第16話 食客と特性

第十六話 食客と



『さっきから隠蔽を使ったままだが、どこにいくつもりだ?冒険者どころか、魔物すらいないんだが...』



『もう少しで着く』



 姿を消しながら一人に、魔物とは思えないほど愛くるしい見た目の犬が一匹と、奇妙な服のパーティが歩き進める。



『着いた』



『なんだこの部屋?入ってきたところ以外に通路がないじゃねーか?』



 今までの部屋とは違う雰囲気にいち早く気がつくと耳から離れ、部屋の中を見回す。



『上見てみて』



『上?』



 赤い鱗がびっしりと張り付いた老木のように太い胴体。天井を這うように下を見下ろし、見えていないはずの目が合う。



『何だよあれ?』



『ヘビードドラゴン。ダンジョンの中で飛ぶことを忘れて羽や手足が無くなったドラゴンの成れの果て。天井に粘液で張り付いて巣に獲物が掛かったら襲いかかる』



『何声出してんだよ!隠蔽魔法が解けるぞ!』



『それが目的だから!』



 徐々に姿が露わになり、ヘビードドラゴンに完全に見つかってしまう。



 ヴぉぉぉドォぉぇ!



 鼓膜が張り裂けそうなほどのこの世のものとは思えない咆哮が部屋の中で鳴り響く。



『何してるんだよ!早く逃げるぞ!お前の軽足なら喰われる前にこの部屋から脱出できる』



『何で言ってるから分からないけど、辺りを見て』



 辺りを見回すと先程まで無かった地面の煉瓦に赤い目玉のような紋様が浮かび上がっていた。キノが立っている中央部だけそれがない。



『自分の糞を巣の中央に落とし、未消化の物を食べにきた他の魔物を食べる。しかも、そいつが逃げられないように自分の鳴き声に反応する罠まで仕掛けるんだ』



 近くに落ちていた小石を拾い、部屋の端に投げる。地面についた瞬間に爆発し、砂と化した小石だけがそこに残る。



『どうすんだよ!?』



『さぁね?どうしようか?』



 やけに落ち着いている。まるで何か策が有るようなそんな余裕すらを感じさせるのだ。



 しかし、それは希望的観測として終わる。



『なぁ?お前、わざとこの部屋に来ただろ?』



『どうしてそう思う?』



『チビ助だよ。あいつは何で部屋に入る入り口で座ってんだ?』



『さぁね?』



 マジックバックから黄色い煙管を一本取り出し、ほのかに黄色い煙を吐き出しながら首を振る。



『惚けるな!この部屋に入った理由は何だ?自殺か?それともこいつの素材が目当てか?』



『そうそう。素材目当て』



『嘘をつくんじゃーねー!お前は素材目当てで生き物を殺したりしない!本当の目的は何だ!?』



『お前の身体だよ』



『はぁ!?』



 予期しなかった一言に驚きを隠せない。



『男の体で暗視してこの外套を見た時、この世のものとは思えないほど緻密な命令式が術式として組み込まれていた。体の保護以外にも目的があるからでしょ?それを今ここで見せて』



『何でお前の都合で見せなきゃいけねぇーんだよ!俺はお前を...』



『私を何?あの店主に何を吹き込まれたかは知らないけど、このままだとアンタと私は心中。あんたにも目的があるなら、死んでも勝ち取ってみなさいよ』



 フードの内側から伸びる職種を摘み、今にもそのまま潰してしまいそうな勢いだ。



 そしてついに、天井に張り付いていたヘビードドラゴンが床に落ちてきて、部屋を埋め尽くさんばかりの胴体を複雑に絡ませ、壁をキノ周りに作っていく。



 上に飛べば逃げられるような単調な作りではなく、噛みつきを躱されたとしてもそのまま引っ張れば胴体が四方八方から押し寄せ獲物を圧縮してしまうように胴体を組む。



『私はこう見えても現実主義者なの。足手まといになるような奴は私の装備には要らない。ここで私にすてられたくないなら存在理由を証明して』



 その言葉を発する表情に感情はなく、ただ淡々と機械的な言葉を吐き出すだけのように感じられる。



 それを合図にしてか、ヘビードドラゴンが頭上から大きな口を開けてこちらに突っ込んでくる。



 鋭い牙に先の見えない口。はっきり言って、それが地獄へと通じる門のようにも見える。



『ど畜生が!右腕をやつの口目掛けて真っ直ぐ掲げろ!』



 言われた通りに右手で拳を作り、それを今まさに向かってくる口に向ける。



『そのまま固定!』



 筋肉一つ動かさずにピタっと動きが止まった。



 その瞬間、右腕に掛かる外套をが右腕にきつく巻きつく。そして、外套と同じ色の小さなクロスボウが右拳の甲に装着されていた。



 外套から出されたというよりは外套が身体に合うように作って全てのパーツを同時に吐き出した異様な異様な感触。



 それと同時に、装填されている矢は白く先が少々とんがっているだけの棒切れ同然であった。



 それが音もなく放たれ、クロスボウは跡形も無く砕け散る。音もなく飛んでいく矢だけに目が奪われたのだ。



 あんな巨体に対してこんな玩具のような武器では意味を成さない。常識ではそうなのだが、今はこの矢に全てを懸けてみたい。そんな気持ちになるのだ。



 内側の頬肉に突き刺さり、カチリと音がする。すると何の前触れもなく、口の中で巨大な丸い骨の球がドラゴンの口よりも大きく現れ、内側からドラゴンを破壊した。



 宙のドラゴンが、力なく横に倒れる。


顎が裂け、口の中身が部屋中にばら撒かれる。白目を剥き、地に伏した飛べないドラゴンはピクリとも動かない。



『骨?』



 降ってきた骨を手に取ると生き物の骨の破片がパキパキと音を立てて砂と化す。



『今の内に逃げるぞ!早く走れ!』



『何で?』



『俺にドラゴンを一時的に退ける力はあるって証明できたんだから、もういいだろ!?あのぐらいじゃドラゴンは死なない!』



 そんな事を言っている内に地に伏せた体をゆっくりと起こす。吹き飛んだ顔半分からは血液が泡立ち徐々に肉となる。



『知ってる?暗記しか使えない私が唯一使える技』



『はぁ?知ってる訳ねーだろ!?それよりも早く逃げるんだよ!』



 外套に力を込め身体全体を包みキノの体を動かそうとする。



『無駄。そんな弱い力じゃ身体を持っていけない』



 外套を脱ぎ捨て後ろに放る。



『何馬鹿な事やってんだ!?』



『良かったね。お前の重さなら床の血も反応しない。逃げれるよ』



『お前と行がなきゃ意味がない!』



 その言葉に困ったような笑いを浮かべる。



『案外人間臭い。作られた人工の魔物とか言ってたけど人間の間違いなんじゃない』



 そんな事を言っている内に再び太く長い身体に囲まれる。



『クソ!』



 うすら笑いと共に身体に遮られ見えなくなる。



『人を人とも思えんど畜生の俺とは正反対だ』



 マジックバックから、鍛錬鉄刀を取りだし、右の腰にあたかも差しているような体勢を取る。



 何かしていることよりも一度退けられた事実を払拭する為にドラゴンは止まらない。



 ガキンと鋭い金属音のような歯を噛み締める音が聞こえた。



 だが、キノの断末魔は聞こえない。



『攻撃する瞬間。そこが一番油断する』



 ヘビードドラゴンの遥か頭の上、天井にまで届く高さになると、両足を天井に着け下半身を強化する。



『強化、両脚と腕の筋力を最大限強化』



 その一言を呟くと天井の足が触れていた部分がめり込みキノの姿が消える。



 何かを察したように獲物を逃したドラゴンが尻尾を頭の遥か上に叩き付けようとするのだが、すでに遅い。



 肉を引き千切り千切り雷のようなスピードで一人の赤く染まったアサシンが姿を表す。



 強靭な鱗が敷き詰められた胴体に丸い風穴を開けたと言うのに、鍛錬鉄刀はまだ抜いていない。



 胴体を突き抜け、頭部に差し掛かる所で黒い刃を思いっきり振るい胴体から頭部を切り取るべく音もなく刃を滑らせる。



『剣術の中で最速の技。それが居合い。再生するなら再生できないように鮮やかに切ってやれば良い』



 鍛錬鉄刀に付いた露を払うと刀身が崩れ落ち赤い砂になって消える。



 そこまでしてようやくドラゴンの首に一筋の透明な線が入る。



 頭だけがズレ地面に転がる。断面からの血液が遅れて吹き出し、部屋の中で血の雨を降らせる。



『どう?俺の実力や手の内も分かった?』



 血の雨の中で全身を赤く染めながら不敵に微笑むキノは死神のように見える。



『なんだ?ワザと見せるためにこの部屋に入ったのか?』



『その表現好きじゃない。飯を食べてたり、命を張ってくれた仲間に誠意を見せただけ』



『なるほどな。俺もそこのチビ助もそう言う奴の方が好きだぜ』



『野郎の体の時に男に誉められると気持ち悪い』



『うるせーよ!』



『早く解体して飯にしよう。この体は燃費が悪い』



 地面に落ちた煙管を拾い上げ、マジックバックから取り出した採取ようのナイフで胴体に切れ込みを入れて行く。



 部屋の中央には、頭、鱗、皮、肉、内臓と綺麗に解体されたヘビードラゴンの残骸が散らばる。隅には火に焚べられた土鍋が二つ、仲良くお湯が張ってある。



『入り口の辺りにさっきの紋様を書いてきた。あんなので良いのか?』



『ご苦労様。暗いから意外と気がつかないの。誰か来たら分かるぐらいの威力よね?』



 中身のない外套を羽織った女の声のキノがずんぐりむっくりとした外套の本体に声を掛ける。部屋の中に書かれた紋様は血の雨で塗りつぶされて効力を失ったらしい。



『さぁな?まぁ、死にはしないだろ?』



『適当すぎ』



 その場に座り込み、女の姿で内蔵の吟味をしていたキノの元へと戻り、外套の中へと戻って行く。



 姿を消す必要もないので、フードも下ろして入る。そのためか、外套の背中に口を開き心なしかなくつろいでいるようにも見えた。



『そんなでっかい口が開いてるのに寒くない』



『これは、俺の体だぜ?口を開けたんじゃなくて移動させただけだ』



『へぇー、便利』



『だろ!?さっきの仕込み武器だって使えたろ?

これでいいか?最低限の働きは証明できた筈だ』



『そうだね。あんたが嘘つきだってことも証明されたけどね』



『何!?』



 その一言に空気が張り詰めるのだが、臓器を綺麗に肉から剥が作業をやめようとしない。







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