第?話 白妙の世界


「これで、三度目か。」


稜真と別れた日の夜、あれからお風呂に入りそのままいつものように自室で寝ていたのだが、気がつけばこれで見るのは三度目となる真っ白な空間で目を覚ました。


「本当にここには嫌な思い出しかないんだが...」


一度目は麗華の実家でのことだった。気がつくと、辺り一面真っ白でどこを見渡しても白い景色が果てしなく続いていた。よく分からないまま歩いていると、不思議な天に続く白い階段を見つけた。しかし、そこで突然白い球体に襲われてしまい、湊斗は目を覚ました。


二度目は麗華の実家から帰ってきたときに、疲れていたせいか珍しく昼間に睡魔が湊斗を襲った。そのときは一度目とは違って何かしらすぐには見つからず、方向感覚が狂いつつもただひたすら歩き続け、やっとのことで見つけた木造建築の小屋はかなりガタがきており、湊斗が扉を開けると少しして、ものすごい音を立てながら崩れ落ちたところで湊斗は目を覚ました。


そして三度目となるのが現在である。


“スタスタ”


「今までみたいに何も無いんだろ、どうせ」


自分でも何故か少し慣れたように思えたが、今までが散々な感じだったのでもうこれ以上何かが起こったとしても、なんでもいいような気さえしてきた。


「うん、前と同じような流れだな。いつ見てもここには本当に何もないよな」


しばらく歩いてみてもやはり白い霧の先には何もなかった。


「それにしてもここから出る方法はないのかな」


一度目も二度目も散々な目にあってから目が覚めるので、それよりも前にこの空間から脱出したかった。そんなことをボソボソと呟いていると、突如としてどこからか女の子の声が聞こえてきた。


「???: ここから出る方法?」


「っ、!?!?」


「???: そんなに驚かなくてもいいじゃん笑」


(な、なんだ?何が起こっている、この声はいったいどこから...)


「???: えへへ、何が起こってるのかって?それはまあ、君頭いいんだし考えてよ」


どうやら湊斗の心の声すら彼女には筒抜けらしい。


「ふぅ、」


(ひとまず落ち着けよ俺。この空間では毎回予想外のことが起こるんだ。今更こんなことで驚いてどうする)


「???: へえー、流石だね。客観的に自分を見つめ直して冷静さを取り戻すなんて」


「そんなことはどうでもいい。ひとまずお前は誰だ」


「???: そんな言い方しなくてもいいじゃんか。寂しいなー、寂しいなー」


「はぁ、分かったよ。荒っぽい言い方をして悪かったよ。それで、君は誰なの?」


「???: 私はねー、君のよく知ってる存在とでも言っておこうかな」


「俺のよく知っている?あいにく記憶にはないんだけど分かった。それじゃあここはどこなのかな?」


「???: そんなに焦らないでよ。ゆっくりお話しようよ。そうだなー、ここは “白妙しろたえの世界” と呼ばれるところだね」


「白妙の世界?つまりここは現実世界でもなければ夢の世界でもないということか」


「???: そうだね。ここは運命と運命の狭間の空間だから」


聞いているとよく分からないことを言っているが、謎だらけのこの空間でひとつひとつ理解しようとしていたらキリが無いので部分部分で鵜呑うのみにする。


「それじゃあ、ここから現実世界に帰るにはどうすればいいのかな?」


ひとまずここから戻ることができればなんでもよかった。戻ってから色々と白妙の世界について攻略法や謎を突き詰めていけばいいと考えたからだ。


「???: あー。それはね、ここで “死ぬ” しかないね」


「は.....?」


「???: あははっ、そんな顔しなくてもいいじゃん。だって既に君はここで死んでるんだからさ」


「俺が二回、死んでいた.....?」


思い返せば、天から降ってきた白い球体はものすごい勢いで迫ってきていたのを。それに、古びた小屋が崩壊した時も目の前から大きな木の柱が頭めがけて倒れてきたのも


「???: それに、元の世界に戻って何かしようとしてるみたいだけど、それは無理だよ?」


「どういうことだ?」


「???: だって、現実世界に戻っちゃったらここでの一切の記憶は消えるんだもん」


「なっ、」


そこで湊斗は気がついた。なぜこんなにも散々な目にあっておきながら目を覚ませば特に何も感じなかったのか。なぜここに来れば以前までの記憶が自然と存在するのか。その当たり前に潜んでいる謎を今ようやく認識した。


「???: それじゃあ、この世界のルールというか条件というかを君に説明するね?」


そう彼女は言ってこの世界の理を話し始めた。


白妙しろたえの世界』【条件、ルール】

・起きたらその時の記憶は無くなる

・白妙の世界に戻ると失われた記憶がよみがえ

・現実世界に戻る方法はこの世界で死ぬこと

・この世界では現実世界の五感が適用される

・この世界は運命と運命との狭間である


まとめるとこのような感じだった。


「案の定全く理解できないことだらけだな、そしてここでは何もできないことが分かったよ。いや、ここで唯一許されていることといえば死ぬ。という残酷な道に進むということだけか」


死んだら戻れるが、ここでの記憶は一切無くなるし、人は誰しも死を拒むのだ。だから辛いことがあっても世の中の人々は毎日こうして生きているのだから。


「???: 死ぬ以外にもここから脱出できる方法はあるよ?」


湊斗の独り言を聞いて彼女は答える。


「それならそうと早く言ってくれよ。ちなみにその方法は何なんだ?」


(死と同等かそれ以上のものを要求されたとしても、聞いてみる価値はあるだろう)


死ぬ以外にもこの状況を打破できる方法があるのなら、是非聞きたいと思った。


「???: ふふっ、そんな物騒なことを私は要求しないよ」


「できればそうしてもらいたいんだが、俺はどうすればいいんだ?」


「???: えーっとね、ひとまず私が君のところに行くから少し待ってて」


「ん?来るってここに?」


するとものの数秒で湊斗の目の前にその声の主は現れた。


「???: ふぅ、お待たせ」


「まじで来ちゃったよ...」


目の前に現れたのは、全身が真っ白で顔はよく見えない。天使と言われてみれば天使なのかもしれないが、いずれにしろこの世のものではなかった。


「それで、俺はどうすればいいんだ?」


「???: それはね--」


『私とキスをすること』


湊斗はそう言われた。


「ごめん、それは流石に無理だ。どうせ知ってるんだろ?俺には れいかがいるんだ。他の人とはそういうことはできない」


当たり前だ。麗華以外の女性とキスなどをするのは、湊斗の麗華への愛が断じて許さないことだった。


「???: いいの?それだと死ぬ以外には方法はないけど」


「ああ、麗華のためなら死んでやるよ。どうせここで死んだとしても、現実で目が覚めるんだから問題ない」


死ぬこと自体には正直かなり怖いが、現実で麗華に会うためならここで死ぬくらい易いもんだ。しかし、それを聞いてそいつの顔は見えないが“不敵な笑み”を浮かべたのが分かった。


「???: でも今回もそうとは限らないんじゃないの?」


「どういうことだ」


「???: いや、だからね?今までが無事に現実に戻れてただけで今回も無事に戻れるとは限らないって話」


少し声の温度とトーンを下げて彼女はそう言うので、湊斗は少し息を呑んだ。


(つまり安易に死ぬと、そのまま現実でも命を落とすということか...)


こうなってくると、いくら最愛の麗華のためとはいえ、命を落としてしまうとそもそも麗華に二度と会えなくなってしまうので選択は自然と限定されていた。


「???: 君なら賢い選択ができるよね」


そう追い討ちをかけるように湊斗に聞き返すが、当の本人である湊斗は嘲笑あざわらうような顔をして、


「ああ、もちろん」


そう一言返し、自分の舌を思いっっきり噛みちぎった。


「っくはっ、--」


“ポタッ、ポタッ、”


「???: あぁ、君は本当に哀れだね」


その冷徹な一言だけが真っ赤に染る血溜まりに響いた。


※※※


“ピピピッ、ピピピッ、--”


「ん...朝か、」


(なんか壮絶な夢を見ていた気がするんだが、なんだったんだろう...)


湊斗はアラームで目を覚まし、布団から起き上がり部屋を出て一階に降りる。


「おはようございます、湊斗。昨日はよく眠れましたか」


「ああ、おはよう。は今日も早いね」


今日も今日とていつも通りの朝を迎える。太陽は昇り、小鳥はさえずる。風は吹き、木の葉が揺れる。この日もどこかで誰かが愛を叫び、恋人ができる。そんな当たり前の日常が今日も飛び交う。


言っただろ?


ここから先は恋の女神のみぞ知る。と、

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