第4話 本当の自分

第四話 本当の自分


 吐き出させようとカウンターを飛び越え、背中を叩く。水を飲ませた方が良いのかと頭をよぎるのだが、必死に叩く事しかできない。その間も悶え苦しみそれが只事でないことだけがしっかりと伝わって来る。


「ねぇ!?しっかりして!」


「大丈夫。粉薬が変な方に入っただけ」


 さっきまでの高く可愛らしい声とは別物の野太い声が返ってくる。男の声にしては高いのだが、先程までの空気に溶けて無くなってしまいそうな声ではない。しっかりと自己主張をする耳に残る声だ。


「背中さすってくれてありがとう」


 カウンターに戻り女の子を確認する。すると、外套からチラチラ見えていた胸の膨らみは無くなり、金のシルクのような髪の毛は光沢を失い、瞳は黒に近くなり、喉仏が目立つようになっていた。


「ん?あんた男だったの!?いやでも、びっくりするぐらいの美形だけども!」


「これがアサシンの職についたもう一つの理由。原因は分からないが、生まれた時からの特異体質で太陽が登っている間は男に、沈むと女になる体質。今は魔法中和薬でそのバランスを崩して男になった」


「凄い体質ね。ん?でも何でそれがアサシンの職に就いてる理由になるの?」


」いや、その...アサシンのダボっとした服なら男女共用でお金の節約になるし」


 その言葉を聞いた途端に頭に青筋が浮かび上がる。バン!と火薬でも爆発さしたかのように鋭い音が聞こえる。カウンターを叩いただけとは信じられない。


「何言ってるの!こんな美形がそんなファッション感覚だなんて信じられない!ここにある服、下取りじゃなくてリメイクにするからまた明日の朝取りにいらっしゃい!」


「え、いやでも、もう冒険者は...」


 パーティを追放された記念に、冒険稼業からは完全に足を洗ってしまおうと考えていたのだが、勝手に話が進んで行ってしまう。


「い・い・わ・ね!?」


「は...い」


 鬼のような形相で迫ってくる圧に押され思わず震えながら首を縦に振る。


「それと取り敢えず、ブーツはこんな感じかしらね?」


 手渡されたブーツを受け取ると驚きを隠せない。


「軽!」


 くるぶしの辺りで折り返しのついた変哲もないブーツなのだが異様に軽い。皮ではなく何か別の物でできているのではないかと感覚が錯覚を起こしてしまうほどだ。見えているものと感じていることの相違が起こり、脳が処理し切れない。


「音が出ないようにできるだけ軽量化してみたの。風景に溶け込んでも足音で気づかれたら台無しだもんね」


「ありがとう」


「はぁ!女の子の顔でその口調はクールで好きだし今の格好でのその口調もグッと来るわね」


「そう?」


来るわ!ビンビン来る!? 野暮なこと聞くけど本当の性別はどっちなの?」


「一応、冒険者ギルドには美形の男で通してる。ナンパとか面倒くさいし。でも、初めからこれだから正直両方見慣れてる」


「中々の爆弾発言をするわね。取り敢えず、これからはどうするの?」


「平民の維持費は払えるし、気ままに暮らす。取り敢えずまた明日の朝にでもリメイクされた服を取りに来る」


「はーい。分かったわ」


 ティーカップの紅茶を飲み干し、最後のクッキーを口の中に放り投げた。素朴ながらも今まで食べた中で一番好きな味を名残惜しく口の中で噛み締める。


「それとこれ、ブーツのお金」


「なんだかブーツ一つの報酬にしては多くない?やたら重いんだけど?」


「紅茶とクッキー代も入ってるし、全部銅貨だから」


「紅茶とクッキーはサービスよ~」


「美味しい物には対価を払う主義だから...じゃあ、また明日」


「はーい、またねー」


 外套をしっかりと羽織り、フードを深々とかぶって外へと出る。店に入る前とは財布の中も軽い。なにより、心に詰まっていた感情が軽くなったのを感じる。目を通して見える外の景色も心なしか鮮明になっていた。


「言葉遣いの割に律儀なんだから。さて、明日のクッキーでも焼こうかしら?」


 受け取った皮袋を軽く投げ、取ろうとするのだがしくじってカウンターの上にぶちまける。


「あらやだ、私った...」


 オーダーメイドブーツの相場は大体1万エール。袋の中身全が銅貨の100エールであれば袋一杯に詰まっていても大した金額ではない。通常金額にに毛が生えた程度。しかし、皮袋の中は一枚100000エールの金貨だったのだから大問題。


「ーーーーーーー!」


 後にした防具屋からは叫び声として言い表せないような声が響いてきた。


「これで、1000万エール分は軽くなった。まだ重いな」


 しばらく歩くと股間の膨らみがなくなり歩くのが楽になる。しかし、胸の膨らみは戻らない。あったらあったでもどかしいのだが、中途半端という今の状況の方がもどかしい。そのまま下民区まで行こうかと考えたが運良く馬車を拾える。


「お客様、行き先はどちらでしょう?」


「下民区、81番までお願い」


「はいよー」


 中年のひょろりとした男が馬に鞭を入れる。二頭の馬に引かれながらゆっくりと馬車が走り出した。


 煉瓦造の道の上なので、ガタガタと揺れるもその振動が心地よい。瞼を閉じればそのまま寝てしまいそうな程疲れていたが、どうにか寝ない様に意識を保ちながら身体を振動の中に溶かし込む。


「にしても、お客さん。貴族区から平民区のに行けるなんてよっぽどの物好きか、腕に覚えがあるんだろうね」


「どうして?」


「下民区は俗称。正確には平民区に分類されるが平民の維持税も払えない様な荒くれどもしかいない。しかも、あんたが行こうとしている81の近くには幽霊屋敷ってのがある」


「幽霊屋敷?」


「スラム街だった所に突如立った謂わば、幽霊達が住む屋敷だ!そんな所に行くなんてよっぽど腕に自信があるんだろ?」


「さぁね?もしかしたら私の用はその幽霊屋敷かも」


「ハッハッ!冗談きついな。あんな屑の掃き溜めみたいな所で眠りたいやつなんていないだろ?幽霊も攻撃魔法を使うって襲ってくるって話なんだから,俺みたいな馬車引きは仕事でなきゃ近づきたくもない」


「そう?だったら、一回その幽霊を見てみる?」


 たわい無いお喋りのつもりだったが、急に出てきた霧のせいか背筋が凍りつく。


「お客さん、下手な冗談はやめて下さいよ。お客さん?お客さん?」


 返事がしないのを不思議に思い、馬を止め馬車の扉を開ける。


 中には誰1人として載っていない。代わりに、パンパンに詰まった皮袋が座席に置かれているだけだ。


「あああ!あああ!幽霊だ!例の幽霊だ!」


 それを見た途端に馬を走らせ、来た道を矢の如く帰っていった。


「あら、残念。折角扉を開けてくれたのだからチップも払おうと思っていたのに。幽霊なんて信じるんだ」


 手に握られた一枚の金貨にキスをすると馬車が走り去っていった方に思いっきり投げた。


チリン....チリ..チリン!


 甘美な音が地面に触れて辺りに鳴り響く。息を潜めていた路地裏の小鬼達が血相を変えてその一枚を手に入れようと霧の中を探す。


「これも要らない」


 下取りで得た金貨を馬車が急発進した時に振り落とした。金貨が入った皮袋を空高く放り投げる。


 手元から平根型の鏃のような形をした石の穴に透明な糸を結び付け、皮袋目掛けて投げる。鏃が袋を掠め、中身が空中でばら撒かれた。


 先程よりも遥かに沢山の甘美な音が鳴り響く。


「噂ってのは一人歩きさせるのが丁度いい。エナが頑張ってる証拠」


 糸が掌に吸い込まれていき、最後には鏃をキャッチし背を向ける。


 遠くからも金の音に釣られて走ってくる鬼の様な足音は騒音に等しかった。


 男の声と女の声が入り混じったような不思議な声で鼻歌を歌いながら歩き出す。

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