第5話 幽霊屋敷の決意

第五話 幽霊屋敷の決意


 鼻歌まじりに道を歩く。割れた街灯に火が灯ることはなく、虚しく風が吹き荒れていた。



 煉瓦造の建物ですら扉がなくなり、木材が釘で固定され入れないようになっているだけマシだ。



 街の至る所から鼠やら小動物の気配が伝わってくる。それに混じって人間の更に細い息が聞こえてきてはそれが急に聞こえなくなりそうな危うささえも感じ取れるのが何気に恐ろしい。



「意外と近かった」



 古び錆てはいるが鉄柵で囲まれた屋敷の前に着く。古びた錠が内側から付いているのだが、軽く触れただけでガチャンと地面に落ちる。



ギィィィィ



 ゆっくりと鉄柵が開いたので中に入り、もう一度錠を掛ける。



 庭には薔薇の花、精巧に彫られた噴水、等間隔で並んだ木、奥には小さいながらも立派な屋敷が建っている。



 この屋敷の全盛期であればどれだけ心が踊っただろうか。



 薔薇の木はハゲ、花など見る影もない。噴水からは水が出てくるどころか植物の蔦が巻き付いている。等間隔で並んでいたと思われる木は腐り果て幹しか残っていない。奥に建つ屋敷に至っては白い塗装が剥がれ落ち、窓ガラスはバリバリに割れていた。屋根も所々捲れている。



 痩せた土地に豪華な建物が建っても所詮は犬に論語と言わんばかりに寂れてしまう。



「こんな時間だしみんな寝てる」



 入り口のステンドガラスがグスグスになった横開きの扉を開ける。



 中からカビ臭い匂い。本来は煉瓦造の端正な造なのだが、真っ暗で何にも見えない。



「灯りがない?」



 いつもは入った所にある木箱の上に蝋燭の入ったランプが置いてあるのだが、今日は無い。



 視界の端。オレンジ色の玉が見える。いつもは使わない備え付けられた蝋燭台。向かい合った壁に一つ抜かして違い違いになる様に火の玉が縫うように奥から飛んでやって来た。



 最後に目の前で止まり、小鬼のような表情が浮かび上がる。



「何これ?」



 指でチョンと触る。パチンと一瞬不敵な笑いを浮かべ弾け文字へと変わる。



 Welcome bak



 文字は違うのだが、意味はそれ。



『『『『おかえりなさい!!!!!!』』』



 通路の奥から50人前後の小さな子供達がドット押し寄せてやって来た。



「え?ちょっと!」



 何人もの子供達が飛びついて来てバランスを崩し、尻餅を突いてしまう。



 みんなボロボロの布切れみたいなツギハギの服を着ているのだがみんな輝いていた。



「ほーら、みんなキノを困らせないの。挨拶したんだからもう寝るよ」



『『『えーーーーーーーーーーーーーーー!』』』



 ワンテンポ遅れて銀色の長い髪の毛を麻紐で縛り左肩に纏めて掛けた丸眼鏡を掛けたゆるふわっとした女性がランプを下げながらどこからともなくやってくる。



 格好は黒の古ぼけたロングスカートに肩を大きく出した白い肩出しのブラウスに皮のコルセットを身につけているご普通の街娘。



 腰につけたコルセットのせいでただでさえ大きい豊満な胸が更に強調されていた。



「ちゃんと部屋も温めといたから!急がないと私の魔法が切れちゃうかもよ~」



「それはヤバい!みんな急げ!」



 ガキ大将のような赤髪の男の子が言い、みんながそれに釣られて奥の階段から二階へと上がる。



「ニーナ何してるんだ!?早くしろよ。寒くて眠れなくなるぞ!」



 ガキ大将とは対照的でうさぎのぬいぐるみを抱き抱えたオレンジ色の長髪の女の子の手を引いて階段を上がる。



「待って!今行くから~。それにこの人誰?」



「はぁ!?キノ姉ちゃんに決まってんだろ!?」



 最終的に、ニーナと呼ばれるオレンジ色の髪の毛の女の子はガキ大将に腕を引っ張られて不思議そうに首を傾げながら渋々と二階へ上がっていった。



「おかえり、キノ!10日ぶりね」



「ただいま、エナ」



 腕を引っ張られ、体勢を起こす。



 見た目に反してエナと呼ばれるこの女性、かなりハキハキしている。2人とも同じ歳ぐらいにも見えるのだが、落ち着いた印象のせいかキノの方がお姉さんに見える。



「魔力補充に上に行くついでに、一緒にみんなの顔見に行かない?」



「うん。そうする」



 外套を入り口ハンガーに掛け、入り口近くに引っ掛けて廊下を進む。暫く進むと2階に通じる階段を登る。



「中々前衛的な格好ね」



「もう寝てると思って油断した。目に毒?」



「私には毒よ」


 耳を赤くするエナのポツリと吐いた独り言に首を傾げる。しかし、深くは聞かない。それ以上にエナの香り寂しく見えたからだ。その理由を聞きたかったが先手を打たれる。



「暗い顔してるけど何があった?」



「まさか、子供達に名前覚えられていないとは思わなくて...」



「あはは...。まぁ、キノはここにいるのは少ないからね。気にすること無いよ」



 気まずそうにフォローするのだが、余計に傷口を抉ってしまう。



「あの子達に魔法を教えたの?髪の毛の色が何人も黒髪じゃなくなってた。エナみたいに染めてる訳じゃないだろうし」



「まぁ、基本は一通りね。あんたの幽霊行為ほどじゃ無いけどあの子達も器用さ」



「だって、この場所バレたら大変でしょ?」



「まぁね。元々届出の出してない孤児院だし、悪趣味な貴族にでもバレたら、またあの事件みたいになりかねない」



 そんな事を話しているうちに階段を上り終わる。



 壁など無い屋根裏を大部屋として使っていた。そこには先程居なかったひと回り小さな子供達も居る。



 簡素なベッドに最低限清潔なシーツ。どう見ても薄い布団なのだが、部屋の中はガラス窓がバリバリに砕けているというのに温かい。



「みんな寝てる」



「キノが帰ってくるタイミングまで待てない子も居るから、せめて寝顔を見てあげて」



「分かった」



 スヤスヤと寝てはいるのだが、布団を脚で蹴り飛ばし、ベッドの下へと落としていた。



 布団を定位置に戻し、ゆっくりと全員の頭を撫でていく。



「みんな可愛い」



」だよね。悪さをしても憎めない」



 エナが小さな小瓶を開け、赤い粉を人差し指に付ける。窓に残ったガラスに人差し指を当てると指先からオレンジ色の火が灯り、じんわりと窓全体に広がっていく。



「それは何をしてるの?」



「ん?火の魔力を欠けたガラスの部分に貼って外から入ってくる空気を暖かくしてるの。防音効果だってあるんだよ」



「ヘェ~、やっぱりエナは器用」



「こんなの属性魔法の魔力が生まれつき流れていれば誰でもできるよ。エルタネの民の象徴である光属性の魔力は低くて落ちこぼれだけど。同じ境遇のキノには冒険者が務まる戦闘センスがあって羨ましいよ」



 窓から入ってくる月明かりに照らされる顔はより一層の悲しみを感じさせるには充分であった。



「さ!下でご飯でも食べよ。キノのこと待ってたからお腹減っちゃった」



「うん...私が居ない時は食事してないみたいだし」



「そんな事...」



「あるでしょ?そんなに痩せこけて」



「子供達のクマを見た?みんな毎晩キノの事をこの幼くて小さい体で待ってるの。それぐらいの苦しみ、共有させてよ」



「取り敢えず、食べよ」



「そうね」



 2人とも腹が減っているのでゆっくりと足音を立てないように一階へと降りていく。



「それと、何かキノは隠してない?」



「なんで?」



「そんな気がするだけ。女の勘ってやつ?」



「ふーん。冒険者パーティクビになっただけ...」



「それってまずいんじゃないの?貴族がいるパーティに居ないとギルドから依頼が受け取れないって聞いたことある」



「貴族以下は信用がないからギルドに集まった依頼はこなせなくなる。貴族が書いた許可証が有れば別だけど....」



 そんな話をしている内に一階の食堂へと着く。



 奥には、小さな部屋がありそこに炭火コンロがあり軽く百人前は作れてしまいそうな鉄鍋が置かれていた。



「どうするの?このままじゃ金銭的に次の平民更新権人数分買えないんじゃない?」



「真っ先にお金の心配?」



「いや、その。そういう事じゃないけど...」



 気まずくなった雰囲気の中でエナが指先に火を灯し、炭に火を入れ鍋の中身をかき混ぜる。キノは食器棚から2名分の木でできたスープ皿とスプーンを取り出す。



 まだ子供達が食べてから時間が経過していないのか茶色い液体からは直ぐに湯気が立ち上る』



「フフッ。冗談。エナの仕事はこの家を守ることだもんね。数年間平民更新権は問題ない」



「どういうこと?」



 受け渡された二つの木製のスープ皿に並々と液体を注ぐ。それを小部屋に備え付けられた長いテーブルノ上に置き、2人が向かい合うように座った。



「これ」



 テーブルの上に置かれたパンパンに詰まった一つの皮袋。中身を開けると10万エール金貨が詰まっていた。



「どうしたの!?これ!?」



「私との手切金?全部で4000万エール。平民更新権がひとり年間100万だから1年間は心配いらない。冒険者としての武器を売ればお金も工面できるし。その間に私は木工職人の修行でもしてここでみんなと暮らそうかな」



「こんなに!?こんな額見たこと無い」



 下民出身の2人にとって、こんな大金は目にしたことすらないだろう。



「このシチュー、お肉多すぎない?」



「仕方ないでしょ?誰かさんが、ダンジョンで解体した肉ばかり送ってくるんだから!自家製野菜も少しは入っているわよ!」



 その言葉の通り、底の方を探ると僅かにニンジンのような切れ端やなんの野菜かは分からない薄く短冊のように切られた緑色の何かが見つかる。



 考えようによってはなんとも豪華な。シチューだ



「だけど、これじゃ足りないかも」



「どうして?」



「実は、この近くに発生したダンジョンが貴族に周りの土地ごと買われてこの屋敷もその土地の中に入ってるの。それでここの存在がバレて賃料を毎月請求されてる。本当にごめんなさい」



 その言葉を捻り出すのにどんなに勇気が必要だったか。身体はガタガタと震え、涙を流していた。

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