第90話 光るもの

第90話 光るもの


「日がかなり傾いてきた。真夜中に平原を越えるのは危ないからそろそろ出発しなきゃ....」


 名残惜しそうにコーヒーを飲み干すと、シルヴィと共に急いで立ち上がる。


「じゃあ、一週間後にまたくるから結果を見せてね」


「分かった。気をつけて」


 名残惜しそうにキノとエナが2人を送ると、エナが両腕を思い切り上げる。


「やっと終わった〜!!よくあんな凄い約束取り付けられたね。一ヶ月の期間を4分の一にされてたけどそれは大丈夫なの?」


「ん? 何が?」


「いや、策を講じるまでの期間の話。考えてるんでしょ?」


「ああ、何も考えてない」


「え?」


「全部でまかせ。最初に大きすぎる要求を言えば譲歩してくれる最大期間を勝手に提示すると思って言っただけ」


「じゃあ、これからどうするの?」


 心配を隠せないエナがキノに聞くのだがはぐらかす。


「どうするも何も、稼いだお金はスラムに還元できれば良いとは思ってたけど、スラムにいる全員を平民にしたいって言うのは話してて思いついた事だから」


「って、ことは何も考えずに発言してた訳!?」


「結果的に大きな魚は釣れたから良いでしょ?」


「馬鹿! 一週間後どうするのよ!? 最低でも一年間で10億エール稼ぐ目処が立たなきゃ、これからも憲兵の人達は通ってくれなくなるのよ!?」


「お姫様がいなくても個人的に来るようになってくれないかな?」


「無理でしょ?」


 そんな無計画な話をしているとシルヴィが一人で戻ってくる。せっせと走りながら息を切らしていた。そして、キノの目の前で立ち止まる。


「ハァハァハァハァハァハァ....!」


「えっと大丈夫?」


「これ....渡しておき....ます!」


 キノが恐る恐る声を掛ける途切れ途切れになった息の合間で、クルクルと筒状に巻かれた茶色っぽい紙をキノに渡す。


「これは?」


「お城で作る料理に貴方達が栽培している野菜を買い取って使う為の契約書です! 今食べている物より品質が高いので、仕入れたいと思って....今いるメイド全員も了承してます!」


「わざわざこれを?」


「無事に帰還できるとも限りませんし、私達に何があってもそれがあれば最低限、スラムの生活も潤うと思いまして....。それに、野菜は取りに行くように城まで手紙を出させました....」


「でも、何でそこまで私達の事を気にかけてくれるの?」


 書面をまじまじと覗き込むキノに代わってエナが質問する。


「弱者でも偶々機会に恵まれた者は有名になり、力ある者ても埋れればただの人....。私が好きだった人が言ってた言葉です。貴方達の作った野菜は瑞々しくて本当に美味しかった。だったら正当な評価が必要でしょう?」


 にっこりと笑い再び足早に去っていった。


「下民達が作った野菜を王様達が食べるなんて正気?」



 エナが首を傾げる。


「身分に差があれど、何かを感じる感情に差はありませんよ? それに、我々が食べるほど国民が潤うのなら率先して食べるべきは王族でしょう?」


 エナの言葉が聞こえたのか振り向き様にシルヴィが挑戦的な目でサラリと流す。主人を第一と考えているとは思えぬ程強気な台詞だ。


「確かにね。忠義に厚い顔をしといて意外と食えない人だったんですね?」


 それを聞いたキノが本性を曝け出させてやろうとけし掛ける。


「ふふ。得体の知れない者を食べさせるなら気が引けますが、ただの野菜。製法はどうであれ、人体に影響がないから販売してるんでしょうし、私はただ質の良い野菜を買っただけです」


「まるで、人体に影響が出たら私達は何かされちゃうの?」


「国家反逆罪で吊し上げられるんじゃないですか?そんなことにならないように願ってます」


 再び歩き出したシルヴィの声が抑止力の様にキノに刺さる。


「心にも思ってなさそうなことを....。女狐が....」


「どこぞやのどら猫よりは良いでしょ?」


 キノとシルヴィは互いに聞こえぬほどの大きさでポツリポツリと呟いた。


「王族も一枚岩じゃないのかな? 隙があれば夜にでも寝首をあのメイドさんに掻っ捌かれそう」


「しー! 目線はキツかったけど、そんなこと言っちゃダメでしょ!?」


 キノの発言をかき消すかのようにエナが声を上げる。


「大丈夫。いちいち戯言に耳を貸すほど暇じゃないでしょ? ましてや、料理をたらふく食べといて文句なんて言いませんよねー!?」


 わざと聞こえるように大きな声でキノが叫ぶ。


「でも、あの人には甘やかすだけの優しさじゃなくて本気で誰かを想う厳しさもあった。そんな人が偉い人の周りでは必要なんだと思う。さて、エナも手伝って」


「ん? 何を?」


「み、せ、ば、ん。この期に少しでも料理覚えなさい」


「え? マジデスカ? やるの?ワタシも?」



 キノから渡された黒いエプロンを受け取るエナの表情は硬く引き攣っていた。



 してやったと言わんばかりの達成感を噛み締めながらキノが勝手に優越感に浸っていた。



 しかし、口からは出まかせを言ったので身体に残るお姫様の感触を確かめながら今後どんな事をやっていこうか頭の中でぐるぐると考える。



 だが、一瞬でそんな事を忘れてエナに店番のやり方を教えていく。

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