第19話 暴露

第19話 暴露


「オロロロロロロ!」


 先程食べた食べ物の正体を知り、胃の中がゴロゴロする。実際に吐き戻しているわけではないのだが、なんだか気分が悪い。


「ダンジョンの中では食糧が貴重。間違えても吐くなよ?」


「携帯食を持ってこないでうまい俺の料理を食べてるような奴に言われたくねーよ!オロロロロロロ!」


 よっぽど気分が悪いのか本体が戻った外套から変な音が聞こえてくる。しかし。全く気にする様子は無くキノはスープを食べ進めた。


「私はダンジョンで手に入れた食事の有り難みを誰よりも知っている。だから、自分が食べたく無い部分を食べてもらったに過ぎない」


「上手いこと言うなよ。だめだ気持ち悪い。口直しに俺にもスープくれ」


 ポテンと外套から落ちて地面に座る。


「じゃあ、口を思いっきり開けて上向いて」


「器に入ったスープを俺の口に直で流し込むつもりか!?熱さで胃が死ぬわ!」


「間接キスは生理的に無理」


 今にもスープを垂らしそうな勢いだ。


 落ちてくるスープを見ながらハッとしながら何かを工作する。


「全く危なかった。俺の手先が器用じゃなかったら胃は焼け爛れてる所だった」


「よくそんな物作ったね」


「まぁな!欲しがってもあげないぞ!」


 ドラゴンの骨をナイフ一本で削りあっという間に自分サイズのスープの器とスプーンを作り上げ、それを自慢げに見せつけてくる。


「いや、そんなチビ助が寄ってきそうなもんいらねーよ」


 空腹のチビ助がその食器めがけてやって来て奪うとそれをペロペロと舐め始める。


「ギャー!まだ使ってない俺の食器!お前の食事はなー!こっちなんだよ!」


 グツグツと煮える鍋から出る一本の紐を引っ張ると一列に並んでぷっくりと太った物が出てくる。3本ほど出すと、ドラゴンの骨を串のように尖らせ縦に串を通すと鍋を加熱している焚き火に近づけ、表面を焼く。


 パチパチと油が跳ね、皮が焦げてプリプリの身が露わになる。先程まで血生臭かったのが嘘のよう。程よく油が溶けて身に刷り込まれていくその様はが最早官能的でさえあった。


「骨ばかり食ってるとクソが骨だらけになって痔になるぞ。せめてこれも食べろ!」


 かっこいい捨て台詞を吐きながらペロペロと舐めるスープ皿に串から外した肉を置く。そして、キノの元まで全力で戻って来た。


「チビ助が怖い?」


「そんな事あるか!もう2本の焼け具合が心配なんだよ!」


「一番早く焼けたやつをチビ助にあげるなんて良い所あるじゃん」


 普段は意地を張っている弟の意外な一面を見た姉の様にニヤニヤと笑みを浮かべる。


「うるせー!」


「でも、チビ助を見てみなよ。あんなに美味しそうに食べてる」


 熱いからか警戒していたのだが、一口中の肉を食べると目を輝かせながら格闘している姿からよっぽど美味しいんだと言う事が伝わってくる。


「キノも食べたいのか?」


「どうしてそう思う?」


「いや、だってその...見た目がな...」


 歯切れ悪く言われ、自分の体を見回してみる。なんだか口の周りに違和感があるのだ。下を見てみると自分から垂れた涎が外套の上から脚に掛かっていた。


「何これ!」


 自分の流した涎に気付くとあまりのその量に慌てふためき親指をスープの皿の中に入れてしまう。


「あっついー!」


 反対の手で持ち返すと急いで右手の親指を一心不乱に口の中に入れて吸う。


「元々みんなで食べるんで3本焼いたんだ。一本やるよ」


「...ありがとう」


 その言葉が意外で、ぶっきらぼうに渡された串を素っ気なく受け取り息を吹きかけて冷ましながら一口齧る。


 生の時からは想像もできないような肉のキメの細かさに驚き、次は構想の奥深さに驚かされてしまう。生で食べるのでは決して感じられない奥深さが口の中いっぱいに広がっていった。


「凄い!最初はパリッとしてるのに柔らかい!」


「燻すともう少し美味しいんだけどな。肉団子汁の方は味が薄かったな。バックの底に入っている曲げわっぱをくれ!」


「曲げわっぱ?」


「気が二つ重なってる弁当箱みたいなやつだ!」


 そんなものあったかなぁ?と半信半疑でバックの中を確認すると手慣れないそれが出てきた。


「そう!それ。少し中身を俺の汁に入れてくれ」


 中を開けると到底食べ物とは思いたくない茶色い何かが入っていた。どちらかと言うと、食べ物が身体を通った後の姿に近い。


「...はい...!」


 本来であればスプーンでも触りたくないのだが、手では尚のこと触りたくない。手早く、固くなった中身を小さな器の中に入れる。それとは対照的に汁の中でゆっくり溶かすとそれをしみじみと旨そうに飲む姿が気持ち悪く感じる。


「美味しいの?」


「滅茶苦茶うまい!」


 その一言を信じて少しだけ自分のスープにもそれを入れて溶かし、口を付ける。


 先程までとは比べ物にならない程うまい何かが口の中に入ってきて身体を駆け巡る。決して強い塩味ではないのだが、強烈な旨味で美味いのだ。


「おい!?どうした?そんなに不味かったのか!?」


「え?」


 頬に違和感を感じる。ぼんやりと腫れぼったいと言うか、熱い。指で触ってみると目から大粒の涙が零れ落ちていることにようやく気がつく。


「違う。美味しいの。私、これ食べたことある。なのに、思い出せない!」


 スラムを出た後かも定かではないほど小さい幼少期、三、四人でこんな食事をした。忘れてはいけない人だったはずなのに、その食事を一緒にした人の顔を全く思い出せない。黒い霧が記憶の中で掛かっているのである。


 頭を掻きむしり思い出そうとするのだが、遥か記憶の彼方に消えていく。


「今は飯の時間だ。辛気臭いツラしてないで食べろ」


「うん....」


その言葉に従って食事を終える頃には記憶の中の人のことなどきれいに忘れていた。



「あー、腹一杯沢山食べたな!」


「作るのは良いけど、片付けもして欲しい」


 ぽっこりと出たお腹を摩りながら仰向けに休む外套の魔物に向かってポツリと呟く。辺り一面綺麗に片付けられ、焚き火の跡が残っているぐらいだ。


「ヘビードラゴンの素材も全部しまえたみたいだな。マジックバックじゃなくてチビ助に仕舞わせていけど何で?」


「ん?こう言う事」


 チビ助を自分の近くに呼ぶと指で空中に複雑な模様を描く。それが終わるとチビ助が外へと出ていった。


「おい!逃げちまうぞ!」


「いいの。ダンジョンから出て孤児院に迎えって命令した」


「何の為に?」


「私が死んだ時の為。私が死んだら持ち物はこのダンジョンの持ち主の物になる。だけど、ダンジョンの外に出れさえすればそれは無効になるの」


「なるほどな。身軽にもなって良いんじゃねーの?...聞くけどよ、ちゃんと最低限の食糧は残してあるよな?」


 不安そうに聞くと、マジックバックからオレンジ色の顔ぐらいのデカさの卵を取り出した。


「ヘビードドラゴンから取り出した卵。これで良いでしょ?」


「おい?何か殻が透けて中身が動いてないか?」


「もうすぐ孵化するよ運が良ければ肉も食べられる」


「そうだよな。お前はそう言うやつだったよ」


 先程のソーセージを燻して数本マジックバックに無理矢理にでも詰めさせておいて正解だったと心底思う。


「何やってんだ?」


「ん?これは私の秘密兵器」


 灰の中に入れておいた肝臓をマジックバックに詰め込む。中で何かをやっていたが深くは気がない』


「じゃあ、そろそろ戻るかな」


 シュルッと外套へと戻る。先程までは女の姿で着る外套はノースリーブだったのだが、袖が生え袖口は手元を隠せる様に腕の太さと比べて大きめに作られていた。


「袖が変わった」


「最初は邪魔になるかと思って女のときは袖は作ってなかったが、身体全体を保護した方がいざと言う時俺がお前のことを操作できるしな。キツくないか?」


「悪くない」


 微笑みながらそう答えるとフードを被りダンジョン探索へと戻っていく。


「キノはさ、基本魔法しか使えないって分かった時どう思ったんだ?他人が当たり前に出来ることができないって嫌じゃんか」


「別にどうも思わなかった。それが私なんだなって」


「サバサバしてるな」


 最深部に着くまで暇なので質問したのが馬鹿らしく感じる。少しは会話のキャッチボールが続くと思っていたのだが、すぐに会話が途切れる。


「だから、徹底的に基本魔法を鍛えた。暗い所を見る暗視を鍛えたら相手の細かい魔力の流れや癖、使える魔法やステータスも大体分かるようになったし、相手に魔力の塊をぶつけるだけの放出で色々な形を作れるようになった。遮断に至っては肌に合っているのか完全に使いこなせてる自信がある。他はまだ人並みにしか扱えないけど」


「なるほど。あるもので努力したんだな。凄いな」


「別に普通。才能ってのはお金と同じで生まれながらに不平等。だけど、努力する為の時間は平等にやってくる」


「料理は壊滅的にできないのに、人間出来上がってるんだな」


 その言葉に少しムッとしたのか不機嫌そうな口調になる。


「それより、あのオカマ店主の事が知りたい」


「あ?何でだ?女性らしさでも聞くのか?」


 デリカシーのないその言葉に更にムッと眉を顰める。


「貴方の事を聞くの。最初貴方は魔物として私に渡された。殺すとまで言ってね。最初は装備に擬態した魔物を渡して装備者を苦しめるのを楽しむって思ったんだけど、それならわざわざ言う必要はない。それどころか、貴方は外套の外に自由に出る事ができる。一体何なの?あの店長の目的は何?」


「さぁ?知らねーな。目が覚めたらここに居たし店長のこともよく知らねー。俺はどっかその辺の魔物だったんじゃねーの?」


 知っていても答える気がないようで気怠げに答える。


 外套が先程口にしていた言葉がその場しのぎだと発覚したが、能力が使えるので別に気にならなかった。


「このダンジョン踏破したら真っ先に問い詰めてやろ」


「このダンジョンを無事に出られたらの話だけどな」


 その言葉を聞くと殴ってやろうかと青筋を立て拳に力を込める。


「にしても、俺のこのデザイン。殆ど布って感じでもっとぴっちりした作りの方がキノに似合いそうなんだけどな」


「ん?ポンチョ風の外套で気に入ってる。暗器も出しやすいし」


「そ、そうか...」


「この先、最深部に突き当たる。隠蔽で姿を消すから耳に入って」


「はいよ」


 ゆっくりと耳の中に入ってくる異物感を何とか堪え、ゆっくりと姿を消す。


 しばらくまっすぐ進むと、数十人の雇われ冒険者達が地面に腰をおろし焚き火をしながらトランプゲームでお金を掛けたり、何やら串焼きを食べたり数人単位でいくつものグループが出来上がっていたのだ。


「くっそ!いくら魔物に追いかけられたとは言え、あんなにも死に戻りするなど信じられん!」


 キノコ料理を食べた隠し部屋でやり過ごしたリーダー格の男が顔を赤くしてワインの瓶に口をつけながらとんでもない大きさの塊肉に素手でそのまま齧り付いていた。


「まあまぁ、そう言わずに。いつも金魚の糞みたいにくっついていたバリルさんの弟子のハートンはあそこで肉焼いてんですし、まぁよしとしましょうや。ハートン!肉をくれ!」


「は、はーい」


 短髪の緑色の髪の毛に細身で布の装備の上から胸当てに下半身の装備までを銀の装備品で固めたアーチャーがいそいそと焚き火で骨つきの肉を焼く。


 バリルの真正面に座るぽっちゃりとした者は肉を催促する。


「そうですよ。俺とガリルの弟子はあっという間に死に戻っちまった。前衛職が聞いて呆れる。バリルさんは良いでしに恵まれて羨ましい」


 騎士風の鎧に身を包み酒とつまみを煽る。バリル含める3人1組は他の者達よりも少し偉い地位にいるのか、弟子をこき使っていた。


」ケイト、それは違う。生き残ることよりも、散ることこそが前衛職の本懐だ。ダラダラと肉を上手く焼くことしかできない能無しよりは良いじゃないのか!?ワッハッハ!」


『『ワッハッハ!』』


「お、お待たせいたしました」


 真新しい銀色の鎧を着たハートンがこれでもかと言うほど盛られた皿を持ってきて、すぐにその場を離れようとする。


「全く、新しい酒も持って来んか!」


「は、はい!ただいま!」


 ビュンと電光石火の如く走って戻っていく。ここで休んでいる者達は鎧は着ているものの、誰一人として兜まで付けている者はいない。それどころか、獲物が遥か遠くにある者までさえ居るのだ。


「あれ?肉が減ってないか?お前たちもう食べたのか?」


「やだなー、ここに2皿あるじゃないですか!?あれ?肉が取れないや!」


「ガリルはバカだなーー、バリルさんが一つ多く食べるための口実に決まってんだろ?相手にするなよ~」


 かなり泥酔しているようでまともな会話が成り立っていなかった。


「おいおいキノ!こんな所居心地が悪いだけだぞ!バレたら殺される!姿を消してるとはいえ駆け抜けよう!」


「馬鹿。こんなに美味しいものが転がってんだから、堪能してく」


 口パクで喋る合間に骨のついた馬鹿でかい肉を口に運び満足そうな表情で食べていた。


「馬鹿!肉の姿は消えてないぞ!」


 先程いた辺りからそんな言葉が聞こえてくる。


「周り見て。第二陣や第三陣を待ってる間酒盛りをしているコイツらにそんなことバレないよ」


 試すかのようにキノが食べ終わった肉の骨をよりにもよってスキンヘッド冒険者の頭に投げる。


 それが当たった途端、キノの耳から逃げ出そうと小さな蛇のような姿でフードの内側から外側に逃げようとして体をこれでもかと言うほど伸ばすのだが、フードに繋がっていて逃げ出せない。


 それを冷静に掴み耳の中へとキノが戻す。


 恐る恐る、ヘビのような体を生かしフードの影からスキンヘッドの者を見てみるとよっぽど泥酔しているのか当たったことにも気が付いていない。


「ね?バレないでしょ?」


 急いで耳の位置へと戻っていった。


「そうだけど、お前はリラックスしすぎ!」


 両手には何本もの串焼きが握られており、古今東西、魚から肉まで様々な具材に舌鼓をうつ。


「これも、必要な事」


「絶対違うだろ!」


 串焼きを食べ終わると鉄製の串をマジックバックの中に入れて宴会場の最終部まで進んでいく。


 ボス部屋の扉の前であると言うのにここにいる冒険者全員ははしゃいでいた。


「ボス部屋の扉はこんなにデカイのか?こんなにデカイなら開けるだけで人数が必要だな」


 10メートルはありそうな黒い鉄の両扉の前で息を呑む。


「ダンジョンのボスはいつも血に飢えてる。来る者拒まず去る者許さず。だから、開けるだけなら凄く簡単」


 キノが鉄の扉に手を触れるとゆっくりと音を鳴らし、鉄の扉が内側に開けていく。


 状況を理解できずにただ惚ける無能な冒険者ほど面白いものは無い。

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