第24話 日常
第24話 日常
「当たり前の様に言っているが、その意味分かっているのか?ダンジョンの中で事故を見せかけて殺しても入り口に死に戻る。かと言って、ダンジョンの入り口で殺せば目撃していた冒険者が司法機関などに訴えるだろ?」
「心配ないよ。これを使えばね」
キノが握られた掌を開くと黒々とした親指の爪程の丸薬がコロンと佇んでいた。
「何だそれ?プルーンか?」
人差し指と親指の先で恐る恐る摘むと液体が膜の様な物に包まれているんだと理解する。
「それはヘビードドラゴンの毒肝。ヘビードドラゴンをドラゴンとたらしめる物」
「って事は思い切り毒!?なんて物を掴ませるんだよ!」
ゲルドの顔から血の気が引き、間近で見ていた毒袋を急いで顔から離す。アタフタと情けない声を撒き散らしこの場を逃げ出しそうだ。
「大丈夫。そうそう破れない」
ゲルドの手から毒を受け取り、強く握りしめるが膜が伸縮し、中身である毒がぷっくりとしただけで中身が弾け飛んだりはしない。
「ね?」
「気が気じゃないんだが?」
しかし、安心どころか余計にハラハラしている。
「ナイフとか鋭利な物で刺さない限り大丈夫。この毒は少し肌に触れただけでその人の骨だけを溶かす。ダンジョンの中でやれば....」
「そうか!!肉体的ダメージとしては計上されない!しかも、その状態なら死ねなくてダンジョンの外に帰ることもないし、手頃な穴にでも埋めれば二度と帰ってこれない訳か!』
先程までの青く、引き攣った顔とは打って変わってイキイキしながらキノから先程の毒肝を奪い、それをうっとりとした目で見つめる。
どうやら、ゲスで自分の利益を最優先にするのであれば積極性を保てる様だ。
「そう言う事。直接肌に触れなきゃ問題ないから扱いも楽だしね。それに最深部まで一直線にしといたし、ボスも今なら育ってない?魔物も一纏めにしといたから楽に最深部まで行ける」
「そこまでしてくれるとは、私はお前のことを勘違いしていた様だな。だが、一直線だと毒なんて盛ったらバレる気がするんだが?」
「最深部に繋がる一つ前の部屋。隠し部屋を作っておいたから毒を盛ったらそこに引きずり込めば良い。親族には今もダンジョン内で行方不明になった子息を探索しているとでも言えば、継続的に調査費を盾にしてお金をふんだくる事もできるしね」
「手際が流石と言わんばかりにいいんだな。本当に効くんだろうな?」
「毒を作る技術が無いとアサシンにはなれないんだから安心して。性能は保証する」
「ならば、一つ契約を交わしてもらおうか」
「契約?」
「何、簡単な物だ」
馬車を運転していた執事を呼び寄せ紫色の羊毛紙を受け取ると邪険にする様に追い払う。
すぐ様その紙に何かを書き始めた。
「魂の密約と言ってな。契約を交わし、それが履行されなかった場合、破った方の身が焼け死ぬと言うものだ」
「スキルで作った物の性能を約束し、ゲルドはその使い方を守るって言うならいいよ」
「分かった。しっかりと最深部に続く一つ前の部屋で使おうとしよう。さぁ、お前も血判を押せ」
親指を齧り、血判をしっかりと押す。鈍い痛みが頭を突き抜けてくる。
「これでいい?」
「ああ、大丈夫だ!」
「じゃあ、私はこの紙切れを銀行でお金に変えてくるからパーティメンバーとして登録するときにまた呼んで」
「勿論だ!慣れない金を持って落とさない様に気を付けろよ?」
キノは気怠くその忠告を聴くとダンジョンを囲う森へと消えていき、姿が見えなくなるまでゲルドが上機嫌で手を振る。
「よろしいのですか?これからダンジョン踏破をメインになされるのなら、フルレイドパーティに組み込みやすい前衛職や回復などの職業を補充した方が宜しいかと...」
踏破パーティにアサシンを入れる事に不安があるのか執事がゲルドに小声でアドバイスをする。
「お前は心配性だな。最初からあんなアサシンをもどす気はない。この毒を半分とっておき、金を回収したら息の根を止めて処理してやるわ!あいつには小うるさいことを言う、血の繋がった家族など居ないからな。それと、今の大して役に立たない魔法使いも処理する。適当に頑丈な前衛を手配しとけ」
顔には今までには無い笑みが浮かび、既に心はここに無い。手に入れた金で何をしようか考えている様であった。
「これは何事だ?」
ゲルドから新パーティでダンジョンの攻略を行うと言われて来た。茶色い外套に身を包み同じ色の巨大なパックバックを背負った三人が二人が口を開けながら呆けている。
ギリギリ、戦士の職業でタンクを務める重装備にスキンヘッドの大男が口を動かせるのだが、あまりにも場違いな雰囲気に飲み込まれそうになる。
地面から突出したダンジョンの入り口の目の前には仮設の白い治療用のテントが建てられ、何人もの冒険者が治療を受け、生死の間を彷徨っている。回復の術者では無い者はお湯を炊いたり出来ることをして、どれだけ人数不足で切羽詰まった状態なのかを物語る。
しかし、その中央。邪魔としか言えないダンジョンの入り口の真前の直線上でありながら両サイドを4つのテントに挟まれた十字路の中心では巨大な丸いテーブルに光沢が浮かぶほど磨き抜かれた木製の背もたれ付きの椅子が備え付けられている。
どう見ても邪魔なことは明白なのに、ゲルドがダンジョンの入り口に背を向けながら皿に盛りつけられたステーキ肉に齧り付いていた。
適度にサシの入った牛肉の脂が照り輝き、ナイフでサクッと綺麗に切れる。口に含むと擦り込まれたハーブの香りが爆発的に広がると同時に溶けて無くなる。
「おう!お前たち来たか!あまりにも遅かったから、鎧姿のまま飯を食べてだぞ」
口直しの赤ワインを口に含んだ所で3人に気が付いた。
「何やってんだよ!?こんなところで!?」
寛ぐゲルドに近付いて行く。
「ガジン、見れば分かるだろ?昼飯だ」
「そう言うことじゃなくてだな...どう言う状況かを聞いてるんだよ?」
「あんまり声を荒くするな。お前も座れ。プルエア、ユエルも早く来い」
ガジンがゲルドの目の前に座り、プルエアがゲルドの右側に座る。二人とも重いパックバックを地面に下ろし、椅子に座った。
「ユエルどうした?」
椅子には近付くのだが、そのまま棒立ちになり座ろうとしない。
「何してるんですか?周りに治療を受けている人が居るのに、こんなに寛いでて...」
「流石は教会出身者、慈悲深いな。だが、冒険者として生きるなら自分の役割を全うしろ」
「え?」
「今倒れている冒険者は我々が安全にダンジョン攻略できるように道半ばではあったが死力を尽くしてくれた。我々は力を蓄え、ダンジョンに挑む必要があるんだ」
クチャクチャと肉を噛みながら説得力に欠ける言葉を並べる。
「でも、もう踏破はされていて後は最深部で上書きをするだけなんですよね!?なら、少しぐらい治療を手伝っても...」
「新入り、座りなさい。ダンジョンでは何があるか分からないからしっかりと休んでリラックスした状態で挑む必要があるのよ」
テーブルに着くや否や執事が注いだ白ワインと葡萄を口に運びながら不満げにプルエアが口を挟む。
「でも...」
「くどいわね!?いちいち自分の仕事もまともにこなせない屑の冒険者になんて構ってられないのよ!察しなさい!」
ワイングラスを叩きつけ、感情を露わにする。
「さて、俺もステーキでも食べようかな」
最初に場の異様さを認識していたガジンでさえこのザマだ。
「お前が同情する気持ちもわからんでも無いが、今は貴族の俺たちのパーティにいるんだ。その自覚を持て。それに、お前は自分の修道院を作る為に冒険者になったんだろ?パーティを追い出されてはその夢も叶わなくなるぞ?」
「はい....」
その生まれながらの貴族様が修道女の借りないとまともなダンジョン踏破もできないなんてたかが知れているんじゃ無い?と言う言葉をグッと堪えてユエルが座る。
「さて、では本題に入ろう。このダンジョンは俺の家の所有物で、当初は俺たちが踏破しその後様々な事業を行う予定だった。しかし、一般の冒険者に踏破された今、新生パーティの初陣としての調整に使おうと思って全員を呼んだ次第になる」
「前置きはいいから。今回の楽な仕事で報酬はどのくらい?」
「最深部で降った黄金の雨は軽く10億エールを越えるそうだ。気前良く、一人一億エールずつ。残りは俺が踏破者に支払った報酬の補填として頂こうと思う」
楽な仕事で多額の報酬が手に入ると聞いた途端に魔法使い、タンクの二人の目に変な力の入った輝きの火が灯る。
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