第33話 そんな弱い君でも私は好き
“ガチャッ”
「ただいま...」ボソッ
湊斗は日が暮れてから帰宅した。なぜなら正直麗華に合わせる顔がなかったからだ。色々迷ったけれど、いつの間にか辺りは暗くなっていることに気がついて足取り重く帰ってきたのだ。
「みなとくん、おかえりなさい」
湊斗の心が明らかに沈んでいることは目で見ても一目瞭然だったが、そこで麗華は
「うん、ちょっとお風呂入ってくる。あ、そういえば一位おめでとう...」
“バタンッ”
「みなとくん...」
そっとしておくの側も実はすごい大変だったりするので、特に麗華は湊斗のことはいつも想っているので心境としてはものすごく複雑だった。なぜなら湊斗はいつも麗華の前で、普段あんな顔はしないから。
※※※
(あぁ、帰ったらいつも通りになるって玄関の前で決めてたのにな...)
麗華の前では弱いところを見せず、いつもは安心感のある頼りがいのあるような雰囲気の湊斗だが、少し
「れいかに素っ気ない言動もとっちゃったし...あれ、前まであの毎日が地獄のような施設に居た頃の俺を思い出せよ...こんなぬるま湯に浸かってないでってさ...」
(あぁ、俺って実は弱い人間なのかな?)
湊斗は運動もそれなりにできるし、頭もよくて顔もそれなりに整っている。こんな完璧な人間が他の人よりも苦労をしていないとでも世の中の人達は思っているのだろうか。確かに他者と比べると
凄い人たちは世の中にたくさんいるが、そんな他の人と同じようなサイクルで生活をしているのだ。他より秀でているからといって苦労をしてないわけがない。むしろその秀でたものを、さらに伸ばそうと死にもの狂いで努力している人たちもいるのだ。
そしてそんな完璧な人間ですら失敗はする。
「れいかにどんな顔すればいいんだろ...」
湊斗はお風呂でぽつりとそう呟いた--
“ガチャッ”
お風呂から上がった湊斗はリビングの扉を開ける。顔はあんまり見られたくなかったのでタオルを被せていた。しかし、そんな様子の湊斗を見た麗華がほっとくわけがなかった。見ると、麗華はソファに座り、ポンポンと優しく隣に誘っていた。
「みなとくん、おいで」
優しい声色で呼ばれるので、湊斗の意志とは関係なしにいつの間にか身体が麗華の元へと向かっていた。
「.....」
「みなとくん、疲れてる?」
「い、いや、まだまだこれから.....」
「みなとくん、無理してない?」
「そ、そんな、無理なんてするわけ...」
「でも今のみなとくんなんだか辛そうだよ?」
「いや、たかがテストで負けたくらいでそんなに落ち込むわけないじゃん...笑」
「でも、もし。それが積み重なった辛さだったら?」
「積み重なった辛さ?あはは、今までそんなに頑張った覚えなんてないんだけどな...」
「私がみなとくんの事で唯一知らないことがあるの」
「知らないこと?俺のことは誰よりも知ってるよ。れいかは」
幼い頃は一緒に毎日遊び、今ではこうして一緒に住むまでになった。そんな関係のふたりが知らないことなど探す方が難しいだろう。
「もう抱え込まなくていいんだよ?」
しかし、麗華はどうやら本当に知らないことがあるようだ。
「.....」
(言ってもいいんだろうか、普通の女の子にこのことを打ち明けてもいいのだろうか)
そう湊斗は頭を悩ませた。なぜなら普通の人が聞くとにわかに信じ難い話だし、恐らく聴いていて耐えられないからだ。
(いや、やっぱりれいかにはそんな事は知らなくていいことだ)
そう思い、湊斗は申し訳なかったが口を閉じた。それを察したのか、麗華は湊斗の考えを尊重するように身体を抱き寄せた。
「えっ、ちょっ、れいか?」
「みなとくんに昔何があったか私は知らないけどさ、それが今に積み重なってることはよく分かるよ」
麗華の温もりを感じていると、自然と心が安らいでいくのが分かった。
「ごめんね、あんまり心配かけたくなかったんだけど.....」
「いいんだよ。私にならいくらでも心配かけてもいいし、今みたいに
「私がみなとくんを支えるから」と最後に言って、小さくて。か弱くて。それでも誰かを支えられる立派な手で湊斗の頭をそっと優しく撫でる。
「れいか、甘やかしすぎだよ」
「いいの、私がこうしたいの」
(れいかはどこまでも優しいね)
麗華はあくまで自分がそうしたい。と言うことで、湊斗が遠慮なく甘えれるように自然と心の手を引いていた。だから思わず湊斗の口から想いが溢れてしまった。
「れいか、俺がこんな弱い人間だって幻滅した?」
「そんなわけないよ。みなとくんが凄いのは私知ってるし」
「そう、それなら--」
「良かった」と言いかけたが、途中で麗華が言葉を紡ぐ。
「それに、そんな弱い君でも私は好き。」
そんな全てを受け入れてしまうような言葉を耳元で言われると、心に込み上げてくるものがある。そして、それを湊斗はどうにかして伝えたくて言葉に表す。しかしこうも思う。好きという感情を表すにはこの世界の言葉では表しきれない。だからそういう行為があるのだろう。つまり、それは非常に尊いものなのだ。
「れいか、この世界で他の誰よりも愛してる」
「私もだよ。みなとくん」
そしてふたりは自然と見つめ合いながら互いの唇をゆっくりと重ねた。
「んっ、」
「っ、」
それは今までで一番深くて、
世界中のどんな果実よりも甘いキスだった--
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