第8話 これから
第八話 これから
よく晴れた日の朝。そんな時でも霧のせいか気分は暗い。小刻みにまな板と接する包丁が、一定のリズムで玉葱を微塵切りにし、ドタドタと小さな太陽たちが、腹ペコ怪獣として目覚めて食堂にやってくる。
「お姉ちゃん!おはよう!」
「おはよう。先ずはあんた達、汚れた顔を外で洗って来なさい」
『『『はーい!』』』
男も女も入り混じった子供達が元気よく外に出ると庭の端っこにある井戸で遊びながら顔を洗う。顔に付いた汚れなど殆どないのだが、礼儀の一環としての作法だ。
男は麻で編まれた上下別れた服を着て、女はワンピース風の服を着る。
「エナ姉ちゃん」
「おはよう、ニーナ。あんたも顔洗ってきなさい」
「もう洗った....よ....」
「早いわね」
「うん。それで、あのね...?」
自分のオレンジ色の髪の毛を指にクルクルと巻きつけながらもじもじと言葉を発する。
「じゃあ、特別に台所に入って良いから手伝って貰おうかな?」
「うん!」
ニーナの顔が一気に明るくなり、エナの元までトコトコやってきた。
近くの椅子を引っ張り出し、コンロの横の場所に置かれたまな板の上に乗っている物が見えるようにその上で膝を立てる。
「玉葱?」
「そう、玉葱。微塵切りにしたこれを軽く炒めて貰えるかな?」
「うん分かった!」
大量の微塵切りの玉葱が入った木のボールを受け取る。
「焦がさない様に飴色になる様にね」
「はーい!」
思いっきり、ボールを振ると空中に中身が投げ出される。それを待っていましたと言わんばかりに口から息に乗せてフーッと火を吐き出し、空中で炒める。一瞬で飴色になった玉ねぎからは長時間フライパンや鍋でじっくりと熱したかの様な甘い芳醇な香りが感じられる。
落ちてきた微塵切りの玉葱は都合よくボールに戻ってくる筈もなく案の定、広がりながら落ちてきた。
「キャ!」
高温で熱した玉葱を被るのが怖くなったのか反射的にボールを被る。
恐る恐る目を開くと空中で玉葱が渦巻き状に巻き上げられ一まとまりのようになっていた。熱々だった玉ねぎの熱が循環し、湯気を立てながら適度に冷まされていく。
「あれ?」
「ニーナ大丈夫?」
髪の毛が緑で腰あたりまである同じ歳ぐらいの女の子がその玉葱を指差していた。
「ジル!ありがとう!」
「ニーナ1人じゃ危なっかしいからね。風の魔法の私が居て助かったでしょ?エナお姉ちゃん、この玉葱はどうすれば良い?」
「お肉を挽いたこの中に頂戴」
「ハイハイ。ついでに形も整えておくから」
挽肉を浮かび上がらせて玉葱と空中で合わせてフワフワと拳程度の大きさに纏めていく。
「エナ姉ちゃん、俺が焼いとくから皿を用意して!」
「え!?デンケンちょっと待って!」
急いで食器棚からニーナと一緒に木製のお皿を出し、テーブルの上に並べていく。
デンケンと呼ばれる、ガキ大将に近い赤い短髪の髪の男の子が手の平に大きな炎を灯す。
「いくぞ!おりゃ!」
振りかぶってそれを投げる。薄くネットの様に広がると空中に浮かぶ肉だけを的確に加熱し、こんがりと肉汁が弾ける音が聞こえてきた。プスーっと小さく低い音がハンバーグの中から聞こえて来る。中に入っていた抜けきらなかった空気に熱が入ることでゆっくりと抜けたのだ。
「焼けたやつはお皿に分けてね」
「分かってるよ!」
当たり前のことを言われたせいか少し苛立ちながらも空中に固定していた力を徐々に弱めてゆっくりとお皿に着地させる。ハンバーグの貴重さを知っている様で、その表情は真剣であった。落としたらどうしようと考えて一人でに慌てる子も心配そうに見つめる中で自分の仕事を的確に行う。
「後は昨日の残りのスープを掛けて...」
「エナ姉ちゃん、それ僕がやる」
「リヒター、気をつけてね」
端正な顔立でワンピースを着た癖っ毛混じりの青いショートカットの男の子が眠い眼を擦り名乗りを上げる。
首を僅かに傾けると鍋の中からスープが浮き上がる。
フワフワとお皿の上まで来ると一瞬にしてお皿の数だけ球状に等分され、ゆっくりとお皿に分散されていき焼かれた肉にスープのソースが掛かる。
「エナ姉ちゃん、今日の朝ごはん何?」
盛り付けといて何を作っていたのか分からないのかリヒターが最初に口を開く。
「今日はキノが送ってくれてるお肉で作ったハンバーグのビーフスープ掛け。どう?思いつきにしては美味しそうでしょ?」
それを聞いた途端に子供達の顔が強張る。
「え?何?どうかした?」
「エナお姉ちゃん...」
近くに寄ってきたニーナがスカートの裾を引っ張り、消え入りそうな声で口に手を当て内緒話をしたいと意思表示する。よく聞く為にしゃがむとニーナが静かに喋る。
「あのね...昨日みんなで作ったのはスープじゃなくて....牛さんのお肉から作ったビーフシチューって言う...んだよ」
「え!?スープじゃないの?シチュー?何がどう違うの!?」
「液体状、汁状の料理の総称をスープといい、シチューはスープの中のひとつで、大きめの具材がメインになるよう調理された煮込み料理のことを指すのが一般的だって本で読んだことある」
「ジルの言う通り、まさかシチューを知らないなんてな。なのに料理は天才的にうまいって信じられねぇな」
「嘘!デンケンまで知ってるの!?」
「俺をバカ扱いするんじゃねぇ~」
そんないつも通りの朝ごはんの用意がされていく。
「エナお姉ちゃんまだ~?もうみんな顔洗い終わって席に着いてるよ!」
「ごめん、ヒトミ!料理はできてるから運んでもらって良い?」
「はーい」
茶色く長い髪の毛の女の子が手持ち無沙汰に食堂に続く暖簾をくぐりやってくる。髪の毛を一本抜くとそれに息を吹きかける。ジンジャークッキーの様な大きさの何かに生まれ変わりざっと数えて30体程はいる。
「はーい、ゴーレムのみんな整列!」
その号令と共に床で可愛らしいゴーレムが整列した。
「食堂部屋で待つみんなにここの調理室の机に並んだ食事を持っていってあげて」
そう命令するや否や机の上に登り、蟻の大行列の様に食事を運んでいく。
食堂部屋には、暖炉があり長い机が三つ置いてあり、子供達はそこに行儀良く座り毎回の食事を行うのだ。
今日もスプーンやフォーク、ナイフにバケットが置かれた机に食事の皿が置かれる。
「じゃあ、みんな朝ごはんを食べましょうか」
調理を手伝った子供達も席に着く。
『『『『頂きます!』』』』
食事の挨拶をして各々食事を始める。ハンバーグをフォークで抑え、切ると綺麗な断面に様々なハーブが練り込まれているのがわかる。
ある者はソースをたっぷりと付けて頬張り、ある者はソースに千切ったパンを付けて口に運ぶ。
「みんなよく聞いて。これからキノに食事を運ぶから、いつも通りデンケン達の言う通りに下民区の皆さんへの炊き出しの準備お願いね」
「はーい!」
2人分の食事を持ち、食堂を後にする。
2階に登り、壁に手をつく。青白い象形文字の様な文様が浮かび、扉が開く。
部屋の中にはベッドにクローゼットが置かれており最低限生活ができるようになっていた。
「具合はどう?」
「身体が重い。自分の体じゃないみたい」
ベッドにはキノが横たわっていた。
「食事持ってきたから食べよう。寒くない?」
「誰かさんが私が逃げない様に服を剥ぐから寒いな」
「だって、そうでもしなきゃ無理矢理にでも何処かに行くでしょ?」
「このナリじゃどこにも行かない。いつも日がある時は男なのに」
布団を身体に巻きつけ起き上がる。朝にも関わらず、身体は夜のまま女の姿だった。
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