第2話 これから

第二話 これから


「ワインの支払いをしたいんだけど?」



「一口も飲まれて居ませんし、店からのサービスって事にしときます。災難でしたね...」



 出口付近のカウンターで支払いを済ませようとした所で顔馴染みの若いウェイターに同情されてしまう。普通ならば気恥ずかしく感じるのだが、お金を払わなくて良いという事実によってその気持ちは綺麗に打ち消されることになった。



 髪を自分好みに染めたいけすかない貴族を相手する様な店だがウェイターやウェイトレスはみんな黒髪で清潔感があり礼儀正しいので嫌いにはなれない。



「そう....ここにくるのも最後かもしれないからコレ娘さんに渡してあげて」



 外套の内側から木彫りのドレスを着た木造りでできた人形を渡す。



「7歳って聞いたけど、もうこういうのじゃ遊ばない? そしたら枕元にでも飾っておいて」



「ありがとうございます。きっと喜びますよ。それと、素材加工の時に出た物はいつもと同じ手順で処理しておきました」



「何から何までありがとう。さよなら」



 僅かに表情を緩めお店を後にする。



「また会いますよ...きっとね...」



 そんな言葉をかけられたような気がしなくもないのだが、気にも留めなかった。今はただ、この店を離れたい。後ろから聞こえて来る馬鹿騒ぎをしている男二人の声を耳から少しでも早く遠ざけたい。



「やっぱり、あの子は生粋の冒険者だな」



 お金の代わりにせめてもの代金として受け渡された木彫りの人形を眺めながらそう呟く。ナイフ一本で削られた味のある彫刻は僅かにハッカの匂いがする。



「チーフ!大変です」



「どうかした?そんなに青ざめて?」



 カウンターで対応したウェイターより少し若い10代特有の青臭さが抜けきらない一目で新人と分かるウェイターが騒がしい足取りでやってきた。口をパクパクと魚の様に悶えさせ、見ただけでも尋常じゃない何かが起こったのだと容易に想像できる。



「それが、散々高い酒を飲んで料理も食べまくったゲルド伯爵のパーティがお金がないとか言い出して...』



『「だそれ?今回の探索が大成功だったんだろうから報奨金をがっぽり貰ってるだろ?」



「とにかく我々だけの手には負えません。来て下さい!」



「分かった。今行く」



 爽やかな後味の余韻に浸る事もなく、木彫り人形をカウンターにしまい足早に向かう。あれだけ高級な酒に食事を頼んでおいてお金を持っていなかったと言われた日には店の経営が危ない。


「さてと、6000万エールは流石に重いわね」



 外套の内側にはパンパンに詰まり、今にも破裂しそうな皮袋をぶら下げているのだが、重すぎて歩くのにフラフラしてしまう。



「この重さはまずい。どうにかしなきゃ」



 夕暮れ時の街へと歩きだす。斜向かいの防具屋にフラフラと入り、店内を見回す。



 煉瓦造りで重戦士用の鎧からブーツまでマネキンに着せているのだが、どれも独特な作りをしていて悪趣味さが漂って居た。



 中央の商品棚には片手で扱える盾から小刀まで綺麗に取り揃えられているが、質はかなりの物であるのだが商品数が少ない。そのせいなのか、時間が悪いのかは分からないが、客は誰1人として居ない。



「すみません!誰か居る?店員さんなら男でも女でもいいんだけど!?」



 カウンターに向かって馬鹿でかい声で叫ぶ。



「あら?男でも女でもいいなんてナンセンス!自分にとって最高の服を選ばなきゃダメよ!」



 奥から聞こえる艶やかな声。長身の1人の店員が腰をクネクネさせながらやってくる。どうも、その店員さんは1人なのに、まるで両方の属性を持っているように感じる。



 というか、体の骨格は完全に男と言うより漢でいるのに黒いダンスズボンに青い半袖のシャツ。腕は大木のように太い。大きく開け広げられたシャツから見える胸毛からも男らしさが伝わってくる。



 しかし、口に咥えた薔薇に厚塗りの化粧、でいやたらサラサラな黒髪ロングヘアでいるものだから、返答に困る。



「あら嫌だ?初めてのお客さん?」



「初めての客ではあった...もう初めての客ではないかも」



 受けた衝撃を吸収することなくその衝撃で全身打たれたのかと言う速度踵を返して入ってきた扉へと向かおうとする。



 ドアノブに手を引っ掛けたその瞬間。猛烈な勢いで肩を掴まれ、扉が遠のいていく。



 それだけではなく、用意された椅子に座らされ店のカウンターにはオレンジ色のハーブティーとこんがりと焼かれたクッキーが置かれて居た。



「私の格好については気にしないで。これが一番似合う格好だから!別に女として生きたいとかじゃないし、恋愛対象は女よ!今のとこは!」



「は、はぁ!」



 迫力に圧倒されながらカウンターまで背もたれを押されながら猛烈な勢いで進んで行き、息を吐く前にマスターが目の前に現れた。



 ニコニコとしている表情を向けられ、反射的にクッキーを一口齧ってしまった。もう逃げられない!!



 変哲のないバタークッキー。そう思って居たが、口の中いっぱいに芳醇な香りが広がる。絶妙な焼き加減で焼かれたそれは歯に触れるとほろりと崩れてしまうほど儚い。しかし、これまで食べたことのあるクッキーの中では一番味が濃いのだ。



「美味しい...」



「でしょう!バターから手作りしてみたの!」



「これ手作りなの?」



「そうよ!このお店にある物は全て手作り!」



「ヘェ~!凄い...」



 改めて店の中を見渡す。ハンドメイドと聞いて、悪趣味な装備品にも愛着が沸くのではないかと辺りを見回すが、愛着など微塵も湧かなかった。



「ウフフ。ありがとう!それで、お嬢さんは何をお探し?」



「えっと、オーダーメイドのブーツを一つ作って欲しくて。サイズは今履いてる革靴を下取りに出しますのでそれに合わせて下さい」



「お安い御用だけど、これかなりの上物だけどいいの?」



 愛でて楽しむ為に作られた人形が履く様な黒い革靴を受け取ると目を丸くする。まるで、家宝にでもしたらいいのでは無いかと卑下する様に聞こえてならない。



「いい。今日子爵のパーティを追放された....爵位を持たない平民の私が身の丈以上の物を持ってるなんておかしい....後今着てる服も下取りに出す....」



「そう。ブーツには希望とかある?」



「少し甲高でゆとりがある様に作って。底は薄く」



「分かったわ。奥に更衣室があるから着替えてらっしゃい」



「お借りします」



 奥には三つの扉があり、一番右側が女性更衣室になって居た。



 更衣室の扉を開けると中がさらに細かく分かれており、その中の一つに入ってカーテンを閉める。



「この服ももう納めどき。冒険の服も要らないな」



 外套を脱ぎ胸ポケットの中から、ビー玉の様な白い玉を取り出す。



「change」



 玉が白く濁る。来ていた服が消えると同時にダンジョンで索敵を行う服に成り代わる。



 黒くて薄い灰色のローブに中にはダボっとした灰色のズボン上半身は肩の部分が抉れる程肌が見える灰色のノースリーブで臍が大きく露出した通気性の良いインナー。それがダンジョンに潜る時に強要されたいつものスタイルだ。



「もう、このローブ見たくない」



 黒を希望したのに不吉という事で全身灰色に統一されたシンデレラを連想させる様な服など見たくない。



 ゆっくりと脱捨てると、健康的な白い肌が見えてきた。



 鏡には、どこにでもいる様な街の娘が映り込み、その頬はやつれている様にも見えた。



 くやしくもないのに一筋の涙がこぼれ落ちる。今まで我慢していた感情が、目から溢れ出て簡単に止まらない。それどころか、止めようとするとした分だけ溢れてきてしまう。  

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