第9話 反撃の合図
第九話 反撃の合図
『抗魔剤の飲み過ぎで倒れたんだから肝機能が戻ってなくて中和できないから男の姿に戻らないんだよ』
持ってきた食事を枕元に置き近くの丸椅子に座る。足元にはタライが置いてあり、リムがギチギチに詰まっておりお湯の中で眠っていた。
『昨日の夜、魔抗剤を飲んだ時は中々男の身体になれなかった。いつもは直ぐに変わる筈なのに、急に男の体つきになって...。夜エナを助けに行く時に薬を飲んだらんでから調子悪い。今は女の身体だし』
『一日で何回もこの薬を飲んだから、変なタイミングで効果が出たんだろうね。もう一回この薬について説明しようか。朝ごはんも持ってきたから食べよ』
お盆に乗せてきた皿をキノの膝の上に置く。
しかし、胸を隠している布団から手を離してしまうと胸が見えてしまうのでナイフやフォークを握ることができない。
『服、ないから食べられない』
『身体に掛かるストレスを極限まで少なくして抗魔剤の排出を毛穴からも促してるんだからまだ着ちゃダメ』
床に元々置かれていた水瓶から柄杓で水を一杯掬うと優しくリムの体表へ水を掛ける。
ジューっと焼けた石に水を掛けた時と同じように蒸発し、リムは心なしか気持ちよさそうにしている。
『据え膳』
『ちょっと待ってて!子供達だってちゃんと待てるよ』
『エナの料理美味しいから、待てない』
『分かったから!はい、あーん』
ナイフで一口サイズに切り、フォークに刺し口を大きく開けさせようとするのだが、口を開けようとしない。
『どうしたの?ひょっとして恥ずかしいの?』
『思いっきり子供扱いしてくれるじゃん』
『だって下の子より子供なんだもん』
その一言とからかってくるような言動にわずかに眉間にしわを寄せムッと不機嫌になる。
『フーフーしてほしいなぁ」
「えええええー!』
「だって熱い。火傷しちゃう。照れてるの?」
「そんなわけないでしょ!やってやろうじゃない。確かに熱すぎだもんね』
自分に言い聞かせると髪の毛を耳にかける切ったハンバーグに息を吹きかける。
『はい!フーフーしたよ』
顔は赤くなりハンバーグを持つその手は小刻みに震えていた。
『頂きます』
その言葉と共にハンバーグを頬張る。口の中いっぱいに広がるふわりとした幸せの食感。肉汁が口の中で主張するのだが、香草が丹念に練り込まれているせいか喉を通る頃には完全な旨味と化し自然になくなっていく。
『どう?満足した?』
「うん。恥ずかしそうにしてる顔や羞恥心と戦ってる表情が見れたから満足』
『あんたねぇ!』
天然と思わせといてやはり仕返しが目的だったのだと気付かされる。
『でも、やっぱりエナのご飯は美味しいな』
『.....!じゃあ、たくさん食べさせてあげるわよ』
料理人冥利に尽きる言葉を不意に言われて完全に毒気を抜かれてしまう。
『食べながらで良いから、聞いてね。もう一回渡してる薬について説明するから』
『うん』
ハンバーグを半分ほど食べ進めた所で深妙な顔つきになる。
『まず最初に言っとくと、キノに渡してるこの抗魔剤ってのは別に男の姿に戻るための薬じゃありません』
『体内のバランスを崩させて私の体質に異常を起こす対抗剤』
『そう、その通り。キノの場合、性別がどっちでもないし、冒険者でいる以上不便があると思って持たせてたんだけど、大体一錠で一分間の効力がある。じゃあ、なんで今も効力が続いてると思う?』
『おバカな新米医工士が作る薬を間違えたから...』
『そんな訳ないでしょ!?アサシンで薬学に精通したアンタ同伴で開発したんだから!正解は肝臓が弱ってるの!』
『肝臓?』
『薬ってのは一般的に飲んだ後、肝臓で解毒されなかった分が、効能として身体に作用する。だけど、あんたは冒険者にこの孤児院の運営って言う二つの仕事で休む暇なくて薬が効きすぎてるって訳』
『どうすればいい?』
『取り敢えずは、身体が時間に則した姿になるまで休んでれば次第に良くなるから無理しないでちゃんと休んで』
ハンバーグを食べさせ終わると布団をしっかりキノの体に掛け、仰向けにさせる。
『それとこれ』
黄色く透き通った飴玉を口の中に突っ込まれ飲み込んでしまう。
『飲み込んじゃった』
『それでいいのよ。中和剤と睡眠効果のあるハーブから作った飴だから次第に良くなるわ』
自分の分のハンバーグを手早く食べながら説明する。
『じゃあ、私は下に戻るけど安静にしてるのよ?』
食べ終わった食器を重ね下に降りようとする。しかし、腰の辺りを思いっきり掴まれてしまう。
『一緒に寝よ』
『え!?ちょっと!?』
咄嗟の事で何とかお盆を座っていた椅子に置き、事なきを得るのだが、布団の中へと吸い込まれてしまう。
『だって、エナも疲れてる』
『私は別に...』
『しぃー、おやすみエナ』
『ちょ....っと』
向かい合った状態で唇に触れた瞬間に意識が遠くなる。何らかの毒を盛られたのだと気付くのに時間は掛からなかったが、その前に眠りに落ちた。
『微量の睡眠薬で寝ちゃうなんてよっぽど疲れてるんだね』
頭を一回撫でて自分の瞼も重く降りてきた。
目を覚ました時、部屋の窓から見える空はオレンジ色に染まり布団を剥いで確認するとキノの身体は変わりなく女の子でいる。
『まさか、あのまま寝ちゃうなんて私もよっぽど疲れてたんだな』
クローゼットの中から昨日キノが着ていた服を取り出し、枕の下へと入れる。
『また、知らない内に行っちゃうんでしょ?』
寝ている相手にボヤき、もう一度不貞腐れて眠りにつく。
夢を見た。沢山の子供たちに囲まれていつも通りのご飯を作って食べる。しかし、ただ1つ、席が空いていて食事は置いてあるのにも関わらずキノの姿は無い。
『ん?なんか顔が痛い?』
顔がヒリヒリするのだ。そして極め付けはコレ。
鼻がモがれるかと思うほどの痛みが伝わる。
『痛い!』
跳ね起きるとリムが視界に入り、ぽてっと布団の上に落ちる。
『おはよう』
眠りから一足先に目覚めたキノが服を着て窓の外を眺めている。
空はオレンジ色に染まり、さっきと比べてみてもあまり時間は変わっていないようだ。
『おはよう。何見てるの?』
ベッドの上でリムのお腹を擽り、あやしながら口を開く。
『炊き出しの様子。子供達が元気にやってる』
『誰かさんが嫌がらせに来る貴族を追い払ってくれたからね。安心して子供達だけで任せられる』
子供達が様々な魔法を操り鍋やフライパンで調理する様は最早幻想的であった。
それを食べる人の年代もこの屋敷に住んでいるのと同じぐらいの年齢の子供から腰の曲がった老人まで様々だ。
『あれ、最近はお金もらってるの?』
指さした先を見てみると、食事を受け取る前にお金らしき硬貨を渡している人もいた。
『要らないって言ってるんだけど、気持ちで100エール置いていく人もいる。大体3000人来て1000人くらいは置いてくんだよね』
『そのお金は?』
『この屋敷の維持費に当てたり、炊き出しの時に体調を崩してる人に薬をあげたりして使ってる。土地代を払うようになってからはそれに当てたりね...』
『土地の代金はいくら?』
『一ヶ月、250万エール。どうにかギリギリ払えてるから心配しないで。キノには冒険者としての才能があるんだからこっちは気にしないで好きなことをやって』
『大体16ヶ月か。ねぇ?さっきの4000万エール、やっぱり1000万エール持ってくね』
『いいけど、何に使うつもり?』
『好きな事。私をパーティから追い出すのは別に構わない。だけど、私の家族を虐めたりするのは我慢ならないからそう言う奴ら根絶やしにしてやる』
黒い瞳に復讐の炎が灯った瞬間だった。
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