第88話 常連

第88話 常連


「私は、ただ真実を確かめに行くだけです! 仮にあの人たちが自分達の世界に物資を要求しているとして、それを運ぶために使う異世界との門を城の中で父上や兄さんしか入れない様に閉鎖しているのかは何故なのかを確かめに行きたいんです!」


「中々素直じゃないな。国民に嘘なんか付いて良いの?」



 ケラケラとキノが笑いながら揶揄うと、お姫様も否定する言葉に力が入る。


「嘘ついてないもん!?」


 口ではそう言っているが、子供らしく顔を赤らめ表情は本心を語っていた。


「そんなことより、これからも来てもらえる? あの子達の為にも....?」


 急に話を入れ替えるキノに苛立ちながらも苦虫を噛み潰したかの様な表情で眉間に皺を寄せて悩む。


「私たちは国外での調査研究の時現地で狩った魔物を食べてます。だから、正直言って魔物は珍しくもありませんし、これからも使っていくのは難しいです」


「へぇー、その割には痩せてる人多い」


 まだお姫様に背中から抱きつきながら、モミモミとキノよりはある控えめな胸を入念に揉む。



「お姫様も痩せて胸が小さくなっちゃったら、好きな人に嫌われちゃうんじゃ無い?無駄な脂肪からなくなっていくからお腹よりも胸が一番最初になくなるよ?」


 今まで感じたことのない感触に頭がついていかなかったが、しっかり目で見て自分が何をされているのかを理解した。


「変態!!」


 逆手で腰につけていた短剣を抜き、立ち上がりながらキノに斬りかかる。


 キノが後ろに倒れるフリをして地面にゆっくり手をつけ、片手で倒立をしながらお姫様を見つめると顔を真っ赤にして息を荒くしながら両手で短剣を握りしめていた。



 キノはいとも簡単にバク転しながら地面に足をつけて体勢を整える。


「慣れない物を振り回したら危ないよ?」


「じゃあ、私がこんな事をしなくても良い様に変な行動しないでください!」


「別に女同士....「


「でも、ダメだから!! 絶対にダメなんだからね!」


 涙を浮かべながら、キノの事を睨みつけ穴が開くほどの眼力で今にも殺しにかかってきそうな勢いだ。


「わ、わかった」


 ゆっくりと立ち上がると元いた席へとキノが戻る。


「だけど、全体的に痩せてる人が多い。魔物に抵抗があって研究中に栄養を充分に取れない人がいるんんじゃない?」


「それは....」


 魔物を断固として食べない者は一定数いる。調査研究の期間が長引くと国外での調査の為に持って行った食料が腐っており、それを無理矢理食べた者が重病になり国に引き返す羽目になったこともあった。


 しかし、今日はそんな者が見当たらない程屋台の食事に夢中になり、驚きを隠せない。


「そうですね。保存食が尽きそうになると何回も食事を抜く者もいます。そんな時に強い魔物と遭遇したりすると命を落とす者も少なくありません。今屋台でご飯を貪っている者の中には料理を作る担当者もいるので、遠征前にここに寄り、魔物を美味しく調理する技術を獲得することができれば、生存率も跳ね上がります」


「ちょっとシルヴィ! そんな弱々しい事を暴露しないで....!」


「何故ですか? 栄養失調で兵が戦力にならなければただのお荷物になります。その皺寄せは姫を守れない事に繋がります。....即ち、死ぬ事を意味します。姫様の安全を保つ為ならこのくらいの弱味私はいくらでも暴露しますよ?」



「だったら、調理技術だけを買い取れば!! 何も毎回ここで食べてから行かなくたって....」


「ここで買ってから少しでもお腹いっぱいにして行って欲しいなぁ。それとも、下民が作ったご飯は食べたくない?」


「そんな事ないけど....」


 キノのわざとらしく潤ませた目に怯みながら、言葉を濁す。



「お言葉ですが、これらの調理技術はキノ様達が長年の月日を掛けて生み出したものに違いありません。金で全てを解決しようとする姫に問題があるのでは無いでしょうか? ここで、兵のお腹をいっぱいにしてから遠征に向かい、料理技術の向上を図りつつこの方達に継続してお金を払うという形が最良だと私は考えます。兵も、城の質素な食事には飽きて、喉を通らないという者は少なくありませんし、支給分以上を城で食べる事はできません。ここなら、どのお店よりも安く食べられますし」


 キノ達の事を援護するように淡々と話を進める。


「沢山買ってるところを見られて今回みたいに身分がバレたら恥ずかしいなって思って....」


「え? 今更?」


 蒸しパンに、コーヒー、それに加えてジャガイモ。お世辞にもそれらをペロっと食べた姿を見せられれば、とても少食とは思えない。


どちらかと言うと大食い....


「だって,国の象徴の女の子が大食いだなんて....」


「とことん馬鹿」


「ちょっと! 私は国民の夢を壊さないように....」


 キノからの遠慮のない言葉が胸に刺さった。


「そんなんじゃいつもの食事も少し? 食べたい物をしっかり食べなきゃ我慢しすぎて爆発する。屋台で沢山食べてる姿は幸せそうだった。それにみんなそんな幻想抱いてない「


「でも....」


「チッ!じゃあ、私が理由を与えてあげる」


 大きな舌打ちと共にキノの口から溜息が漏れた。



 お姫様本人は国民に自分が大食いであると言う事がバレるのが問題のようだが、キノ達にしてみれば団体のお客さんを獲得できない方が大きな問題なので、互いに譲ろうとはしない。

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