの人だった。もう少しお話したかったんだけど、残念だったな....」
「あまり我儘でご予定を乱さないで下さいね。この遅れを取り戻す労力は馬鹿になりませんよ?」
「シルヴィだってあんなに美味しそうに食べてたじゃん」
「あれは....」
「なんて冗談。美味しいもの食べれば力も湧くから問題ないよ。一週間後楽しみだな。今後の評価にも繋がるしね」
シルヴィが乗った反対側にある窓枠にはキノがラウンジで会計の代わりにウェイターに渡した木彫りの小さな置物があり、シュリエをじっと見つめていた。
場所は変わり、デンケンが戻ってきた屋台喫茶店。エナがエプロンに身を包み、目を回していた。
「ねぇ?おかしくない?」
「ん? 何が?」
「なんで私は調理でキノはただ突っ立ってるだけなの!?」
テキパキとキノの指示でエナが用意したり、食べ物を作ったりしているのだが、指示を出す役割のキノは椅子に脚を組みながら座り全く動こうとしない。
「仕方ないでしょ、エプロンの予備は一つしかないんだから....。真っ直ぐに並んで〜」
屋台の外では接客のいろはなど感じさせないほどの無表情で押し寄せてきた列をキノが座りながら整理していた。
屋台の中では、エナは鉄板の上に木製の茶筒のような容器に入った白い液体を刷毛で薄く伸ばし、デンケンにサーブし、それに手を翳すとこんがりと透明なチップが生産されていた。
「はい、御注文は、コーヒー二つに付け合わせ4つですね。少々お待ちください」
ゆったりとした口調だが、ニーナは必要なことを恥ずかしがらずにはっきりと口にしていた。
「しかも、作っても作っても全然終わらない!? いつまで続くのこれ?」
「まだ大分続く」
頭上を円を描くように飛んでいた鳥がまた一匹、また一匹と増えていく。
「何あの鳥?」
「50人単位で見えてる人が増えたら一羽ずつ円を描くように調教してある。50羽は飛んでるから....」
エナの問いかけにキノが答える。
「後2500人は来るってこと!? プギャ!」
一人で勝手に騒いでいたエナの尻にデンケンが蹴りを入れる。
「何騒いでんだよ!?50個は屋台が出てんだから、頭数は50人ずつだ!! 騒いでる暇があるなら手を動かせ! いつまで経ってもおわんねーぞ!」
「ヒィ〜、デンケンが怖いー。まさかあんたに正論言われる日が来るなんて」
それからは必死に手を動かした。額には汗が浮かび上がり、拭う暇もなく辺りが真っ暗になるまで屋台での労働は続いていった。
食べ物や飲み物を幾ら作っても終わりが見えない恐怖。お店が繁盛することは良いのだが、お店にお客さんを溜めてしまうのは心地の良いものではない。
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