第20話 実践と高みの見物

第20話 実践と高みの見物


 ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ


 ゆっくりと開きながら大きな音が鳴る鉄の扉。それを見た者は呆然と口を開け、ただただ見ていることしかできない。


「武器を取れ!」


 どこからとも無く聞こえてきた空気が張り裂けそうな程馬鹿でかい声に我に返ると、近くに落ちていた武器を機械のように拾い上げる。自分の武器が見つからず、誰のかも分からない物を拾うのも少なくない。


 開かれた扉の中は光がなく何も見えない。静寂が訪れこのまま逃げ帰ってしまおうかと思った矢先、その気が一層増した。


ヴォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 人間では無い何かの咆哮が辺りを駆け抜ける。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 若い騎士風の男が一人が片手剣を捨てて全力で逃げ出すす。


 それに続くように次々と武器を捨ててその場から逃げ出す。

 

「馬鹿野郎!死んでも武器を離すんじゃね!死にたいのか!?」


 バリルが喉が張り裂けんばかりの声量で叫ぶのだが、我先にとどんどんと逃げていく。


 逃げ惑う人を捕まえるべく扉から真っ黒な手がニュッと伸び、逃げ惑う人々を捕まえて扉の中へと引き込んでいく。


 その場にいた全員が扉の暗闇に引き摺り込まれるとまた音を立てて扉が閉まる。


 辺りには装備品や食べ物や酒の残骸が散らかり不気味な静けさが訪れる。


 耳の奥で喧騒が聞こえる。さっきまでの騒がしさとは違う焦りを含んだ喧騒。ズキズキと鼓膜を刺し、嫌なぐらい頭痛がする。


「ハートンいるか!返事をしろ!?」


「はい...師匠......ここにいます」


 重い体をゆっくりと起こし立ち上がる。目を開いているはずなのに暗闇しか映らない。失明したのかと慌てて手で目を覆うと僅かながらも影を感じる。


 暗視の基本能力で辺りでは視界を奪われた冒険者が無様に蠢いているのだが闇が深すぎてモヤが掛かっていた。


 何か燃やせる物が無いかと光を探そうとしたその瞬間円柱状の部屋に備え付けられた松明に青い炎が灯る。


 ぐるっと一周付けらた松明に照らされたのは冒険者の絶望。


 部屋の中央には下半身が茶色い馬で、顔にはブタを模した悪魔のような顔、胴体は人のように筋骨隆々なのだが、血液が通っているとは思えない程青い。


 3メートルはありそうな巨体。その両手には大剣が握られており、人などが勝てるとは思えない。


「早く...扉を開けて逃げないと!」


 そんな言葉が聞こえてくるのだが、誰一人として動こうとはしない。


「若造。ダンジョン踏破が初めてのお前に教えてやる。最深部の部屋は主の命を限界まで削らなければ開く事はない」


 バリルの重苦しい一言に更に顔を絶望に歪める。


「じゃあ、師匠!一体どうすれば良いんですか!?」


「当初のフルレイドパーティ80人に対して今部屋にいるのは20名足らず。このメンバーで攻略するしかない」


「絶対無理です!」


「そんな事はない!数名の戦士とアルケミストは死に戻ったが、ランサー、アーチャーに、エンチャウンターは無傷!戦士全員を前に配置し、ランサーはスイッチ要員、アーチャーとエンチャウンターは後方支援、アルケミストには更に後方で治療に専念させれば殺せないまでも弱らせる事は十分可能!全員隊列を組め!」


 バリルに言われた通りに隊列を組む。アーチャーとして生き残っていた二人が大きな弓を引き絞り山のような軌道でゆっくりと矢を落とす。


 それにエンチャウンターの者達が杖を翳し、何やら詠唱を行うと、矢が燃え始め立ち込めた黒い煙で視界を奪う。


「強視を最大出力で展開!進めー!」


 戦士たちが前進する。バリルは鉄の盾を両手で構え、一撃思い攻撃を防ぐと腰に付けていた斧で斬りかかる。それを見た戦士も攻撃をいなしながらも着実にダメージを入れていった。


 深傷を負うと中衛に待機していたランサーが前衛を支え、その間に後衛で治療を受ける。互いに実力が拮抗した戦いが繰り広げられていくのだが、そう長くは続かない。


 獲物を砕かれ体まで攻撃が達した戦士、下手にスイッチした瞬間に頭を砕かれたランサー、突進に巻き込まれて後衛部隊が壊滅的な被害を受けたりと、どんどんと頭数を減らしていく。


 最後まで残ったのはアーチャーのハートン。しかし、周りのものは動かなくなり次々と炎に包まれて消えていった。


 地面に伏している者はまだ数名いるのだが、動けるものはハートンしかいない。


 傷だらけになったボスが最後の目標を定める。


「なんで?なんでみんな死に戻ったんだよ?後衛の俺一人で倒せるわけ無いだろ!」


 弱音を吐いた所で何かが変わる筈もない。番えようとした矢も力なく放たれる事を諦める。


 突進してくるボスが目の前から迫ってくるという危機的状況でそれを逃げる余力すら無いのだ。


 どんどんとボスの姿が大きくなり、終いには不自然に目の前で動きが止まった。


 ボスの背中を見てみると見覚えのある大柄の男が強化した体で背中に飛び乗り後頭部に斧を振り下ろしていた。


「知ってるか?ダンジョンでは、最後まで諦めなかった奴が勝つんだ。だからお前も気持ちだけは最後まで諦めるなよ?」


 そう言ってボスの背中から落ち、全身が炎に包まれ消えていった。


「なんだよそれ?後衛職の奴を残して戻るような奴が言うセリフじゃ無いだろ?」


 そのすぐ後にボスが自前の大剣2本を投げつける。それに当たったアーチャーの体が壁に打ちつけられ、炎に包まれていった。


 最後に消えゆく意識の中で見たもの。それは白い歯がニッカリとほくそ笑む。宙に浮かんだ死神の姿だった。



 ダンジョンの中に誰よりも先に自分から入っていったキノは暗視ではっきりとボスの位置や壁の場所を把握すると迷う事なく入ってすぐの壁際にマジックバックから取り出したお香の入れ物を置く。


「おい!暗視なんかして優雅にお香を焚いてる暇か!?急いで身を隠さないと次々と冒険者が入ってくるぞ!」


「ん?別に大丈夫。もう普通に喋っていいから串焼きの串みたいなやつをマジックバックの中から探しといて」


 焚き火の中に突っ込んでおいた肝臓を少し手で割るとお香の中に入れて火打ち石で火を付ける。蓋をすると薄い紫色の煙が上がってくるのだが、薄暗い所では先ず気が付けないだろう。


「ほら、あったぞ!いつも何十本食べてんだよ!?」


「30本ぐらい?」


 束になった鉄の串を受け取るとその一本一本の持ち手の部分に放出された糸状の魔力を巻きつけていく。


「なんだそれ?そんなへんてこりんな武器で戦うのか?」


「まさか?私はアサシンだからいの一番に逃げる」


 手早く30本の串を遥か上の壁にグルっと一周対角線状に打ち込みそれらの持ち手の部分から中心に向かって魔力が放出される。


「なんだ?あれ?」


「私用の蜘蛛の巣型ハンモック」


 キノの掌からハンモックに繋がれた一本の魔力の糸が伸びており、それを辿るようにキノの体が上に吹っ飛んでいく。


「驚いた?高速で体内に魔力を戻せばこんな使い方もできる」


「こんなんじゃもう驚けないな」


 ハンモックに着くまでの空中でそんな会話をしているうちに直ぐに着いた。


 中心に向かう一本の糸をしっかり両手で掴むと腹に力を入れて糸の隙間から脚を通し、掴んでいる糸の一本後の糸に足を乗せそのまま上半身をゆっくりとハンモックの上に移動させる。


「後は横糸」


 足元の糸に指を触れて蜘蛛の巣の横糸をイメージする。


 徐々に糸が変化していき本物さながらの蜘蛛の巣となっていった。


 そこでようやく、部屋に青い火が灯る。


「さて、後は毒素が回るまでしばらくのんびりしようか」


 フードを下げ、気ままに仰向けになり全く緊張感が感じられない。


「毒素?」


「さっき下で焚いたやつ。ヘビードドラゴンの肝臓の横には毒袋が付いていて体内で生成された毒が溜まってる。それに火を付けたから空気に混じってじんわりと回るの」


「上にいたら俺たちもやばいんじゃ?」


「さっきたらふく肉を食べたから平気。魔法生物の肉の毒と体内で生成される毒には拮抗作用があるし、念のため調合した解毒剤もさっきの肉のミンチに混ぜといた」


「ナチュラルに危ないもの食わせるなよ。命がいくつあっても足りやしねぇー」


 思い出し、ガクガクと震える。


「でも下にいる奴らピンピンしてるな」


「弱い毒だし、色々な耐性を持つボスなら直ぐに免疫ができる」


「意味ねーじゃん。どうやって殺すんだ?」


「ちゃんと考えがあるから大丈夫。それより、最後の一人になったら教えて。少し寝る」


「仕方ねーな。せめて女なんだから上品に寝ろよ?」


 そんな事に返事をする間も無く眠りに入る。


 外套から離れ、ずんぐりむっくりとした体で下を覗き込む。


 丁度陣形を組み、戦闘を行う所のようだ。


「鏃の形みたいに陣取る矢継早の陣だっけな?こんな低レベルモンスター倒すのに八十人も使ってる奴らじゃ直ぐに瓦解して終わりだな。全員に平等に負担が掛かる陣形の方が持続するのにな」


 ぶつくさと呟きながらしばらく観戦を続ける。


 やはりと言うべきか、先程まで酒を飲んでいたのが勝てる筈もなくバッタバッタと倒れていく。


「あのエンチャウンター職に就いてる魔法使い酒弱いくせにたらふく飲んだな。足がガタガタじゃねーか」


 善戦はしているものの次々と倒れていく。1時間もすると片手で数えれば事足りる程となる。


「おーい、キノ起きろ。もうすぐ一人だけになるぞ。大分ボスの体力も削れてきてるが、まだ死ぬ迄はいかないみたいだぞ?毒だって完全に克服してる」


「大丈夫、時間的にはいい頃合い」


 欠伸を噛み殺しのっそりと起き上がる。その瞬間、プチンと不吉な音が聞こえてきた。


「おい?糸が一本切れたぞ!」


「もうすぐ体が男になる女の体で使った魔法の効果が切れるだけ」


 冷静に煙管に口を付けながら話す。


「切れるとどうなる?」


「どうって落ちる」


 涼しい顔で何事もないように言うのだが、この高さから落ちたらひとたまりもない。


「どうすんだよ!?下に落ちたら真っ先に八つ裂きにされるぞ!」


「大丈夫だから、外套に戻って」


 無理矢理外套の本体を掴み外套に押し付け中にへと戻す。


「魔法って奥深いよね。同じ術式から派生したものはさっきの毒みたいに互いを打ち消しあう事もあれば火と水みたいに一見相性が悪そうに見えても、燃える水みたいに相性が良かったりするんだから」


「そんな事言ってる場合か!?」


 流暢に話している間もプチプチと音が聞こえてくる。


「うん。比較的落ち着いてる」


 峨嵋刺を一本外套の袖から取り出し、薬包紙に包まれた粉を付け根の穴からから中に入れていく。お香に入れた粉よりも更に黒々と不気味な感じがしていた。


「何!その暗器もお香になるのか!」


「そんな訳ない」


 そして、ブチッブチっ!ブチっと今までで一番太い音がすると身体が空中に投げ出され、そのまま落下していく。


「ギャァァァァァァ」


 外套の本体が叫び声を撒き散らしているのに対してキノは一言も発さない。逆手で峨嵋刺を構えそのままボス下半身めがけて落ちていく。


 丁度ボスが最後の雇われ冒険者を倒した瞬間にキノがボスの馬下半身目掛けてダイブし、そのまま馬の心臓目掛けて峨嵋刺を刺し、柄に付いていた小さな栓を抜く。


 あまりの痛みにボスが部屋の中を走り回り、キノは下半身の筋力を強化の魔法で底上げすると、飛べるところまでジャンプし、反対の袖に仕込んで置いたもう一本の峨嵋刺で壁を刺し、宙ぶらりんになった。

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