第84話 希少性
第84話 希少性
『どう? ヤバイ粉の初体験は? 味は?』
『ヤバい粉ってこれ、甘い!! 砂糖ですか!?』
『ピンホーン、正解』
瓶の中に指を入れ、今度は自分で瓶の中の砂糖を舐める。
『本当にヤバい粉だと思っていたの? 可愛いなー!! もうー!!』
テーブルに横顔を付けながら酒に酔ったのかと思えるほど上機嫌なエナが猫を撫でるような声を出し、頭を撫でる。お客さん対応というよりも、親戚の小さな子と戯れるようだ。
しかし、その砂糖を舐めたその表情は今までとは比べ物にならないほど神妙で険しかった。何度も自分の舌が正常に機能しているということをモゴモゴと確認し、何か喋りたそうな雰囲気を醸し出していた。
『あれ? どうしたの?』
頭を撫でたのが嫌だったのかと思いエナが頭から手を離す。しかし、手を離しても表情は戻らない。それどころか、より一層険しくなっていった。
『これが全部砂糖って本気で言ってます?』
『全部砂糖だけど?』
質問を投げかけられたキノが端的に答える。
『そんなあり得ない!?』
バン!と勢いよくテーブルを叩き、立ち上がる。
『王領では砂糖は希少でスプーン一杯で平民の家が買えるほど高価な値段で取引されています! なのに、こんな瓶一杯の砂糖を集めることなんてできるはずが無い! ここでマーケットを開く思い切りさや魔物を売る豪胆さ。極め付けはこの砂糖!一体貴方達は何者なんですか? あの子達にも事情がありそうですしね』
『取り敢えず、座ってお話しよ? そんなに怖い顔してたら美味しいご飯も楽しくなくなっちゃう』
『そんな悠長なこと....!』
キノの掴みたどころのないミステリアスさを醸し出す雰囲気に苛立ち声を荒げていたが、ハッとする。
屋台の方に目を向けると先ほどまで幸せそうに食べていたニーナがビクビクと怯えていた。
『結果を知りたいのは分かる。だけど、この国を将来背負っていく子供に恐怖を与えるのは嫌でしょ?』
色々言いたげな表情ではあるものの、一応は席に戻った。
『順番に説明するけど、これは王領で流通してる砂糖じゃない。よく見て』
ヤバイ物というから白い粉として認識していたが、よくよく見ると僅かに茶色く燻んでいるように見えた。
『砂糖じゃないんですか? でもあまかったし....』
『砂糖だよ? だけど製法が違う。王領で流行ってる砂糖は知らないけど、テンサイって芋から私たちは作ってるから』
『え? これ芋からできてるんですか!?』
『そう。それにこの透明な付け合わせはジャガイモの皮を煮た白い汁にユリの根っこを粉末状にしたやつと砂糖を混ぜて焼いただけ....』
『嘘! てっきり硝子細工みたいに綺麗な果物とかがあるのかと....』
『頭の中意外と夢見る少女なのね....』
プッと笑いを堪えたキノの言葉にファンタジーな妄想をしていた者の表情が林檎のように赤く染まる。
『別にいいじゃないですか!? それと、魔物の肉はどうしたんですか!? 生野菜の質だって高い....』
『随分不思議そうな顔してるね。平民の暮らしにしては水準が高いって言いたげ』
『別にそんなつもりじゃ....』
ただ思ったことを口にしていたつもりが嫌味を言っていたように聞こえていたのかと心の中でモヤモヤが霧のように出てきた。
『その野菜、スラムにいる平民としての税金を収められないような下民が作っていたならどう思う?』
『え? 何でそんなこと聞くんですか?』
『ただの好奇心。失礼なことを口走った自覚があるなら償いがわりにそのくらい教えてもらえないかな?』
キノの棘のある言い方にムッとした表情を浮かべ吐き捨てるように口を動かす。
『もし、向上心のないようなスラムの下民が作っていたならそれはさぞ素晴らしいですね。毎日でも買いにきてやりますよ!』
『言ったね? 言質取ったよ?』
『え?』
『メインストリートで商売してるのは貴族に召し抱えられていた元回復術士、ひっそりとは商売してる子供たちは幽霊屋敷って呼ばれる孤児院に住んでいる。職なしに親無しで平民としての税金を納められない下民だよ?』
『嘘! だって....え!?』
『綺麗な身なりをしていて分からなかった? 自分の研究に没頭するのもいいけど、国民とはしっかり会って交流を深めなきゃ』
『ねぇ、キノ? さっきからこの女の子に対してなんだか大きな事を求めすぎてない? 馬車に乗ったお姫様の侍女にそんな大層な事を言っても可哀想だと思うんだけど?』
『ん? この子は侍女じゃないよ? お姫様本人』
その言葉を聞いてエナとお姫様?が顔を丸くさせ、目をパチクリと動かしていた。
キノの口から発せられた言葉は短く簡単に理解する事ができる。だが、問題はその内容だ。それが頭で理解した通りであれば、この国のお姫様の口の中にキノは指を突っ込み、あろうことか自分が作った砂糖を無理やり舐めさせたのだから、エナの背筋が凍り付くように、神経を身体の内側から軽く撫でられたようにゾクゾクとした感覚が、身体中に駆け巡る。
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