第34話 稜真と焼肉


“ジューーー”


このいくらでもお米が欲しくなるような匂いが部屋中に蔓延しながら、程よくサシの入った赤身の美味しそうな肉を、熱々の網の上に乗せる。


「いやー、それにしても悔しかったなー」


焼肉ではなく、どこか高級レストランが似合う顔をした稜真がそう言う。テストが終わり少しして色々と落ち着いた頃、ふたりは約束の焼肉を食べに来ていた。


「は?何言ってんだよ、念願の首席取れたじゃないか」


首席のくせに何の不満があるというのだ。一番になれたんだから、満足してもらわないとこっちが困るといったような感じだ。


「僕はね、別に首席になりたかったわけじゃないんだよ」


半分焼けた肉を裏返しながら稜真はそう言う。


「じゃあ何になりたかったんだよ」


「僕はただ一ノ瀬さんに勝ちたかったんだよ。一位タイではなくてね」


稜真はずっと麗華を越えるためこの定期考査に一年生の頃から日々力を注いでいる。そして、個人的にはようやく越えれたのではないかと期待していたのだが、結果は麗華と全く同じ点数の950点で一位タイという結果だった。「正直なところ、今回はいつもよりも上手くいったと思ってたから、同率だったのは本当に悔しい」と稜真は言う。


「なるほどな、まあ確かに誰か越えたい存在がいて、毎日頑張ってついに追い越せるかも。って思ったけど、あと一歩足りなかったのは、なってみないと分からないけど、確かに悔しいかもな」


「うん。ほんと、一ノ瀬さんには敵わないなぁ」


「れいかは可愛いし料理もできるし勉強もできるからな」


「なんで湊斗が一ノ瀬さんのことを得意気に話すんだよ笑」


「そんなことはどうでもいいから今日はお疲れ様会だろ?せっかくだから乾杯しようよ」


「うんそうだね、お疲れ様」


「ああ、お疲れ様」


“カンッ”


透明のグラスに赤紫色の液体を注いで乾杯する。湊斗と稜真は未成年なのでもちろんワインなどではない。しかしここに女の子がいたら稜真の顔に酔いしれるかもしれないが。


「もうそろそろ焼けたんじゃないか?」


そうこうしているうちに、どうやら焼けたようで箸で肉をつまむと、輝きながらしたたる雫が火の海に落ちる。


「いただきます」


湊斗はいつでも感謝を忘れないようにしている。なぜならこの一口に命が宿っているからだ。普段みんなは当たり前のように食べ物を頂くが、それは食材に感謝してもしきれないと思う。だからせめて美味しく頂くのが礼儀というものだろう。


「あ、すごく美味しいね」


「うん、少し良い所にしてよかったな」


高校生にしては少しお高い焼肉屋にふたりは足を運んだが、どうやらそれは正解だったようだ。


「でもまあ、こんな機会なかなかないしね。いつもお互い頑張ってるから少しくらい贅沢したってバチは当たらないさ」


「まあ今日は俺の奢りなんだけどな笑」


「それは勝者の特権だよ。今日は有難く贅沢させてもらうよ笑」


「ああ。首席様はそこに座っていてくださいよ。お肉はこちらで焼かせていただきますから」


「ふふっ、くるしゅうないぞ?」


「って、」


「「あははっ、」」


「そんなのいいから一緒に食べるぞ。稜真」


「うん、少しふざけ過ぎた笑」


“ジューーー”


湊斗はハラミが好きなのでカルビよりも多く注文しながら、ひと粒ひと粒が輝く白米と美味しいお肉を口に運ぶ。


「そう言えば湊斗は一ノ瀬さんとは付き合ってるの?」


向かい側に座る稜真がそんなことを聞いてきた。


「あー、確かにどうなんだろう。付き合って下さい。みたいな告白はしたことないかもな」


「え、それじゃあふたりは付き合ってないの?」


「うーん、恋人といえば恋人だし夫婦といえば夫婦なんだよな笑」


麗華を彼女というには告白はしてないし、かといってふたりの距離は夫婦そのものだった。


「なんだよそれ笑 まあふたりが仲が良いのはよく分かったよ」


「そう言う稜真はどうなんだよ、好きな人とかいるのか?」


征華学園のアイドルと謳われるほどの男だが、なぜか一色 稜真に彼女がいるとは聞いた事がない。


「うーん、好きな人かぁ...」


「稜真ならどんな女の子でも正直選び放題だろ」


言い方はあまりよくないが、稜真のスペックならどんな女性でもお近づきになりたいたものだろう。なので稜真がその気になれば彼女の一人や二人できるのではないかと思った。


「人聞き悪いなぁ笑 でも僕のタイプを敢えて言うなら僕に興味が無い人かな」


「なんだかそれって、稜真だから言えるセリフだよな。ちなみに今は好きな人はいるのか?」


「好きな人っていうわけじゃあないんだけど少し興味がある子なら...」


こんなことが征華学園の誰かに知られてしまったら大事だが、ここは湊斗と稜真しか居ないのでふたりだけの秘密だ。


「ちなみにどんな女の子なんだ?」


ここまで来たら少し知りたくなった。


「うーん、一言で言うと“優しい子”かな」


「優しい子か、ちなみにその女の子のクラスはどこなんだ?」


二年一組しか分からないが、他のクラスなら今度 学校に行ったときに探してみるのも楽しいかもしれない。


「言うか迷ったんだけど、ここだけの話だから言うけど、その子は湊斗と同じ教室にいるよ」


「まじかよ笑」


二年一組なら湊斗でも絞れてくる。まず稜真にあまり興味を示さない人という条件の時点でかなり絞られてくるし、稜真が思う優しいという基準にもよるが、クラスの中で湊斗が思う優しい子は片手で数えらるくらいしかいないので、もう誰だか分かったも同然だった。


「ちなみに今、三人思い浮かんだんだが、れいかではないよな?」


これで麗華などと言われたら流石に湊斗も心の準備ができていないので念の為聞いてみる。


「それはもちろん笑 一ノ瀬さんは皆は気づいてないだろうけどとっても良い人だけど、僕にとってはライバルのような存在だよ」


ライバルだからこそ本当の麗華が分かったのだろう。それを聞いて湊斗は無いとは分かりつつも少し安心した。


「そうか。それなら遠慮なく聞ける」


「うん。もしもその三人の中にその子がいたら正直に答えるよ」


「言ったな?嘘はなしだからな」


そう言って湊斗はその三人の名前を言う。


「一人目は 西島 凛 さん。西島さんはクラスの中でもカースト上位の女の子だし、基本誰にでも優しく話しかけているからね。それに顔も整ってるから稜真の隣を歩いててもそんなに違和感ないかな」


まずは一人目を聞いてみる。


「うーん、西島さんはね。優しい子だと思うんだけど僕はもう少し大人しい子がいいかな」


「え、違うのかよ。もしかして稜真は顔より内面の方が大切?」


「いや、もちろんある程度は可愛い子を魅力的には思うんだけど、最終的には性格だったりするよね」


もちろん湊斗も稜真の意見に賛成だが、それは普通の男子高校生には、なかなかいないのではないかと思っていた。


「うん、それは俺も同意するよ。ずっと一緒にいると容姿より中身に魅力を感じるよな」


それじゃあ。と言って湊斗はそれを踏まえて二人目の名前を言う。


「二人目は 水瀬 沙也加さん。水瀬さんは普段は机で読書をしていてあまり目立たない子だけど、以前図書館に行ったときに他の図書委員の仕事を手伝ってあげてたり、この前一瞬帰り道で見たんだけど、捨て猫を動物病院に連れて行ってあげてたから、彼女は本当に優しい子だろうね」


これならどうだ。と有力候補の子を聞いてみる。


「あ、ごめん。その子は知らない」


「そうか、稜真の耳に届くくらいの知名度で優しくて大人しい子じゃないといけないのか」


「そうだね笑 それに僕は他のクラスの子はあんまり知らないしね」


最後の一人は征華学園でもかなり有名な人だが、果たしてその子をラストチャンスにかけてもいいのかと少し悩んだ。


(でも、正直その子しかいないよな...)


それ以外に候補が思い浮かばなかったので、湊斗はダメ押しでその女の子の名前を口にする。


「まあ、最後は皆知ってる学園の天使なんだけど天宮 心白さんだね。天宮さんの説明はもう要らないでしょ笑 天使って言われてるくらいだし」


征華学園の生徒なら一度は聞いた事のある名前なので説明するまでもないのだが、性格は良いし優しくて話しやすい人柄の持ち主なので男子の中でもかなり人気な女の子である。


「天宮さんね。うん、正解だよ」


「えっ!?.....」


「そんなに驚くことかな笑 僕だって皆と同じように彼女は素敵な人だと思ってるよ」


「あ、そうなんだ。いや、ごめんごめん。ダメ元で聞いたもんだったからさ、少しびっくりした。でも天宮さんかー、うん。彼女は凄い良い人だからね、稜真ともお似合いだと思うよ」


そう素直な感想を伝える。


「ありがとう。天宮さんとも少し話してみたいけど学校だと色んな人の目があるからね」


「それならどこかカフェにでも行ってみるのもいいと思う」


「そうだね、天宮さんがよければ今週末にでも誘ってみようかな」


「うん、きっと天宮さんも来てくれるよ」


「そうだといいな笑」


こんな他の人には聞かせれないような話をしながら、ふたりのお腹がいっぱいになったところで、お互い帰路についたのであった--

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