第10話 野良
第十話 野良
現実味を帯びないその一言には並々ならぬ想いだけが篭っていた。
『本気で言ってるの?』
『うん』
『昨日まではそんな事言ってなかったのに何で?』
『昨日の夜やってきたのはダンジョンを買い取ったゲルドの家お抱えの冒険者だった。多分あそこに居たのは何も努力していないで男爵の地位についた奴ら...別に生まれながら身分に差があるのは仕方ないし、今更どうも思わない』
『だったら、何で?』
『あの子供たちを見てそう思えた』
窓の外をもう一度見る。
『ここにいるほとんどの子は私達と違って貴族の生まれ。それこそ、捨てられなければ侯爵クラスだって子もいる。なのに、おかしいじゃん。生まれながらの爵位を親に否定されただけで遥かに下の爵位の奴等から虐められるなんて!』
『それこそ、爵位持ちだってだけで弱者を蔑ろにするのだっておかしい...だけど!だからってどうするの!?頭ごなしに貴族を殺しても何も変わらないんだよ!』
キノの肩を揺すり訴えかける。
『殺さないでも方法はある』
『どんな?』
『だけど、成功するかも分からないから取り敢えず一回試してくる。上手くいけば、これからやることの証明になるし、ここの子供達にもう少しいい生活をさせられる』
『本当に?そんな方法あるの?』
『できるかは分からないけどね。一年以内には帰ってくるから、それまでここをお願い』
耳元でそう言い残すとフッと消えて部屋から出て行った。
『まったく、勝手すぎるでしょ』
クローゼットを開け、二重底になっている蓋を開ける。
両手で収まるには少し大きい油紙に包まれた小包が出てきた。
『ごめんね。また、ここを任せることになって』
入り口に掛けておいた外套を羽織り外に出る。夕方だというのに日差しがキツい。
庭にいるみんなはそれぞれの仕事に打ち込み、誰一人として声を掛けてくる人は居ない。
というよりも、声を掛けられないようにそれぞれの意識の淵を歩いていく。
『なぁ?あれって誰?』
『.....キノお姉ちゃん...』
食事を作っているデンケンとニーナがキノの姿を遠目に見つける。
『そりゃあ、無いだろ?だってあんなに怖い顔見たことないぞ』
『そう?あの顔こそ....キノお姉ちゃんって感じがするけど?』
『生まれた時から2人の姉ちゃんを見てる俺が言うんだから間違いない!』
『料理の味付けは間違いまくり...なのにね』
ボソリと呟きデンケンが作ったスープを一口だけ味見をする。
ニーナは訝しい表情を浮かべながら無言で塩を足す。
カランカラン
昨日ブーツを仕立ててくれた防具屋を訪ねると昨日までは付いていなかったベルがカラカラと鳴る。
『こんにちは』
入った瞬間に異変に気がつく。昨日とは比べ物にならないほど店の中の商品がなくなっているのだ。
『え?どうなってるの?』
入り口の扉を閉めカウンターへと近づいていく。
『いらっしゃい』
酷くやつれた店主の巨体が背後から現れる。
『遅かったわね。少し待ってなさい』
奥からキノと同じ形のマネキンを出し、それには一着の服を着せられていた。
黒を基調とした背中が大きく開け広げられた伸縮性のある防具に、対照的にタボっとした黒いズボン。手の甲から二の腕までの紺色のアームガードに極め付けは、全身を包む夜空の様な表情を覗かせる外套だ。
『どう?あの金額に合うように店中の素材を付け足してリメイクしてみたわ』
『凄い。でも、あれブーツだけの報酬金だったんだけど...?』
『あんな金額貰えないわよ!その日暮らせるお金が有ればそれで十分。そんな事より着てみて』
『え!?こんなに綺麗なの似合わない...』
『いいから着てみなさい!徹夜の私の目を癒して!』
『は...い...』
暫くして更衣室から出てくる。
『あら?一回外套を取ってみて。全身のバランスを見てみたいわ!』
『え!いや、流石に恥ずかしいって言うか...』
外套のブードを深々と被りながら顔を赤くする。
『リターーーン!』
凄い剣幕でそう叫ぶと外套が店主の掌に黒いビー玉になって返っていく。
『え?』
『ビューティフォー!!!!!予想通り似合うわ!!大きく開け広げられた背中からは瑞々しい肌が控えめに見え、全体的に健康的な肉体が只者ではないオーラを放つ!最高よ!』
『そう...ですか?』
乗り気ではなかったのに、すっかりといい気分になっている。
『普段はあんなに露出度が高い感じの服装なのに恥ずかしいの?』
『あの上にまた着るし、こんな開放的じゃないから...』
『若いんだから見せていきなさいよ!』
『でも、これだと男の姿に戻った時変じゃない?』
『元々中性的だし、問題ないわよ。それに、気になるようならこの外套を羽織るの。リザーブ』
その掛け声と共に外套がキノの元に戻っていく。
『この外套との契約権は店長持ち?』
『うん?取り敢えず、綺麗な体を拝めたから勿論返すわよ。はいこれ』
『何これ?』
手渡された紙袋の中には様々な色の鉱石が入っていた。
『その外套は生きてるの。中の鉱石を近づけてみて』
白い色の物を近づけてみた。するりてあ解けるように外套に溶け込み、色合いが少し白っぽくなる。
『その外套は生きてて、ダンジョンにある鉱石とか魔力を帯びてるものが主食なの。一番美味しい食事をくれた人が契約者になれるわよ』
『へぇ、面白い。そんな凄い防具を一晩で作る店長は何者?』
『私は勿論、自分に合った服を作るのが趣味の店長よ。そんなことよりもあなたのこれからを聞かせてもらえる?昨日とは違う顔をしてて気になっちゃう』
昨日とは比べ物にならない沢山の種類のクッキーに紅茶が出てきた。
昨日と同じ銘柄のお茶と昨日とは比べ物にならない程種類が豊富なクッキー。昨日は質素な丸いバタークッキーだけだったのだが、今日は比べ物にならない。
内心楽しみにしながらカウンター前に椅子を用意して座る。
『このクッキー可愛い』
『その花形のクッキーは飴がはめ込んであってステンドグラスクッキーって言うの。隣はアイスボックスクッキー。ほろ苦いココアがオススメよ♡』
口に入れ、柔らかく優しい味なのにパリパリとした食感が楽しめる。
『ンフフ、美味しそうに食べてくれるわね。アップルパイも用意してあるわよ~』
『食べたい』
カウンターの下から直径が1メートルはありそうなアップルパイが出てきた。
あまりに突拍子もないデカさの物が出てきて紅茶を噴き出す。
『さて、取り敢えず一切れ...』
同じく巨大なフォークで手早く切られ、サーブされる。
『さぁ、召し上がれ』
『頂きます』
普通サイズのフォークとナイフを手渡され、一口サイズに切り分ける。
表面はさっくりと焼け焦げているが、中からはジューシーな林檎が姿を表す。
見た目もさることながらシナモンのような香りも食欲を唆る。
そして、一口入れた瞬間に口の中でアップルパイの旨味が弾け飛ぶ。
『美味しい!え?これがアップルパイ!?』
少し前まで所属していた貴族のパーティとバーでアップルパイを食べる事もあったのだが、小麦粉の中にシナシナの林檎が入っているだけのお世辞にも言えない物だった。
『なんか、高級な香りがする』
口の中に強烈な旨味がいつまでも残るのだ。
『そうでしょ?薔薇のエキスをパイに入れてみたの。後は、カスタードクリーム。林檎は水分があるから合うのよね~』
濃厚な美味しさなのだが、いくらでも食べられる。
あんなに巨大だった一切れのアップルパイが見る見る間に消えていく。
『凄い美味しい』
『細身なのに案外食べるのね。そう言う子好きよ』
そう言いながら、大きな口を開け店主も残りのアップルパイを口いっぱいに頬張っていた。
『店長もすごい食べますね...』
『こう見えても、服の素材を取りに国の外に出たりしてるから、お腹減っちゃうのよ』
そう言っているうちにアップルパイを全て食べ終わった。
『さて、次は貴方のお話を聞かせて。これから何をしようとしているのか』
『別に、やりたいことをやるだけ』
2人でお茶を飲みながら、キノは孤児院であったことを話す。何故、爵位を持つ物に復讐するのかを。
『なるほどね。アテは何かあるの?』
『あるけど秘密。それは新聞で知ってね』
これまでに見たこと無いような意味深な笑いを表情に浮かべる。
『じゃあ、楽しみにしとくわ。明日からはどうするの?』
『取り敢えずは、私をパーティから追放したやつに煮湯を飲んでもらおうと思う。買い占めたダンジョンを攻略してね』
『ん?それだと逆に貢献しちゃって無い?しかも、攻略ってパーティは?』
『ソロで潜る。私有ダンジョンならお金を払うだけで中に入れてギルドの紹介も要らないし』
『パーティでの探索をやめて、ソロでダンジョン攻略なんてどれだけ危険があるか分かってる?』
『知ってる。だけど、アイツのダンジョンだからこそ攻略の筋道がある』
『言っても、聞かなそうね。ちょっと待ってなさい』
そう言うと店の奥へと戻って桐の箱を持ってくる。
『開けてみなさい』
カウンターに置かれた20センチ程の箱をゆっくりと開ける。中には、一本の黒いナイフの柄が入っている。
『これは?』
『鍛錬鉄刀。私が生涯で唯一作った武器よ。魔物の血液を飲ませると自分の思い描いた武器になる代物』
『貰えるの?』
『そう。せめてもの選別。それと、さっき着ていた外套は補修しとくから、また来なさいよ』
『うん。ありがとう』
それを外套の内側にしまい、店を出ようと立ち上がる。
『それと、少し腕周りがキツかったかしら?短くなりなさい』
店主の声に合わせて夜空の外套の袖がなくなりノースリーブになる。
『店長はこの外套を生きてるって言っていたけど、これは何?』
『そうね。私の趣味は服を作ることなんだけど、魔物を素材にする。すると、どう言う訳か作った服が使用者の魔力を吸って、新しい魔物になっちゃうのよね』
『それって、大事件?』
『そんなこと無いわよ。だって、大体は使用者とソリが合わなくて着てる子を殺しちゃう子がほとんどだから』
『耳を疑いたくなる一言が聞こえてきた』
『私はね、お客さんに服を着てもらいたいんじゃなくて服を強くさせるためにお客さんを選別してるの。だけど、貴方のことは気に入ってるからせめて死なない様にしなさいよ』
『はーぁー、人付き合いはこれだから苦手』
少し困ったぐらいの表情で店を後にする。
『お願いだから、あの子が冷たいダンジョンで1人で死んだら、原型を留めないぐらい裁断してやるんだからね!』
誰もいない店で1人つぶやいた。
『81番区のダンジョンに向かお』
そう言って独り歩き出す。白い小鳥がエナからの荷物を届けに来たのは81番区のダンジョンに向かって歩き出してから直ぐの事だった。
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