第23話 甘い蜜と二兎を追う者

第23話 甘い蜜と二兎を追う者


 丁寧な接客が売りだと言う印象の強いギルド職員。ここまで激昂した姿は見た事ない。


「言っといたやつ見せて貰える?」


「はい!これになります!」


 キノの方を向き、満遍の笑みを浮かべていた。


「何ですかそれ?」


 理想の人物像を砕かれたショックで喋れないゲルドに代わり、ハートンが首を傾げる。


「これはレッドブック。あんまり知られてないけど、ダンジョンに挑戦した人や団体で挑戦する人を予め記録しておく媒体です」


「それって、個人情報じゃないんですか?」


「あくまでもこんな風にざっくり書いてあるだけですので大丈夫です。個人の特定はギルド職員じゃないとできないので安心してください。本来のダンジョンではギルド本部にある物でダンジョン踏破者からの希望が無い限りは持ってきません」


 今日の日付が書いてあるページを開くと開いているページが映写機のようになり、空中に文字が表示された。


本日のダンジョン探索 (私有地ダンジョン)

資格 参加費用の支払い


挑戦者 キノ 職業 アサシン フリー 


挑戦者 ゲルド・サテル家お抱え冒険者

    第一先遣隊 20名

    第二先遣隊 20名

    第三先遣隊 20名

    第四先遣隊 20名


(フルレイドパーティでの団体参加)



「これによると、80名での参加になってる。だから早く私に報酬を払って」


「いや、これは...!じ、実はな。昨日集団食中毒者が蛆のように出て報酬はその治療で使ってしまったんだ!」


 ゲルドの目が泳ぎ、誰がどう見ても白々しい嘘だと言うことが一目で分かる。


 そして、暴れ狂うようにして3頭の馬に引かれた馬車が多くの馬車を引き連れて帰ってきた。


「ゲルド様!屋敷で雇っている腕利きの回復術者と第二から第4までの先遣隊を連れてきました!これで直ぐに治療を開始できます!」


 馬車から白い魔道士のローブを頭まですっぽりと被った3人が馬車から降りてきて治療にあたる。


「第二、第三先遣隊の皆さんは、水を鍋で沸かして下さい!第四先遣隊の手が器用な人は包帯の交換を手伝って!第一先遣隊で軽症の人も死に戻ったダメージが蓄積されてる!ベッドで安静にしてください!」


 優秀な回復術者が次々に指示を出し、場をコントロールするのに務める。通常であれば地獄絵図のような現場での行動力は賞賛されるのだが、この場合は違う。


「ねぇ?食中毒で苦しんでる奴らが何でこんなところに居るの?」


「聞き間違いじゃないのか?」


「違うよ。さっさとお金払って?56億エール。冒険者には払えて私には払えないの?」


「だって、お前はお抱え冒険者じゃないし...お前なんかに払うのは...」


「じゃあ、物にしよう。10人分の7億エールでいいからある物が欲しい」


「何だ?やけに物分かりがいいな。それで何を望む?」


「貴族発行の冒険許可証が欲しい」


「ギルドで本格的に依頼を受けるためにか....ソロプレイヤーとしては必須だが、その7億エールで貴族になってしまえば冒険許可証など要らないのにか?」


「貴族になっても実績が無いと正当に依頼を受けることができない場合があるから、ある程度地位のある家のが欲しいの」


「なるほどな。それならば報酬としてギリギリのラインで譲歩はできるしかし、7億エールか....」


 80人の報酬を払わなくても良いようになり表情が柔らかくなるのだが、渋っているのには変わりない。


「ゲルド様!いくらなんでも一人の冒険者に対してその報酬額は大き過ぎます!」


 馬車を巧みに操って帰ってきた執事が急いで駆けつける。


「そうなのだが、たった一人で踏破した正当な報酬をくれと言うとな....」


 渋るゲルドの耳の近くでがゆっくりと言葉を吐く。


「7億エールなど、サテル家の十分の一の資産ですぞ?一体どうやって補填されるおつもりですか?」


「父上がどうにか稼いでくれないかな?」


 温室で軟弱に育った者が吐く他人任せのセリフが聞こえてきた。


「そんなのダンジョンを踏破した時に発生したお金で補填できるよ?あの部屋にあるのは7億なんていう端金じゃなかった。10億ぐらいありそう」


「本気で言っているのか?」


「そうだけど?嘘を付いてどうなるの?」


「では何故?お前がその金を取ろうとしない?」


「ここのダンジョンに入る時の契約書にダンジョンで得た金は全て帰属するって書いてあったし、私が欲しいのはソロプレイヤーとしての信用だから」


「なるほどな。だったら、許可証にサインをしてやる」


「ゲルド様!良いのですか?もしそれが嘘だったら!?」


「大丈夫だ。こいつは嘘がつけるほど器用では無い。馬鹿正直だ。分かったら早く紙とペンを貸せ」


 ペンと紙を受け取り2枚の書類を目にも止まらぬスピードで仕上げていく。


「これが冒険許可証、そしてこっちが金を銀行で受け取るための証明書だ。間違いが無いか確認しろ」


 2枚の書類を渡され目を通す。一通り誤字が無いか?違う証明書になって居ないかを確認すると受付をして居たギルド職員にも見てもらう。


「冒険許可証も、銀行書類も問題ありません。さて、暴言を吐いた私は今日限りクビだと思いますので、こちらの雇用契約書にクビにする旨とサインを下さい」


 胸ポケットの中から四つに折り畳まれた紙を取り出し、ゲルドの前に差し出す。


「希望通り、本日限りでクビにしてやろう。お前の魂胆はここをわざとクビになり在籍していたギルドに戻るつもりだろうがそううまくいくかな?」


「どういう意味?」


「そのままの意味だ。買われた分際で主人に刃向かった者をギルド職員として受け入れるかな?その旨をきっちり雇用報告契約書に付け足しておこう」


 予め刻まれた文の間にゲルド自身の都合が良くなるように文言を付け足していく。


「チッ!生活悪!」


「なんとでも言ってろ。これでお前は明日から無職。それどころか、住み込み先の小屋も使えなくなり文字通りの屋根無しだ」


「じゃあ、朝一で出せるように今から歩いてギルド本部にでも向かいますかね」


「殊勝な心掛けだな。ついでに端金でお前を売った本部役員にでも顔を出すが良い」


 奪うように描き終えた雇用契約書を奪うとそのままギルド本部へと歩き出した。


「さて、キノ。次は俺の質問に答えろ」


「何?私の事をそう言う感じの質問で恥じらう顔を見て辱めを受けさせる気?パーティに居た時のように」


「ちょっと待て?いつの話をしている?今のお前は男の体の筈だろ?この時間帯は?」


「男の身体なら辱めても良いと思っているの?ダンジョン探索の時解体した魔物の素材を私が持とうとすると無理矢理奪うように持ってくれたのも私とワンチャン狙って居たからでしょ?」


「違うだろ!それはお前が勝手に貴重な食材とか言って持ち帰らないといけない素材を食べようとしたから押収しただけで....」


「毎回奪った後、息を荒くしてハァハァしてたの知ってるよ?」


「それはお前が全力疾走するからだろ!?一生懸命追いかけて居たんだよ!そして、真顔で色々捏造するのはやめろ!そして、ハートン!?ゴミを見つめるような目でこちらを見つめるのも止めろ!」


「えー、パーティメンバーを性的な目で見ていたら最悪だな~って思いまして。新しく入ったプリーストはまだしも魔法使いの女も何か尻軽感ありますもんね」


「断じて違うから!それと、次は俺の質問だ!何故?このダンジョンを踏破した?平民の冒険者はギルドから依頼を受けられない。基本的には力を蓄える期間として貴族のパーティに同行する。しかし、私有地ダンジョンは手数料を払うだけで挑むことができるから今回の様に来たんだろうが、何故クビになったパーティ主が所有するダンジョンだったんだ?」


 落ち着きを取り戻し、真剣な眼差しでキノに質問する。


「また、パーティに戻してもらおうと思ったから」


「どう言う事だ?」


 一度クビになった職場に戻ろうとするなど気がしれない。


「私は今平民の身分で最低でもギルドから依頼を正式に受けられる男爵か、貴族から発行される冒険許可証を狙ってる。だけど、それ以前に今までいたパーティは私なりに楽しかったからできればこの環境を変えたくないと思った」


「なるほど。それで手土産にこのダンジョンを持ってきた訳か。しかし、いくらなんでも手土産としてなら成功報酬はいらないだろ...」


 そこまで言ったゲルドの声が指を振るキノに遮られる。


「チッチッチ。手土産はダンジョンじゃなくて私自身の強さの証明。今までまともに戦闘能力を見せることもなかったし、私一人でもボスを倒せる事を証明したかった。それに、サテル家から報酬を貰った後に私がパーティに戻れば私はそのお金をリーダーに全額渡す」


「何故だ?そんな事をして意味などあるか?大海にコップいっぱいの水を返す様な物だぞ?」


「意味はある。サテル家の十分の1の資産をリーダーが自由に使えるんだよ?前にもっと自由に使いたいって言っていたから手土産ににしてみた」


 その一言を聞いた途端雷に打たれたかのような何かを思いついた様な表情をゲルドが浮かべる。


「だが、パーティメンバーの上限は4名。貴族と契約するときはあらかじめ雇用期間を提示しそれを遵守する。お前に戻ってきて欲しいが、空きがない」


「別にそんな事、気にしなくて大丈夫。なる様になるから」


「どう言う事だ?」


「それよりハートンだっけ?あの大柄でテントから出てきた人、君の師匠じゃない?」


 明らかに注意を背けるための脈絡のない一言だが純粋に師匠を師事している青年にとっては死の淵から生還したのを見たら走って言葉を交わしたいと思う。


 この場合も、例に漏れずハートンは師匠の元に駆け寄っていく。


「さて、これなら話しやすい?」


「気遣いに感謝する。気にしなくても良いとはどう言う事だ?」


「私を切った時みたいに追放すればいい。誰か一人を殺しちゃえば良いんだよ?」


 耳を疑うはずの一言であるのにその一言が甘美な蜜の様に聞こえ、キノの表情はいつも通りの無表情だった。

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