第87話 誰得?

第87話 誰得?


「エグッ....ヒッグ....ヒッグ」


「落ち着いてきた?」


「はい....疑問なんですけど、何でこんな目立つ所で商いを? 今聞いた話だと目立つのもまずいですよね?」



 口ではそう強がるが、涙は未だに溢れ止まることを知らない。それどころか、鼻水も滝のように溢れていた。


「誰かのために泣けるなんて優しいね。でも、この場所じゃなきゃいけない理由がある」


「どう言うことですか....?」


 キノの言葉に目を擦り赤くしながら必死に涙を止めようと堪えようと身体を小刻みに動かしている。うさぎのような小動物を連想させる。


「もし、売り子の子供達がある日路地裏で無惨に惨殺されているのを目撃したり、人伝いに知ったらどうする?」


 試すような挑発的な目線で、耳元でポツリと呟く。


 月明かりに薄暗く照らされた路地裏をニーナが息を切らしながら走る。途中で靴は脱げ、横の道に入ると背中を建物の壁に預けながら胸を押さえて息を整える。


 来た道を振り返ると誰もいない。


 一際大きな息を吐き安心して正面を向くと誰かが立っていた。黒い外套を着込みフードを深く被った誰か。


 声を出すよりも早く小さな刃物でニーナの首元を掻っ切る。


 声を出すことも叶わずに、裂かれた傷口をただただ懸命に抑えながら口をパクパクさせて、踊り狂ったかのようにもがき苦しみ地面に倒れ込んだ。


 身体は痙攣し、目からは見て取れる程の生気が結び目を解いた様な風船の様に一気に抜けていった。


「これで、安心」


 フードを下ろし月明かりに照らされた顔はキノと全く同じ顔をしていた。


「もし、殺されたなら私はその殺した人を何が何でも自分の手で殺す! 一人の国民を贔屓していると言われても構わない! それが例え、私の背中を優しく包んでくれる貴方でも....」


 声を振り絞り、決意を表すのだが最後の言葉には名残惜しみが痛烈な程感じられた。  


「危険を犯してでも、ここに出してよかった」



 優しくキノが微笑む。


「一回でもここであの子達と関われば、いい意味でも、悪い意味でも今の姫様と同じ気持ちになるでしょうしね」


 安心したキノとは対照的にサンドイッチを食べ進めるシルヴィが無表情でただ淡々と言葉を並べる,


「そうなの? じゃあ、ここに屋台を出店した理由って....」


「お姫様達と仲良くなれれば、あの子達を捨てた貴族達も迂闊に手を出せなくなる。自分達も殺されるようになるかもしれないからね。あーあ、毎日買いに来てくれるみたいだし、これからは私たちスラムとお姫様の親密な関係を色々な人に見せましょ?」


「そんなこと言ったんですか? ただでさえ、好きな人に会いたくて個人的に異世界に行く研究をしてるのに、更に多忙になりますね」



 溜息を吐くようにメイドが言葉を漏らし、訝しい表情を向けた。これ以上仕事を増やさないでほしいと言っているのが、ヒシヒシと伝わってくる。


「成り行きで言っちゃったの!? それに、異世界に行く研究をしてるのは好きな人に会うためじゃないし!あんなに気さくな人達が戦争を収めたから食糧や建材を報酬として送り続けろだなんて要求してこっち側に来なくなったってお父さんは言ってたけど信じられない。それを確かめるだけだから!」



 茶化す様に弄ってくるシルヴィに必死に抗議する。



 しかし、あながち間違えでもないようで弁明する言葉からは理論性が消えて頭で思いついた事をそのまま言っているように思えた。



「で、その中に好きな人がいるんですか? お姫様の心を奪っといて向こうの異世界に帰っちゃうなんて何とも罪深いですね」


「だから、違いますから! 本当に真偽を確かめに行くだけで、その中の誰が好きとかじゃないんです!」


 ガールズトークに更に花を咲かせるべく、エナが追い討ちを掛ける。


「私も、同じぐらいの男の子に助けられた事あるから気になっちゃう」


 キノもその会話に参加し、追い討ちをかけるのだからもうてんやわんや。収集がつかなくなっていく。


「気にならないで下さい! 因みに、キノさんの事を助けた人はどんな方だったんですか....?」


「あれあれあれ? 姫様、ひょっとしてキノ様を助けた人と自分が好きな人が同じなんじゃないかって思ってます?」


 キャーといった具合にエナやキノが満遍の笑みを浮かべる。そして、一番オーバーなリアクションをしたのはシルヴィと呼ばれる姫のメイドだ。


「そんな訳ないでしょ!? 昔はもっと真面目だったのに、貴方は本当に変わりましたね」


「からかいがいがあるからですよ」



 メイドの方を見て呟くのだが、それはヒラリといなされてしまう。


「そんなことより、もしも私が馬車を出ないでここを素通りしたらどうするつもりだったんですか?」


「その時は実力行使。馬車を火事にでもして救い出したふりをして恩を売って、無理矢理にでも来させる」



 ふと疑問に思ったお姫様がキノに尋ねると、予想の数倍は恐ろしい返答が返って来た。


「それバレたら国家反逆罪で捕まるからね!?」


「国家反逆罪じゃない。ただの白馬の王子様が助けに来たよ作戦」


「私、そこまでメルヘンじゃないから!? ってか、バカにしてるな!」


「ソンナメッソウモナイ....」


「真っ直ぐこっちを見ろ!」


 キノの目が完全に泳ぎ、言葉も片言になり嘘をついているのが嫌でもわかる。

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