第85話 交流

第85話 交流

 しばらく二人が見合う間では時がゆっくりと流れていった。


『お姫様って!? なんかだいぶイメージと違うけど!?』



 先程、貴族領のモニターで見た時は髪の毛は金色でツヤツヤで服も豪華な物を着ていたせいかイメージと大分かけ離れているようだ。


『服がそれなりに貧相だし、化粧もしてない。薬草薬の目薬で瞳の色を変えたり、人前に出る時だけ艶の出る粉薬を振りかければ大分印象は変わる。骨格や仕草で分かる人には分かるけどね』


 キノ目にはうっすらと『強視』の魔力が灯っていた。見逃してしまうような僅かな仕草もキノの目には映っていたようだ。


『ちょっと!? 貴方達が下民なら仕入れはどうしたの? 下民相手にこんなに質のいい物を仕入れてくれる商会なんていないでしょ?』



 自分の身分がバレたことなど全く気にしない。手厚くしてくれた二人にはバレているものだと思っていたようだ。


『いないよ? だから自分達で全部作った』



 当たり前のようにキノが口にするのだが、とてもそんな事信じられない。スラム街は国の中の何処よりも土壌の質が低く、野菜などを栽培できるような環境では無いのだ。


『どうやって!?』


『私達が住んでいる所はダンジョンから溢れ出た魔物が溢れ出て人を襲う。冒険者じゃなくてもスラムに住める人はそこそこ強いから撃退できるけど、死肉は腐るまで放置。衛生的にも良くないから、孤児院に持ってきたら皮を服に加工して肉は食べられるようにするって言って集めるようにした』


『野菜は!?』


『それはこれを使った』


 キノのポケットの中から小さな小瓶が出てきた。


 瓶の蓋を開け、ジャガイモで作った透明なお菓子を入れると瞬時に食べ尽くされ、瓶には茶色い粉が残る。


『何これ?』


『ダンジョンクリーナー。一定期間が経つとダンジョンの作りが変わっていたり、魔物の死骸がなくなってたりするけど、原因って考えた事ある?』


『そういう物だからなんじゃないの....かな?』


『国外で研究とかしてるのに当たり前のことは知らないんですね?』


ポツリとエナが呟いた。


『いや、そんなダンジョンの仕組みなんて普通知りませんよ!』


『そうなの? 私達にとっては常識なんだけど?』


『絶対違う! それで、どうやってそれで野菜を?』


 キノの言葉を強く否定するのだが、好奇心が抑えられない。


『服にも加工できない小さな皮や食べられない骨をクリーナーに食べさせて土の養分にした。マジックビーンズって言う魔力で育つように改良した野菜ならこの土で一晩で収穫できるから野菜はそれを使ってる』


『凄い技術ですね。では何故この場所なんですか? 平民区で稼げば身分維持費以外に所得税が一ヶ月毎に加算されます。所得税の掛からないスラムで営んだ方が安上がりなのに....』


『お金だけの面ならそうだけど、それで生きてるって言える? 日の当たらない場所でコソコソ生きる人生じゃなくてあの子達や理不尽に捨てられた回復術士の人達には人並みの幸せを掴んで欲しい。産まれた時から王族のお姫様には難しいかな?』


 言葉が出てこない。恵まれた環境で生まれ育ち、下民に目を向けることなどしようとしてこなかった。


『ハァハァハァハァハァハァハァ。 探しましたよ? どこかに行かれるなら一言お申し付け....下さい....』


『わっ! シルヴィ!?』


 全速であちこち駆けて回ったのか艶のある黒髪はあちらこちらに跳ね、汗を額に浮かべながら息を切らすメイドが茶色い紙袋を携えながら背後から声を掛ける。


『良かった椅子に座って下さい。かなりお疲れのようですし』


『お気持ち頂戴致します』


 キノの心遣いを受け取ると椅子に座るとぐったりと机に伏す。


『あの....これ....』


『頼んで....ない....ですよ?』


 木のトレイの上に置いた長細い透明なグラスには水と丸く加工された飴玉よりも少し灰色の大きい石が3つ入っていた。


『あの、サービスです!!』


 知らない綺麗なお姉さんに話しかけたのがよっぽど恥ずかしかったのか、ニーナはテーブルに置くとそそくさと戻っていった。


『え? こんなに透き通ったお水を? 魔力水じゃなさそうですし....』


『正真正銘の井戸の水。その袋、さっきの蒸しパンサンド以外にも沢山買ってくれたからお礼だと思う』


『頂きます!』


 よっぽど喉が渇いていたのかゴキュゴキュと喉を鳴らしながら半分ほどの水を一気に流し込んでいった。


『何これ! ありえないほど冷たい! 汲みたて以上に美味しいんなんて....』


 こんな綺麗な水が無料のサービスとして、しかもキンキンに冷やされた状態で提供されたことに驚きを隠せていない。感動を全身で愉悦として喜んでいた。



 飲んでいるのはただの水なのだが、メイド服を着た上品なメイドが喉を鳴らしゴキュゴキュと美味しそうに水を飲んでいるだけで、絵になる。



 それを偶々見た他の屋台に並んでいたお客さん達も、メイドが飲んだ水がどんなに美味しいものなのか気になったようで、ニーナとデンケンの店に並び同じものを注文していた。


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