第21話 差と二つの存在

第二十一話 差と二つの存在


「おい!急いでもっと上に行け!ボスが追撃してくるぞ!」


「悪いけど無理。これ以上峨嵋刺のストックないんだ」


 僅かに声が低くなったキノが絶望の一言を口にする。壁に宙ぶらりんになりながら下をみるのだが安全とは言い切れない様な微妙な高さなのだ。


「ならこの状況どうするんだよ!?痛みで部屋中駆け巡ってるけど、こんな高さ冷静になったら見つけられて捻り潰されるぞ!」


 耳から抜け出し、下方を見ると痛みで怒り狂っているボスが部屋を駆けずり回っていた。


「串が刺さっている所までの跳躍も流石にできないからせめて無様に撃ち転げる様子を鑑賞してよう」


 素早く手を入れ替え、体の向きの前後を入れ替えた。


 徐々にボスが落ち着くのかと思いきや、フラフラと足がおぼつかなくなっていった。


「なんかフラフラして無いか?」


「やっと毒が効いた」


 壁から峨嵋刺を抜くと、フードを下ろしゆっくりと地面に降り立つ。


 グデンと緊張の糸がほぐれたようにボスは横たわって動かない。


「うん。ちゃんと死んでる。いや、死ぬ手前か?」


「一体何をしたんだ?一撃で倒した訳でもあるまいし」


「私は2回ヘビードドラゴンの毒で攻撃しただけ」


 指でピースサインを作りながらごきげんに鼻歌を歌う。


「それは見てたら分かるけど、弱い毒だったんだろ?それなのによく倒せたな?」


「1回目に獲得した免疫が2回目の時に反応して逆に体内で毒に転じるの。タンパク質系の神経毒と溶解毒だから中々ショック反応が起きるまでに時間かかったけど」


「へぇー、可愛い顔してえぐい事するんだな」


「アサシンならこれぐらい普通。色々な調合に精通してるから。後は...」


 男の姿の時用になったマント風の外套に身を包み、最後に死んだアーチャーの元に歩み寄る。


 腸が潰れ身体の破損が目立ち今にも目を背けたい。



「そいつを助けるのか?もう手遅れだぞ?」


「ん?こうするんだよ?」


 ボスから回収した峨嵋刺で心臓に深く突き刺した。


「うぐ!...あり...が..と」


 最後の断末魔と共に、男の体が赤い炎に包まれ燃えていく。


「最後の介錯ならもう少し優しくやってやれよ」


「介錯じゃなくてただ死に戻っただけだよ?」


「なんだそりゃ?」


 死に戻りという聞きなれない言葉に目を丸くする。


「あれを見て」


 ハートンと呼ばれていた細身の男の体が炎に包まれ、綺麗に姿がなくなる。


 その場には焼け焦げ、丸っとした手乗りサイズの木彫りの欠けた女神像が置かれていた。


「何だあれ?」


「戻りの女神。帰還魔法が掛けられていて一定のダメージを受けると体が炎に包まれてダンジョンの入り口で適切な治療が受けられる。回復の魔術師を待機させておく必要があって金持ちしか使えないけどね」


「なるほど。ここにいた奴らは文字通り死に戻ったって訳か...」


「不服そうな顔」


「当たり前だろ!俺たちがこんなに命を掛けてるのに、こいつらは遊び感覚でダンジョンに潜ってんだぜ!頭に来るだろ!?」


「別に...自分と同じ人は居ないんのと同じようにやり方だって沢山あるしなんとも思わない」


「だけどよ!」


 更に言ってやろうとした口がキノの手の先を再び見つめ、息を呑む。


 天井一面に一つの巨大な丸い青い宝石の様な石が嵌め込まれており、雨の様に金貨が降ってきた。


 地面に音を立てて落ちる。何千まいと言うシャワーが降り注いだ。


「何だこれ?」


「ダンジョンに挑んで散って行った冒険者の金貨。外から持ち込んだお金みたいな遺物は死に戻るとダンジョンに吸収されて攻略するとこうやって降ってくる。周りに落ちてる装備品も私達の物だし、このボスも食べちゃって」


 背中が大きく開かれている部分から生の肌が覗かせるのだが、男とは思えないほどきめ細かい。


 外套を脱ぎ捨て、その何倍にも大きく広がるとボスの亡骸を包み込んでしまう。


「周りの装備品はいくらになるかな?Gather」


 マジックバックを開きそう呟くと一人でに集まった装備が自分からキノのマジックバックの中に収納された。


「便利なバックだな」


「10年ぐらい前に天才技師のチェルエって人がマジックバックとさっきの女神像を発明したんだよ。顔も名前も発表してないから捕まえたら莫大なお金も出る」


「ほう~、凄いやつなんだな」


「どうだろうね?意外とバカだと思う」


「何でだ?」


「同じ術式から派生したものは基本的には打ち消し合う」


『それがどうした?』


 地面に落ちている人形を取り、マジックバックに仕舞おうとする。


 しかし、バックの中に入る事はなく弾かれてしまった。


「この2つのアイテムは同じ人が同じ術式をベースに作ってて反発し合うから重いし、装備量的に一回に1個しか持ち込めない」


「つまり、どういう事だ?」


「この人形をダンジョンの中に持ち込めればダンジョンの中に死に戻れるポイントが作れるから短時間で攻略ができる。だけどそれができない。天才にしてはバカじゃない?って話」


 嘲笑うかの様な挑発的な表情で息を吐く。


「命ってのは一つしかないから誰かに優しくできたり思いやれたりする。それを見越してその天才は一つしか持ち込めない様にしたんじゃないのか?」


「素敵な考え方だね。そんなロマンチックな考え思いつかなかった」


 金色の雨を上を見上げながらポツリと呟く。その時の表情はただ悲しかった様に思えてならない。


朝日が眩しく部屋の中に入る。赤を基調とした悪趣味で煌びやかな部屋の中にそいつは一糸纏わぬ姿見で眠っていた。


「ゲルド様~!ゲルド様、一大事です!」


 屋敷の遠くの方から嗄れた声が聞こえてくる。しかし、それどころではない。昨晩一人で飲み明かしたのかベッドの近くに置かれたワインの棚が開け広げられ、近くの机には空のボトルが置かれている。


「起きてください!ゲルド様!一大事です!」


 部屋の扉をノックすることもなく開く。年老いた執事が皺くちゃな顔をさらに皺くちゃにして部屋の中に入ってくるのだからただ事では無い。


「どうした?朝から騒々しいぞ?トイレに行ったついでにチャックに毛を挟んでしまい痛いのか?」


「いえ、そんな馬鹿な事を言っている暇ではありませぬ!どちらかと言うと、勢い余ってチャックに皮まで挟んでしまったぐらい大変です!」


「やけに余裕があるな。本題を申せ」


「ゲルド様が新パーティメンバーの初陣で踏破しようとしていた旦那様が買った下民区のダンジョンを覚えていらっしゃいますか!?」


「ああ、覚えている。今日の昼ダンジョン攻略に赴くつもりだ。探索から踏破に切り替えた記念すべき日だからな!先遣隊の褒美も弾ませろよ?」


「そのダンジョンが攻略された様です!」


「何ーーーーーー!一体どういう事だ!?」


 その驚きに満ちた声は屋敷中の窓を震わせ、外で囀っていた小鳥たちが、一斉に飛び去る。


「直ぐに馬車を出せ!パーティメンバーも全員集めろ!私に許可なく攻略した不届きものを後悔させてやるわ!」


「はっ!」


 執事が部屋を飛び出し、ゲルドは近くに置いてあった赤く悪趣味なバスローブを引っ掛ける。


「ゲルド様準備できました!」


「良し!今から向かう!」


 髪の毛を掻き上げバスローブの紐を勢いよく結び部屋を後にした。


 サンダルの様にラフな履物を履きメイド服に身を包んだ女性の使用人が玄関の扉を開ける。


 眼前にはいつも通りの屋敷の中央に噴水が付いており、芝生が敷き詰められた立派な庭が視界に入ってくる。


 いつもと違うのは数段の階段を降りた直ぐのところに屋敷と平行に止まっているレッドカーペットが敷かれた赤い馬車ぐらいのものだ。


「お待ちしておりました。ではお乗りくださいませ。中にお抱えの職人が作った武具一式があります故、お気に召すものを...」


「前書きはいい。とっとと扉を開き出せ!」


「は、はい」


 馬車の扉を開かせ、ゆっくりと旋回しながら馬車が門に向かう。


 門を通る時でさえ別の執事が鉄柵の門を開錠する。


 馬車の中には赤いソファーから進行方向に置かれたチェストまでの全てが赤く統一されていた。


「さて、今日の気分はゴールデンシリーズにでもするか」


 馬車の中に置かれた小さな引き出しがたくさんついたチェストには部屋ごとに様々なシリーズ銘が刻まれている。


「Gold clinging」


 チェストの一部屋が開き、黄金と書かれた部屋が引き出され、馬車の中で風が吹きゲルドの体には金の破片がまとわり付き、騎士風の鎧へと変貌を遂げる。


 自分の手甲や胴回りを吟味すると向かい合ったソファーに深く座り込み、脚を組む。


「まあまあだな」


「左様でございますか。甲冑は付けないのですか?」


「要らない。暑苦しくて仕方ないからな。どうせ父上の計らいで最深部までの安全が先遣隊によって確保されているんだろうからな」


「では、ダンジョンまで急がせて頂きます」


 その自信が奢りであると言う事を正すことは無く目的地へと馬車を進めていく。


「これは一体どういう事だ?」


 馬車から降り、想像していたものとは雲泥の差があるダンジョンの入り口に言葉を飲む。攻略された私有地ダンジョンは通常、踏破した権利書を攻略者が自ら譲渡しにダンジョンの入り口に現れる。


 しかし、今回は簡易的なテントがいくつも張られ、負傷した雇った冒険者が簡易的なベッドに寝かされ、うなされながら治療を受けていた。


 攻略者がゲルドが来たことに対する喜びの姿を表す予兆もない。


「ゲルド様!」


「お前は確か、第一先遣隊の...」


「ハートンです!」


 身体中に包帯を巻かれてベッドに横たわりながら回復の魔法を受けているハートンにでくわす。


「一体何があった!?何故武芸に優れている第一先遣隊が壊滅している?隊長のバリルはどうした!?」


「今回、我々はゲルド様達一行が楽に攻略できるお膳立てをする為、ダンジョンに潜りました。しかし、ボス部屋の前で第二先遣隊、第三先遣隊を待つ間に勝手に扉が開き、我々を吸い込みこの無様な醜態を晒す羽目になりました。師匠は身体がバラバラになり第二先遣隊、第三先遣隊にいた回復魔法の素養を持っている人達に治療させていますが、治るかどうか?」


「勝手に扉が開いただど...?そんな事あるのか?」


『分かりません。それよりも早く専門の回復術者を呼んでください!このままでは大勢の者が死に絶えます!』


『直ぐに手配する!』


 馬車を操縦してここまで送ってもらった執事に事情を話し、ありったけの回復術者を手配する様に伝える。


 馬車が猛烈な勢いで方向転換し、屋敷へと向かった。


『それよりハートン、何か心当たりはないか?何も無かったのに全滅したなど考え難い』


『私はダンジョンのボスが死ぬ瞬間と死に戻る瞬間を鮮明に覚えております。私の目にはボスを屠った笑みを浮かべた死神と死にきれなかった私に止めを刺してくれた慈悲深い女神がいました』


『その二つがダンジョンを攻略したというのか?俄には信じ難い。しかし、先遣隊のこの様子はそれを裏付けてしまう』


『待つしかありませんよね?その二人を?』


『ああ。できればその慈悲深い女神を待ちたい』


 先程執事から受け取った掌サイズの青い硬玉に目を落とす。魔物の位置や中の通路まではっきりと見ることができる。


『それはなんですか?』


『これはダンジョン模型。小さなダンジョンをそのまま写し取れるのだが、繊細すぎてダンジョンが内には持っていけなくてな。人っぽい反応が出てくる。おそらく此奴が攻略したんだろう』


『でも、おかしく無いですか?先遣隊が入った時と形が違うし、人のような反応も一つなんですか?』


『一つだな。形は攻略が終わって帰りやすい様に変えたんだろ?よくある事だ。最深部で権利者情報を上書きすれば良い』


『なるほど。では、入り口にいきましょう。もう出て来るみたいですよ』


『そうだな。一体どんな奴が出て来るのか楽しみた』


 直ぐに闇の中から燻んだ金色の髪の毛を持つ死神が出てきた。


『何故?何故!お前がダンジョンから出て来る!?』


 ダンジョンから出てきた人物にゲルドは見覚えがあった。生涯の中でもう見ることはないと思っていた顔だ。

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