第3話 憧れの人

憧れの人


「着替え終わった。ありがとう」


 黒いローブの中は大部分を露出した黒いインナーに黒いショートパンツを履き、足には散歩程度で使うくたびれたブーツを履いていた。とても、冒険者が使用する物とは思えないほどに品質が悪い。


「あら?大分身軽になったのね。他に下取りするものがあったら、カウンターに置いといて」


 足の型を厚紙に落とし、それに沿って生地を裁断していく。ダイナミックでいて繊細。まるで組み立てられる事を知っていたかの様に素材がブーツを形作る。


 ドサドサとカウンターに正装からローブ迄を置く。


「こんなに下取りに出しちゃって良いの?商売道具でしょ?」


「良い,もう、必要じゃない。それに、私の趣味じゃない」


「その割には辛そうな顔してるわね。ブーツ作るのにも疲れちゃった少し、休んでも良い?」


「はい」


 自分の分の紅茶を注ぎ、手を休める。熊でも締め殺せそうなガタイからは想像もできないほど細い指で紅茶を操る。


「私はね、元は大工だったんだけどお菓子作りや服作りが好きだったし、自分を美しく着飾るのが大好きだった。でも、それを誰にも打ち明けられなかった」


「どうして?」


「家が代々続く大工だったからかしらね?周りが男臭かったし、異端だと言われるのが怖かったの」


「じゃあ、なんで今があるの?」


 大してして真面目に聞く気も無かったのだが、俄然興味が湧く。


「ある失礼な子供に服を作って欲しいって言われて作ってあげたら、このクッキーと一緒に褒めらた。それで嬉しくなったから、このお店をオープンさせて美の追求をして私を私たらしめてるって訳。できる事なら過去の私と趣味を馬鹿にした家族にざまぁ見ろって言いたいわね」


「凄い。自分の武器にしたんだ」


「ウフフ。ありがとう。貴方は冒険者よね?何で冒険者をするの?見た目も中々だし、いくらでも働く場所はあると思うけど...」


 持っていたティーカップを置き、ゆっくりと口を開く。


「カナミヤ事件って知ってる?」


「九年前に起こった下民がオオカミ型の魔物に襲われた事件よね?」


「そう。私はそれの生き残り」


「え?まさかカナミヤ事件の?」


「そう」


「それ本当なの?当時の新聞にはスラム一つ分の人が皆殺しにされたって書いてあったけど...」


「本当。あの事件の原因は公爵の爵位を持った奴が秘密裏に飼っていた魔物をわざと逃したから。しかも、助けを求めたのがスラムの人で金を持っていないって理由で見て見ぬふりをされた」


「嘘でしょ。そんな事許されるの?」


「現に許されてる。だから、大ごとにもなってない。それに、元々捨て子だった私は人から物を盗んだり、金持ちの墓荒らしをして生活していたから当然の報いだと思った」


 クッキーを口に運びそれを噛み砕きながら続きを喋る。


「でも、それと同じぐらい生きたいと思った。周りから断末魔が消えて次は私の番かと思った時、ある人達が助けに来てくれた」


「ある人?」


「異世界から来た人だと思う。まだ他の国と戦争をしていた時に来ていた人達の中で見たことある。黒いローブを被ってて顔はよく覚えてないけど、同じぐらいの背丈だった。その人が見たことない魔法を使ってスラム中の魔物を殲滅してくれた」


「10歳ぐらいの子で魔物を殲滅したなんてとんでもない強さね」


「しかも、それだけじゃ無くて魔物を面白半分で逃した犯人をとっ捕まえて私が平民区で暮らせる様にした。沢山お金を集めて爵位の高い貴族になって復讐したい気持ちより単純にその人に憧れた。だから冒険者になった」


「素敵な話じゃない。そう言うの好きよ」


「だけど、冒険者になる時欠陥が分かった」


 そう言うと、ポケットの中から一枚のギルドカードを取り出す。


「何このギルドカード?魔法欄が何も書いてない?」


 冒険者には、身分証明としてギルドカードが発行される。現在の身分と名前。普通であれば使える魔法の種類などが表されているのだが赤い文字で使用不可と書かれていた。


「カナミヤ事件の魔物は番犬として飼われていたから、牙や爪に相手の魔法を封印する術式が付与されていた。攻撃を受けた時、身体中にそれが広がって属性魔法を使えなくなった」


「そんな身体で冒険者をしてたの!?いつか死ぬわよ」


 このエルタネ公国で生まれ育った人は遺伝的に例外を除くと光の魔力を身体に宿している。


 直接的な攻撃を与えることは難しいが索敵や撹乱に重宝されており、圧倒的に力が及ばない魔物であったとしても工夫次第では倒すことができる。


この国が誇る軍事力はその魔力があってこその物だと言っても過言ではない。


「憧れのせいか、憎しみのせいかは分からない。不思議と冒険者から離れられなかった」


 静かに語る様子を見て、何を言っても無駄だと言う事が理解できた。


「じゃあ、どうして自分の装備を売るマネを?」


「今日まで偶々拾われた貴族のパーティに入っていた。でも、これからはレイド主流になるから戦力外だって外された。盗みで覚えた技術はいくら馬鹿にされてもいい。だけど、必死に追いつきたくて磨いた強さを否定されたくなかったのに...!それを言えなかった自分が恥ずかしい!」


 今まで堪えていた涙がぼろぼろと落ちる。


 こんなとき何で声を掛ければ良いのかわからない。自分のためでは無く、名前もわからない他の人の為に涙を流しているのだ。


「しっかりしなさい!」


「貴方は一回否定されたぐらいで憧れの人の様になるのを諦めるの?貴方は貴族のパーティに入る為に冒険者になったのかしら?」


「違う!私は、あの人みたいに誰かを救いたいと思って!」


「なら、そうしなさい!道はどうであれ、その人みたいに強くならなきゃダメよ?」


「うん...」


 相変わらず涙は止まらないが一際強く頷いた。


「それと、気になったんだけど何で職業がアサシンなの?属性魔法が使えないなら、アーチャとかの方が安全だと思うんだけど?あれも、特殊技能だけで冒険者になれるって聞いたし...」


「えっと、理由は二つ。今から見せる」


 そう言い終わるや否や姿が消える。


「え?嘘?どこに行ったの!?」


 ずっと見ていたはずの姿が消えた。幻と話していたのかと疑心暗鬼に駆られるが、湯気が出ているティーカップの中身は減り、齧りかけのクッキーもお皿に乗っていた。


 チクタクチクタク時計の秒針が進む中で、店の中を見回す。すると、サクサククッキーを食べる音が聞こえできた。


「キャーーーー!?」


 さっき見た時は居なかったのに、クッキーを食べている美女がそこに居た。


「やっぱりびっくりした?」


「そりゃあ、急に消えて現れたら吃驚よ!」


「私はずっとここに居た。無属性の基本魔法の気配遮断でを使っただけ」


「嘘!気配が無くなるどころか、存在自体が無かったけど!?」


「基本魔法は得意で、魔力を隠して気配を絶つってよりは周りの風景に溶け込む事ができる...」


「最強じゃないの!? 『遮断』どころか、最早隠蔽よ!」


「思いっきり欠陥があって、味方にも見えなくなるので魔法が打てなく....」


「そんな些細な問題でしょ!?もっと自信持ちなさい」


「は..はい」


凄い剣幕に押され、肯定する。


「で、もう一つは何なの?もっと凄そうな予感がするんだけど」


「こっちは呪いに近い」


ポケットの中から薬包紙を取り出しサラサラと口 の中に黄色い粉を入れる。


「ウッ!」


「ちょっと!貴方!何したの!?まさか服毒自殺!?」


胸を押さえて苦しそうに悶えだす。両手で自分の胸を抉るように引っ掻き、そのまま穴が空きそうな勢いだ。

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