第12話 弔いとソロプレイ

第十二話 弔いとソロプレイ


 腰に付けている茶色の小さなポーチ。マジックバックと呼ばれる冒険者にとって標準装備のバック。見た目は変哲もないのだが一定量の物であれば入れても重さを感じない。それどころか、バックよりも大きい物であっても何の抵抗もなく入る。



 そんな便利なバッグから黒曜石を鍛えて作ったナイフを取り出す。



『貴方の身体無駄にしない』



 地面に刺さった峨嵋刺を引き抜き、ドリグの前足を交差させて壁に打ち付ける。



 投擲した時には感じられない生々しい肉の感触が伝わってくる。



『痩せてるなお前』



 雑食のドリグはダンジョン内で一番発生しやすい魔物なのだが、肉があり動く物であれば何でも食らいつく。



 ボンキは自分の体にを構成するカルシウムを補給すべくダンジョンに入って来た生き物の骨を捕食する。



 互いに捕食対象でないから利害が一致して共に行動していたのかと勝手に想像した。



そんな痩せたやつでも、このダンジョンでなら有意義に使える。



 首の下にナイフの刃を入れ、思いっきり裂く。鮮血が迸り、即席エプロンは勿論通路に血だまりができる。



 しかし、それに顔色一つ変えることはない。



 顔にも血が跳ね、一筋の赤い線が浮かぶのだが特に気にしない。



 血液が落ち着く前に腹の皮を掴み、ナイフで縦に割く。



 そこから内臓を取り出し、中を空にしていく。



『お前雌だったんだ』



 手には血の塊にも思える小さな命が握らせていた。



 今にも死にそうな命は僅かに口を動かし、目を開く。



 エプロンを脱ぎ、畳んだ所へそれを置いた。



 中が空虚になった入れ物の足と首を落とし、皮を剥ぐ。あっという間に美味しそうな肉塊へと変貌を遂げる。



 マジックバックの中から一際大きな白い紙を引き出すとその塊を包み込み、バックにへとしまう。



『かなり汚れた。これじゃ不可抗力以前の問題』



 魔物をむやみやたらに殺したのを証拠隠滅する為の策を考える。



『そう言えば...』



 再びマジックバックに手を入れ、何かをゴソゴソする。



『これがあった』



 防具屋の店主に貰った鍛錬鉄刀を取り出す。といっても黒い鉄でできた柄だけで刃など無い。



 正しい使い方もわからないので血溜まりにポチャんと落とす。



 暫くすると、スポンジの様に血溜まりの血液を吸い上げる。壁になびるように付着していた血液も綺麗に無くなる。



『便利。後は頭の処理』



 ドリグの頭を持つとピンと尖った耳に白いリングが付いている。



 引きちぎってよく見ると見慣れた物だった。



『なるほど。じゃあこっちにも』



 骨を吸収させていた外套を退かすと地面には同じく小さな白いリングが転がっている。



『clothes』



 ポツリと呟くと身体に外套が意志を持ったかの様にしっかりと装備される。



 白いリングを拾い上げ解体で使ったナイフやボンキが持っていた杖をマジックバックに入れ、鍛錬鉄刀を外套の内側へとしまう。二体の魔物を倒すのに使った峨嵋刺も腕のアームガードに仕込む。そこで漸く外套の中にマジックバックを付けていると使うのにいちいち外套を脱ぐ必要がある事に気が付き装備解除の文言を唱える。



『Undressing』



 外套が脱げ、不貞腐れた様に足元にぐちゃぐちゃになっていた。



『この子も居るし、一回調合しといた方が良い』



 血で汚れたローブに置いた小さな命はかろうじて息がある。



 渋々とドリグの頭をマジックバックに入れ込み、このダンジョンのマップが既に書き込まれている紙と正方形の木箱を取り出す。



『マーキング』



 壁に指を置き、唱えながら指を滑らせる。すると、壁に何かの文字が焼印の様に刻まれ消えて行った。



『女になる時間にはまだ遠いし、使うかな』



 その場に座り込み、マップを睨みつける。入り組んだダンジョンの先にある一言が付け足されている。



(第一補給所)



 そう書かれた部屋は正方形で他の通路や部屋とも異質な様に見えた。



『さて、覚悟を決めるか』



 木箱を開ける。中には2本の注射器と色違いの液体が入った小瓶、耳につけているピアスと同じ形の窪みが2つあった。



『抗魔薬はこっち』



 小瓶に貼られたラベルを見て確認すると小瓶をひっくり返し、コルクの蓋に針を刺す。



 器用な手付きで注射器を引くと透明な紫色の液体が注射器を満たしていく。



『こんな重要なものを鳥の使い魔なんかで運ぶなんてエナはどうかしてる』



 短くボヤきながらも注射器を軽く弾き気泡を上に送る。左腕を外套で締め上げ、浮き上がった血管を確認し一気に打つ。



 チューッと体内に薬が吸い込まれていき、身体からは湯気が上がる。



 髪の毛は艶やかになり、喉仏は無くなる。瞳も黒から青色へと徐々に変化していく。



 肩幅も気持ち程度狭くなった。



『一瞬で変化した。注射なら一瞬で変化するのか。これなら、一瞬で性別を変えられるし、外套の中で自己完結できるから、バレにくい。赤いもう一つの小瓶は、魔力阻害剤? あらゆる魔力を分解しますか....。体調が悪くなったら使お』



もう一方の小瓶についたラベルと注意書きを読み、しまう。



 薬を飲んだ時よりも早く性別が変化したのに驚きながら外套に手を掛ける。



『clothes』  



 もう一度、外套を身体に装備させるのだが形が先程までとは異なる。



 先程までは男の身体に合わせて魔導士が着る様な膝上までのマントに近かった。



 しかし、今は女性のダンジョン探索に合わせた結果なのかアサシンという職に合わせた結果かは定かでは無いのだが、前が大きく開け広げられ臍あたりで前の一点のみが留まっており、脚の可動域が大きく広がっている。



『さて、行こう』



 そんな些細な変化には気付いていないのか気がついている上で無視をしているのか全く気にする様子もなく、手早く荷物をマジックバックの中に入れて立ち上がる。



『貴方も急がなきゃね』



 ローブにくるんだ小さな命をそっと持ち上げる。



『探知』



 足で軽く地面をタップする。反響が耳に聞こえてきてダンジョンの通路のどの場所にどんな魔物がいるのか?小部屋にはどんな魔物がいるのか?地面の細かな凹凸までもが鮮明に頭に入ってくる。



『この道順にしよ』



 自分の中でそう決めると足早に走り出した。


様々な足音が聞こえる。ペタペタと可愛らしい音。ガダガタと何本もの自分の足を打ち付けて移動する音。地面に自分の身をなすりつけながら移動する音。全てが違うのだが、一つだけ共通していることがある。



『来ないでー!?』



 数十匹の色々な種類の魔物は感情を露わにして半ベソをかきながら走るアサシンの女の子を目標に走っているのだ。



 何故、こんなことになってしまったのか?時は少し前に遡る。



(隠蔽)



 心の中でそう唱えると全身から余計な魔力が抜け落ち、気配が見つかりづらくなる。基本魔法の隠蔽という誰でも使える魔法なのだが、そこからもう一つ工夫をする。



 身体が感じている様々な情報をそのまま身体に描き出し、周りの風景と完全に同化するのだ。



 これにより、見つかりにくくなるどころか完全に姿が見えなくなった。



 ダンジョンを歩いていると視界に一匹の魔物が現れた。



 植物種の魔物でカボチャによく似ているのだが、一つの大きな目があり、口にはジャックオーランタンを連想させるように鋭い牙が生えているのだ。



 この魔物はポリと呼ばれていて、畑やダンジョンでカボチャのふりをして人が近付くのを待ち、近付いてきたら不意をついて頭から捕食するという姑息なやつだ。



 馬鹿げたように感じるかもしれないが、料理されたカボチャを食べようとした貴族がこいつに顔を食いちぎられた事件すら起こっていた。



 しかし、今キノの姿は全く見えない。よって、カボチャに擬態する必要などなく大きな口を開けて欠伸をする始末だ。



(こういうの見たらやりたくなる)



 キノの中で何か溢れんばかりの悪戯心が刺激される。大きく開けられた口に指を突っ込み、思いっきり舌を引き抜いた。



 何が起こったのかすら理解できないカボチャの魔物はそのまま絶命してしまう。



 単眼や牙は避け、普通のカボチャの部分を手でもぎり取るとマジックバックにしまい、残りの部分を思いっきり蹴り飛ばす。



 そのまますっ飛んでいき、突き当たりのT字路の壁に当たって身が弾け飛ぶ。その匂いに惹きつけられた三匹のドリグが、身をかじりにきた。



(隠蔽中は他の魔法使えないからこうやって探知するのが一番。あいつらがいなくなるまで少し待つ)



 壁に寄りかかり、外套の中に手を入れておやつのドライフルーツでも齧ろうかと手を入れる。すると別の物に手が当たった。



 外套の内側に仕込んでおいた鍛錬鉄刀だ。



(三匹...試し切りには丁度いい)



 そう思った時にはもうすでに走り出していた。音を出さないようにしているのにも関わらず、その速さには自分でも目を見張る。



 バクバクとカボチャを頬張る三匹のドリグの内、一匹だけがキノが来る方向を見つめていた。何も見えないし、音もしない。強いて言えばなんだか胸騒ぎがするのだ。しかし、その異変に気が付く事はない。



 もう、危険は直ぐ背後まで迫っていたのだ。



 壁を蹴り、高く飛ぶ。ダンジョンの天井と横の壁に一瞬足が触れる。その瞬間に鍛錬鉄刀に自分のイメージを送り込む。柄の頭から握っている左手の腕を通り、背中を通る。尾骶骨のあたりから二股に分かれ、ズボンの裾から刃を通し壁に打ち付ける。狙い通り、身体が固定され落下が止まる。



 その一瞬を逃す事なくもう一度、鉄刀に自分のイメージを送り込む。



 しかし、自分の体を筋力で支えるのには限界がある。



『おっもい!』



 絞るような一言を発してしまう。その拍子に完全に風景に溶け込んだ身体が徐々に見えるようになっていってしまう。



 いくら視界には映っていないとはいえ、これに気が付かない訳がない。



 腕に力を込め、右腰から左上へと鍛錬鉄刀を居合の如く滑らせる。イメージしたのは刃物ではない。矢の如く飛んで行き、敵を貫く刃を鮮明にイメージした。



 振ったと同時に軌跡から鋭い三つの刃がドリグ目掛けて飛ぶ。



 見えて来た人影をどうにかして見ようと凝らしていた目には真っ先に飛んできた刃が映り込み、そのまま三体の体を地面まで簡単に貫いてしまったのだ。



 言うまでもなく、ピクリとも三体は動かない。



『やった』



 気が抜け安心したと同時に固定した刃が折れ、地面に打ち付けられた。



『おべぅ』



 思いっきり顔面を打ち付けてしまった。しかし、初めて使う獲物で三匹の魔物を同時に倒せるのは快挙に等しい。



 攻撃力も防御力も全職の中で紙の分厚さ程も持ち合わせていたいのだがら、歓喜にひしがれる。



『動いたら喉渇いちゃった』



 三体の魔物を先程と同じ手順で解体しながらそう呟く。



 彼女は目的のためには手段を吟味し、結果を出す。そんな凄腕アサシンなのだから半ベソをかきながら逃げ惑うことなどない。



『来ないでー!?あっちいってよ!』



 少なくともこの時まではそう思っていた。



 マジックバックから、銀の筒を取り出し魔物目掛けて放り投げる。ぶつかった衝撃で閃光が撒き散らされて魔物の視界を奪った。



 気がついた時にはアサシンの女の子は次回から消えていたのだが、それが効かない魔物が一匹だけいた。



 元から視力を持たない魔物。巨大で青くプルプルしており魔物のなかでは一番有名なあいつだ。



『しっかり来る』



 今までは手加減していたのかと言うぐらいキノが加速し、後ろを置いてきぼりにする。



『放出』



 掌をスライムに向けると透明な塊が放出されるのだが、身が柔らかすぎて身体に沈む。



 それに逆上したかのようにそいつは身体を大きく広げ、通路いっぱいに大きくなる。



 入り組んだ通路をうまく使えばもう少しで逃げ切れると言う所で正方形の部屋にキノが入り、その中央でしゃがみ込んだ。



 フードを被ると仕込んでおいた鏃が掌に落ちる。

 

 スライムも怒りが頂点に達しておりもう止まれない。



『それがあなたの間合い。これが私の間合い』



 一方は通路を覆い尽くすほどの巨体で、一方は釣具の様な玩具の武器。単純に戦えばどちらが勝つかなど容易に想像できる。部屋に入りかけたその瞬間スライムの体が切断される。



 見えにくい魔力で編まれた糸で縦5横5の正方形になってところてんのように推し出てくる。



『あれね』



 その中の一つには紫色の球体が入った物がある。



『放出』



 掌に置いた鏃に魔力で編んだ糸をがんじがらめにしそれ目掛けて網投げのように投擲する。



 目標に向かって一直線に向かい、紫色の核を貫通させ中身が溢れところてん状に下された一つが紫色に染まる。



 ボテボテと落ちた他の青い四角もピタリと動かなくなった。



『綺麗に入った』



『クゥーン』



 それを見ていたかのように仔犬が鳴く。



『苦しかった?』



 外套の前を外し緩め、マジックバックからローブの端切れに身を包ませ顔を覗かせる仔犬を確認する。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る