第15話 ダンジョン探査とトリック
第20話 ダンジョン探索とトリック
『あー、あー、聞こえますか?』
『聞こえる』
フードの中からの応答に口をパクパクさせながら答える。決して、会話は外に漏れていない。
『しかし、口パクから言葉を聞けなんて言われるとは思わなかったな』
『仕方ない。隠蔽魔法を使ってる時に言葉を発すると解除される』
『はいはい。分かりましたよ、お姫様』
そんな静かな会話を繰り返し、静かに進んで行く。足音も立てずにゆっくりと奥へと進んでいくのだ。
『クゥーン』
『どうかした?』
『チビ助は心配してるんだろ。自分より遥かにレベルの高い魔物がいる階層に行くんだから当たり前の反応だろ?優しい言葉でもかけてやれ』
『チビ助いい?』
今まで黙っていたキノが優しく口を開く。膝立になり、視線を合わせる。その様子に安堵したのか上を向き表情を明るくする。
『あんたはビックリするほど弱い。どれくらいかっていうと、一撃でハラワタを無様に地面にぶちまけて惨めに死ぬぐらい弱い。だから、死にたく無いなら必死に抵抗して逃げてね』
その言葉にキャイ~ンと低い声で悲しみを表現する。犬とはいえ、言葉の意味は分かるのだ。
『おい!逆効果だろ!?こんなに萎縮させちまって鬼なのか!?』
『鬼ならまだ優しい?自分よりもレベルの高いダンジョンのエリアは地獄。今にもここから逃げ出しそう』
そんな事を呟いていると、後ろから三匹人狼型の魔物がやってくる。下半身で直立し手にはギラギラと自前の鋭い爪が生えていた。正直、爪での一撃を喰らってはただではすみそうもない。
『早速出た。じゃあ、生き残れ』
その言葉と共に、あたりの風景に溶け込んで文字通り消えて見えなくなった。
『ギャイン!?クゥーン』
精一杯の潤んだ瞳で見つめる。それが今できる精一杯の抵抗だ。
そんな抵抗ここでは無意味に等しい。一瞬だけ怯んだような気もしなくは無いのだが、目の錯覚。というか、希望的観測でしか無い。
その証拠に叫びを上げてチビ助に襲い掛かる。
『キャイ~ン!』
無様な声を上げながらチビ助は背中を向け無様に走り出す。
貴族お抱えの冒険者サイド (第一先遣隊)
『うん?今何か聞こえなかった?』
第一先遣隊を率いる全身を鎧で包み、中年のオールバックで毛むくじゃらの熊のような風貌な男が呟く。
『え?そうですか?お前たち~!何か聞こえた?』
学者風のアルケミストが後方にも聞くのだが誰一人として答えるものは居ない。
べヂャクチャと喋り、周りを警戒する者など一人もいない。
『おーい!お願いだから、周辺警戒してくれない?』
『えー!俺たち、こんなに強い装備着てるんですし、警戒なんてしなくても大丈夫ですよ~』
『じゃあ、具体的にどうするんだ?』
『前から魔物が来たら、前衛職の皆さんが服従の指輪で魔物の動きを封じて返してくれれば、全解決じゃ無いですか!』
『全部の魔物に指輪を埋め込んであるし、楽だなー』
『そうそう!俺なんて支給された矢、売っちゃったし』
『『『アハハハハハハハハ!』』』
全く緊張感の無いやり取りが行われる。とても命のやり取りが行われる場とは到底思えない。
『貴様ら!』
流石に憤慨を抑え切れないのか、身体を震わし声を絞る。
『まぁ、確かにその通りだな。俺ももう少し肩の力を抜こう』
そんな気の抜けたパーティの元に一つの魔物の群れがやってくる。
『ん?なんだ魔物か?』
列の後方から一匹の犬型の魔物がキャンキャン喚きながら向かってくる。
『煩いな。アーチャー迎撃しろ!』
『はいはい。分かりましたよ。弓を引き絞れ!』
号令と共に、数人のアーチャーが弓を引き絞り、犬の魔物に向かってそれを放つ。
足を止めることもなく、矢に向かう魔物。死を目前にして狂ったかと誰しもが思った。矢は目標には当たったものの、霧のように通り抜けて遥か後方に飛んでいく。
『え?どう言う事これ?』
矢を引き絞った者たちでさえこの有様だ。
消えた魔物の後ろから三体の新たな魔物が現れる。三匹人狼型のの魔物がやってくる。下半身で直立し手にはギラギラと自前の鋭い爪が生えているのだが、先頭にたっている奴は矢を腹や脚にくらい、尋常では無い怒りに駆られている事が見ただけでも分かる。
『あの、服従の指輪を...』
『いや、ここまで怒り狂ってたら効かない。って言うか、さっきからやってる』
ヴぉぉぉぉォォォオ!
三体の人狼。二十のパーティが編成されているとはいえ、その本人たちは戦う事を既に諦めている。そんな中で戦ったら、どうなるかなど容易に想像できる。
背後から襲われたせいで紙ほどの防御力も持ち合わせないアーチャーが切り裂かれ、何も準備していないアルケミストの身体はそれは無惨に食い散らかされる。先頭に居た前衛職でさえその惨状を目撃してしまったらまともに戦える人など片手で数えれば事足りる。
最高級装備に身を包んでいても、その中身がこれでは意味をなさない。
隊列は崩れ去り、生き残った奴も散り散りになってダンジョン中に逃げ惑う。
キノの耳には心地のいい断末魔だけが響いてきた。
お抱え冒険者の遥か後方。松明に照らされた薄暗いダンジョンの通路で、一つの影がウロウロしていた。
『クゥーン』
地面に文字通りの影がウロウロして誰かを探す。
スンスン
影の中で鼻を動かす。懐かしい匂いを見つけたのかそっちの方向に走り出す。
『キャンキャン!』
影の中から姿を現す。水から上がった時のように身体に付いた影を身体を振って落とし、元の犬の形に戻る。
通路をしばらく進んでいくと、行き止まりに差し当たる。宝箱が置いてあるのだが、その横から懐かしい匂いがする。
『キャン!』
『よく戻ってきた。えらい』
何も無かった空間からキノの姿が現れる。
フードを外し、しゃがみ込みちび助をワフワフ撫でるのだが、今生の別れを経験したのではないかと言わんばかりのちび助とこのことにも興味を示さない無感情なキノとでは感情に雲泥の差があった。
『にしても、よく戻って来れたな?』
『生き物には帰巣本能がある。指で私を追えとも指示したしね』
『だからって、可哀想だろ?こいつ、いつか愛想を尽かしていなくなっちゃうぜ』
『犬は一回ご飯あげれば一生覚えてるらしいから大丈夫』
『扱いが杜撰だな。せめて、こいつの姿も消してやれよ』
『それじゃあ、魔物をお抱え冒険者になすりつけられない。それより見て。このマップどんどん更新されていく』
マップをバックから取り出す。それを見てみると不自然に途切れていた道の先が徐々に浮き上がってくる。
『どう言う事だ?』
『ダンジョンのマップを共有してるから誰か一人でも行けばその先が浮き上がる。私達は宝箱を縫うように移動する』
『楽して獲物を奪うわけか。そう言うの好きだぜ!』
『無音でも意思疎通できるんだから、無駄口叩かない』
『ヘイヘイ。悪代官様に従います』
ちび助には背後の通路を警戒しろと指で指示を出す。
『良いのか?あいつ一人で殺されたりしないか?』
『基本的にドリグは臆病で、直ぐに影の中に逃げ込むから大丈夫。しかも、無意識に幻影を敵の前に残す』
『へぇー、それがあいつの固有スキルか。服従の指輪を付けてると固有スキルも封じられるみたいだな』
『そう。だから、ソロでも接待のために私有地ダンジョンは攻略しやすいから選んだ』
『なるほどな。良い選択だな。可能な限り甘い汁を啜るとするか』
『どうせなら、骨の髄液まで啜ってやるよ』
『おー、怖い』
『私も集中するから』
フードを深々と被り、宝箱の前に膝を立てて腰を低くする。
一通り、宝箱の構造を知るために触ると鍵穴に指を押し込む。
『放出』
指から伝わってくる内部情報から指先に糸状の魔力を絡めて鍵を作り、それを回す。
ガチャリと音を立てて宝箱が開くのだ。
『楽勝』
フードをおろすと中身を確かめる。
『おい!何したんだ?』
『スペアキーを魔力で作った』
『そんなアサシン見たことねー。普通はもっと泥棒みたいに...』
『それだと、鍵穴のあるやつしか開かない。このやり方なら、鍵穴のないやつも開けられる』
『ほう。じゃあ、質問なんだけどよ。何でそんなに魔力を使うのが上手いのに、お抱え冒険者の横を通った時攻撃しなかったんだ?強化の魔法なら分がありそうだけどよ』
『理由は3つ。数が多い方が早くマップの続きが埋まる。無益な殺生はしない。最後に、女の姿じゃ強化を使えないし、同時に二つの基礎魔法を使えないの』
『はぁ?それ本気か?冒険者の基本は複合魔法。様々な魔法を混ぜて使うことだろ?』
『私は体質的にできない。男と女の体で使える基本魔法も違うし。因みに、女の体の時は強化、マーキング、暗視が使えない』
『読み取りはできるのにな。戦闘になったらどうすんだよ!?』
『ん~、そうだね』
宝箱の中身によっぽど心を奪われているのか上の空で返事をする。
『さっきから何してんだ?中身は回収しただろ?』
『流石に空っぽのものを残すのは可哀想。中身入れてる』
『それはご苦労な事で』
嫌味のようにネチネチと言う。
中身を入れ終わると、さっきと同じように蓋を閉め、鍵を掛ける。
ふーっと息を吐いたのも束の間。
『ワンワン!』
警戒していたちび助が吠える。何かが来た合図だ。
『魔物みたい』
『うじゃうじゃいるな』
『それをなすりつける相手もうじゃうじゃいるから問題ない』
フードを被り、向かってくる魔物の方に歩いていく。姿を消し、さっきと同じ方法で適度なお抱え冒険者になすりつけて進むのだ。
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