第89話 お腹いっぱい食べていい理由
第89話 お腹いっぱい食べていい理由
「今舌打ちしなかった?」
「した。だって煮えたぎらない。食べる事を我慢して倒れたらそれこそ国民の不安を煽ることになって本末転倒。グダグダ言ってないで好きな時に好きなだけ食べれば良い。私達みたいに食べたい時に食べられない身分じゃないんだから」
お姫様の問いにキノが私利私欲を交えてどうにか大食いを正当化しようと言葉を巧みに操る。
「でも....」
キノの言葉が自分を正当化する為の方便に聞こえてしまい躊躇する。
「キノの言葉を借りるなら、私達は食事を満足に取るのにも命懸け。そんな中からみたら食べ物があるのに食べようとしてない貴方を殺したくなっちゃうかも....」
独り言のようにエナが呟いた。
周りを見るとニーナも屋台の中から城の中で過ごす姫に複雑な表情を向けていた。
いつもの食事の風景を思い出す。
彩られた皿に乗る数々の食材。誰かが丹精込めて作っていた物を自己中心的な理由で残していた。
そのくせ自室では隠れてお菓子を摘む。
食べなかったことにより捨てられている食材の
意味をようやく理解した瞬間だった。
「だから、そんな見栄よりも素敵な食べる理由を私が貴方にあげる。お腹が裂けるほど食べたくなる理由をね。だから、一つ約束して....」
「何をですか....?」
腹が裂けるの部分が怖くて仕方ないが食い気味に問いただす。
「その理由が理にかなってたら約束を飲むって」
「いいですよ? そんなもの、私の主人にとって朝飯前でしょう」
「ちょっとシルヴィ!」
馬鹿でかいサンドイッチにわんぱくに齧り付き食べ終わったシルヴィは暇を持て余したように机に頬杖を着きながら勝手に話を進めていく。
「なんですか? さっきみたいにグダグダやるよりこういう事はパッと決めた方が良いんですよ」
「だからって....」
「それに、国民からの提案すらまともに聞けないほどのお飾りのお姫様なんですか?」
蛇のように鋭い眼光でギロッと睨みつけ有無を言わせない。
「わ、分かったから。そんなに睨まないで....?」
蛇に睨まれたカエルのように大人しくなり、キノの話を聞く姿勢を致し方なく作る。
「この屋台で儲かったお金は私が住んでる幽霊屋敷のある81番区に還元する」
「どうやって?」
キノの言葉にお姫様が興味が湧く。
「目に見える変化。その為に、先ず81番区に住んでる全員を平民にする」
突拍子もない一言がキノの口から聞こえてきた。
「そんなこと本気で言ってるの!?」
「本気だけど?」
罵るように厳しい口調でキノを叱責する。対照的に大それた事を言ったキノの表情は飄々としていた。
「81番区は私も知ってる。スラムで1番大きくて、人も1000人は居る。一人の平民維持費は年間100万エール。10億エールも年間で稼げる訳ない!」
「今のままじゃね。だけど、貴方達が頻繁に買ってくれて、お客さんが増えていけば無理じゃない。そうでしょ?」
その言葉には絶対の自信があった。憲兵の食いつき方を見れば、決して不可能ではない。だが、絶対に達成できるわけでもないのだ。気候にも左右されるし、どれだけの人が定着するかもわからない。不確定要素が多すぎる。
「その目的を達成する為には今以上の努力が必要になる。策はあるの?」
「あるから言ってる。だけど、口ではなんとでも言えるから、一ヶ月私にチャンスを頂戴。目に見えるようにしとくから....」
「なるほど。私達が食べれば食べるほど、それが国民の為になる....か...。分かった。ただし、一ヶ月は待てない。国外遠征から戻る一週間後。それまでに策を可視化して私に見せて」
「分かった」
「それと、私達は一週間この屋台にら来れないけどその間はどうするの?」
「ああ、それは大丈夫。ほらみて」
キノが国外と国を隔てている壁に作られた門を指差す。シルヴィと同じ格好をしたメイドが木箱やら壺をいくつもの馬車に詰め込んでいた。
「シルヴィ、あれは何をしてるの?」
「食糧の買い出しをしました。干し肉や野菜の塩漬けなど、一般的に流通しているものよりも質が良かった為です」
決して、自分が欲しかったから買ったという訳ではないと言う事を強調して、淡々と話すのだ。
「一週間分、きっちり買ってくれたから暫くは大丈夫。屋台の事も心配しないで行ってきて。私達の屋台で継続的に買うために今回もなんらかの成果を持って来てね」
「ここまでが作戦だったなんて....。私を食い物にするなんて、なんて肝が据わってるの? シルヴィだって、絶対自分が今食べたいものを買ったでしょ?」
「先程私の話を聞いてましたか? 城から支給された食料では兵達のパフォーマンスが下がるからですよ? 決して私は私利私欲ではありません」
正当化するようにシルヴィは先程の話をしたのかとその場にいる全員が思ったのは言うまでも無い。
『私は食べられる物ならなんでも食べるの。それがどんなに上質な肉でも関係なくて掴みでワイルドに食い散らかすから....』
片方はこの国のお姫様、もう片方はスラム出身の平民。身分違いの二人の間で同じ笑顔が交わされた。
普通であれば、交わる事のない2人。しかし、二人の運命は交わった。
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