第11話 ナンパと私有地ダンジョン
第十一話 ナンパと私有地ダンジョン
しばらく歩くと東から登った太陽が、視界に入る。夜明けとともに身体が男へとなっていった。
幽霊屋敷からほど近くにある森の入り口へと差し掛かる。朝だと言うのに、三寸先が夜の様に暗い。
木漏れ日があるにしろ、根が浮き足立つ森を全力疾走しようとは誰も思わない。
姿はあまり変わらずに性別だけが変化するのだから面白い。それに合わせる様に外套が長袖へと変化し、フードを下ろす。何処となく長いマントと言う様な風貌に自然と外套が変化していた。
『よし!ダンジョンはこの先かな』
目に魔力を込め、少し開く。望遠鏡の様に倍率が変化し、遠く離れた所にある地面から突き出て居る洞窟型のダンジョンを視界に捕らえた。
『よっと』
地面を軽く蹴り、身体を軽くジャンプさせたつもりだったのだが、樹木よりも高く飛び跳ねてしまう。
『男の体は力が強くて繊細な魔力コントロールがし難いのが難点。身体能力中心でいこう』
焦る様子もなく、太い樹木の枝の幹に着地すると今度はもっと深く蹴る。
しかし、今度は真上に飛ぶのではなく真横。木の枝から枝を空中で移動した。
『いい感じ。蹴った後はビュンと進む』
その一言を口ずさみながらドンドンと移動を繰り返していく。
最初はぎこちなかったこの移動方法も段々と様になってくる。
洞窟の近くの木に飛び移り、地面に着地する動きなどは滑らかで熟練されていた。
『あら?こんな朝早くから挑戦者の方かしら?』
洞窟型のダンジョンがせり出した横には人が1人入っただけでいっぱいになってしまいそうな簡素な受付の様な建物が建っていた。
その中で機械の様な静かさで茶色い髪の毛をサイドテールにして佇んでいた。
『そう。お姉さんは?こんな所でな何を?』
『私はギルド職員。このダンジョンの管理をしています』
ワンピース型の黒いメイド着を連想させる様な可愛らしい服に草臥れたロングブーツを履き、決められたセリフをまるで機械の様に淡々と答えるその瞳には光がない。燃え尽きた後の様にただ虚無で灰色なのだ。
『へー、ダンジョンに入りたいのだけど...』
『構いませんが少し待っていてください。ちょうど時間です』
そう言うと百人は下らない身につける装備だけは超一流の冒険者達が洞窟のダンジョンの入り口から戻ってきた。
念の為、深々とフードを被る。
『今、戻ったぞ!飯にしろ!』
願う様子もなく横暴に言葉を並べ、受付のカウンターに荒々しく薄汚れたお金を投げ付ける。
酒気を帯びて居る者も多く存在する。受付の横を通り過ぎると其々が小さな焚き火を地面に焚く。
『チッ!』
『あーあ!何か言ったか?』
そのまま無言で受付の奥に向かう。中は意外と広く、小さな厨房の様になっていた。二口分の意思のコンロに数々のフライパンや鍋、いくつもの透明な小さな瓶には様々な色の粉状の調味料が入っていた。
紙に包んであった猪肉のような脂身の肉を適度に切り、野菜や色々な料理をぶつ切りにしていく。
フライパンに素材を入れ、鍋にも色々な素材を入れ煮込む。
塩や胡椒などの調味料を瓶から必要な分投入していく。
『味がわからないクソ貴族め!全員殺してやろうか?』
黒いコルクで蓋をされた透明な白い細長い瓶を握り締め自分の酷い顔を見る。その後ろにはフードを被ったキノの顔が映り込む。
『そんなんで殺したら森がクソ貴族で汚れる。耐えて』
瓶を持つ手首を掴み、ゆっくりと腰に固定した小物入れに戻させる。
外に出るとそのまましばらく調理を見守った。
『できたよ。適当に持っていきな』
短時間で作ったとは思えない程大量の猪の炒飯が大皿によそられ、野菜と猪肉のスープがたっぷりと入った鉄鍋が受付のカウンターに置かれた。
『おーお!やっとか!にしてももう少し色気のある料理が良いな!あんたの体みたいにな!』
貴族お抱えの冒険者とは思いたくもない様な下品な笑いを浮かべた1人の中年の男が受付嬢の豊満な胸に手を伸ばす。肌に触れるかと言う瞬間に身体から発生したピンク色の膜にパチンと手を焼かれる。
『ギルドを敵に回すと貴族でもどうなるか分かってる?』
『おっかねぇなー。取り敢えずこの質素な飯は持っていく』
腐っても冒険者なのか、普通の人では持てない様な量を一人で運んでいった。
しかも、その男は孤児院を悪戯に襲って来た1人だ。
酒を飲み酩酊して居る。いくらフードを被り、顔を隠して居る。とは言えここまで気が付かれないのはよっぽどのバカなのか、ただ自分達以外に興味がないのかは分からない。
『さて、お前ら食べるぞー!おい!?ダンジョンで何も役に立っていない若い奴らも食うのか?腹は一端に減るんだな?アッハッハッハッ!』
嫌な笑い声が辺りに響く。
『チッ!』
可愛い顔からは想像できないような重苦しい舌打ちが響いた。
『お腹減ってるならこれ食べなよ』
カウンターに座ると、1人分の炒飯とスープが別によそられていて、それを勧める。
『頂く。貴方はなんでこんな仕事してるの?不満に溢れてる』
立ったまま食事に口をつけ、ズカズカとキノの言葉は留まる事を知らない。
『私だって、こんな事したくない。だけど、金のある貴族に顔がいいってだけで抱え込められてお金に目が眩んだ上司に売られた。私有地ダンジョンの事務作業者として』
『逃げないの?』
『腕のこれ見てよ』
ピンク色の丸い宝石が嵌め込まれた銀色のハングルに触れる。
『業務に関わりのない事から身を守る代わりに従事させる呪いのハングル。もしこの場から逃げたら葡萄の皮を剥くぐらい簡単に私の手首は切り取られるだろうね』
『自分でつけたのその悪趣味なやつ』
炒飯を半分ほどをスプーンで綺麗に食べ進め、そこにスープを掛ける。
『そんな訳ないでしょ?ここで真面目に従事するほど私が居たギルドの評判が上がるから面白半分に付けられたの』
『いつ外れるの?』
『外れない。このダンジョンが攻略されたらまた次を任されるから、一生このまま。気が狂いそうな私の気持ち分かる?』
『悪いけど、分からない。貴方に私の気持ちが分からない様に、今の身分に満足して生活を送るだけにお金を稼ぐ人の気持ちなんで理解できないし、したくない』
綺麗に炒飯を平らげながら淡々と語る。
『遠慮がないわね』
自分の境遇に同情して欲しかったからか、深い溜息が出た。
『だけど、貴族から勝手に金で買い取られ理不尽に働かされるのは少し分かる。安心して、それも私がダンジョンを攻略して終わりにするから』
ハングルが嵌められた手首にそっと触れ、目を真っ直ぐ見つめながら言うもんだから乙女に対するその破壊力は破壊しれない。
『馬鹿じゃないの!?そんな夢物語語って?』
『夢で終わらす気はないけど?その証拠に、攻略が終わるまでコレ預けとく。私だと思ってね』
片方の耳に触れると、赤い菱形の宝石が付いたイヤリングを受付嬢につけ、それとは反対側の自分の右側の耳に同じイヤリングを付ける。
『バカ、少しだけ期待しちゃうじゃん』
『?待ってれば良いだけだから』
微妙に会話が噛み合わない2人であった。
攻略を目指すものに以下のことを命じる。
1.攻略費用、1000万エールを払うべし!この金は救出費用として使う
1.ダンジョン攻略時のマップ情報は全て公開すべし
1.ダンジョンボスを倒した際の金品は10割ダンジョン所有者に帰属する。
1.攻略に貢献したと顕著にわかる場合に限り、それに即した報酬をダンジョン事業から攻略者に補填を行う
1.なりふり構わずダンジョン内から湧く魔物を殺してはならない。
以上のことを守られない場合、実力行使を行う
『この注意事項を読んでも攻略するつもりなの?これを読んでおかしいと思うでしょ?』
『こう言うの疎いからよくわからない。教えて』
『本気で言ってる?ひょっとして冒険は初めて?』
『失礼。これ、ギルドカード』
カウンターに一枚のカードを置く。
『職業!?アサシン!?なのにソロで攻略しようとしてるの!?馬鹿なんじゃない!?』
『なんだぁー?あんた、そんなマイナー職でこのダンジョンに挑むのかー?んー?んー?』
笑いの対象になっていた若い冒険者が酒瓶を片手にキノを顔を近づけマジマジと眺める。
『あんた死ぬなー。業物の獲物も無いみたいだし、悪いことは言わない。もっとレベルの低い所で野良探索をするんだな』
肩を叩き踵を返して酒を再び煽る。
『ダンジョン攻略者じゃなくて、探索者じゃない!多くのダンジョンには潜ってるみたいだけど、攻略と探索は違うんだからね!?』
『言いたいことはそれだけ?』
ギルドカードを受け取ると、ダンジョンの入り口へと近付いて行った。
『待ちなさい!』
『あ、探索代金払って無かった』
手を大きく開いて進行方向に立ちはだかる。
『このダンジョンは、オーナーの子息に攻略させてダンジョンボスを安全に倒せる様に接待ができるように大量のお抱え冒険者を投入してる。そんな中でソロプレイヤーが入って本気で攻略しようとしたら潰されるのよ!』
『そんなの知ってる。知ってる上で来てるから』
『何で?攻略したとしてもお金も取られるし、その後の事業がうまく行っても貴方が得るものなんて...』
『しー』
荒ぶりながらも優しく諭そうとする口に人差し指をフニっと近づけて黙らせる。
『私はね、復讐する為に挑むんだよ』
その言葉に驚き、手を閉じる。
『はい。これ参加費ね』
放心状態の手に参加費を握らせて入り口へと入る。
『バカ。せめてこれ持って行って!』
グルグルに巻かれた一枚の羊毛紙がシーリングによって留められており、宝の地図の様になっていた。
『いい?貴族に雇われてないあんたにはダンジョンのマップ情報が公開されてない!ちゃんとマップを自分で作るんだからね!』
『私はキノ!よろしく!』
返事をする代わりに自分の名前を叫び、ダンジョンへと入って行った。
『このシーリングからしてかなり高級なマップセット』
シーリングを割り、中を開くとウェルカムという意味の言葉が白く浮かび上がる。
壁に並ぶ数十本の松明に灯が着火し、辺りを明るく照らす。
岩肌をくり抜いて作った洞窟を予想していたが、クリーム色の煉瓦で道は舗装され、壁や天井までも人工的に作られた物では無いかと錯覚する。
入って来たはずの背後の入り口も煉瓦で塞がれており、後戻りはできない。
『これ、歩いた箇所が自動でマップに記録される』
少し歩いてみると、何も書いていなかったマップに歩いた道が記録されて行った。
『でも、要らない。こっちがあるし』
服の中から古ぼけた地図を取り出す。折り畳まれた地図は大きく開け広げられると現在地に火が灯り教えてくれる。
その面が上になる様に折り畳んで進んでいった。
『このダンジョンは全部でこのぐらいの大きさか。意外と小さいな』
そんなことをボヤキ、地図を外套の内側へとしまう。
『久しく前衛に立つこともなかったし、腕が鈍ってないかと、基本魔法を一通り試さないと』
外套に仕込んでおいた峨嵋刺を抜き、両手で一本ずつ持つ。
一直線の道に、涎を垂らしながら赤い目を充血させた一匹の犬型の魔物がこちらに向かってくる。
『暗視』
そう唱えると、目に魔力が集まり薄暗い視界がクリアになる。それどころか、向かってくる犬型の魔物の身体から発せられる黒いモヤがハッキリと見えるようになり、視界に数字が表示される。
『レベル18か。私と同じレベル』
両手に握られた峨嵋刺を握りしめ向かってくる魔物目掛けて全力疾走をする。
左手に持った峨嵋刺を身体の内側に捻った手首から投擲する。
胸の高さから放たれたそれは体の小さな魔物を捉える事なく虚しく消えて行った。
顎の方まで開いた口を大きく開けて飛びかかろうとして来たその瞬間。
『強化』
次の詠唱を口にする。魔力が脚に集中して姿が消える。
獲物を失ったモンスターが驚く隙も与えず、真上から峨嵋刺が頭から口を通って貫通した。
魔物は地面に糸が切れた人形の様に倒れ込み、絶命した。
その様子を遠くで見ていたローブを着て簡素杖を持った骸骨の魔物は峨嵋刺が刺さった肩を庇いながら膝を突き苦しんでいた。
『アンデット属性、銀でできた峨嵋刺はそんなに苦しいの?』
その声の主を確認すべく振り向いた途端にもう一本の峨嵋刺が脳天に突き刺さったと同時に頭部が弾け飛ぶ。
『動物種のドリグに、アンデット種のボンキか。腕は鈍ってない。基本魔法も冴えてる』
さっきまで動いて命を狙って来た二体の魔物が動かなくなり愛おしさすら感じてしまう。
『このポンキが私の行く末なのかもしれないな』
ローブを強引に剥ぐと地面に打ち付けられた脆い体が辺りに飛び散る。
『コレ、素材になる?』
剥いだローブを畳み、端に寄せバラバラになった骨を足で集める。
『沈黙は肯定』
外套を脱ぎ、集めた骨の上に置く。不思議なぐらいスルスルと骨が吸い込まれて行った。
大きく開け広げられた背中からは男とは思えないほど健康的な肩甲骨が浮き上がり、畳んだローブを即席エプロンの様に体に掛ける。
『私はこっち』
ドリグの亡骸の前で膝を突き、掌を合わせて黙祷を捧げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます