第30話 天宮 心白


「一条くん、これってどこにあるか分かる?」


「ごめんね天宮さん、今 英単語覚えてるから後でもいいかな?」


「あっ、ごめんね一条くん。忙しかったよね、大丈夫。他の人に聞いてくるよ」


“タッタッタッ”


そう言ってごめんね。と謝り、足早に去っていく心白に対して湊斗は少々良心が痛んだが、こればかりは仕方なかった。なにせ勝負の中間考査は間近に迫っているからだ。


(うーん、天宮さんには少し申し訳ないんだけど今はこの一分一秒が惜しいんだよな...)


と、そこで隣の麗華から周りの目を気にしながらヒソヒソと喋り掛けてきたので耳を傾ける。


「ちょっとみなとくん、天宮さんに対して冷たくない?」


「え?うん、まぁそうかもしれないけど、今は勉強で忙しいし...」


「それにしても普段からみなとくん私以外の人と話す時ってなんだか見てて素っ気ないっていうかなんというか」


そんなことを言われましても。といった感じなのだが、確かに湊斗は麗華に対してデレデレなので、他の人には少々素っ気ない対応をしてしまうこともあるのだが--


「でもちゃんと後でもいいかな?って聞いたんだけどな、」


「そういう事じゃないんだよ、一度頼んで断られたらまた頼むのも気が引けるでしょ?特に天宮さんはそういうの気にしちゃう方だと思うし」


優しくフォローしたつもりだったが、どうやらそういうわけではないようだ。どうやら女心というものは数学を解くよりも難しいようだ。

そう思う湊斗だったが、せっかく聞いてくれた天宮さんには確かに申し訳ない事をした。というのも分かっているので、どうしようかと考えていると麗華がこんな提案をしてきた。


「今日のお昼は天宮さんと食べればいいよ。家でも学校でもいつも私と食べてるから、たまには他の人と食べるのもいいと思うんだー」


そういう麗華だったが、湊斗はいつでも麗華とふたりで食べたいのでその提案にはあまり乗り気になれなかった。


「うーん、そうだなぁ...」


「私はもっとみなとくんの交友関係が広がって色んな人と仲良くなって欲しいし」


正直湊斗は麗華さえ居てくれれば他はなんでもいいのだが、恐らく麗華が言いたいのは“私のような孤立した存在”になって欲しくないという思いもあるのだろうとこの提案から汲み取った湊斗は、これ以上は何も言わずに頭を縦に振る。


「わかったよ。お昼は天宮さんを誘ってみるよ」


「うん。でもひとつ注意して欲しいのは、誘うからにはみなとくんが落ち込んでたりしたら勿論ダメだよ?みなとくんも嫌々誘われても良い気持ちにはならないでしょ?」


いくら麗華といっしょにお昼を食べれないからといって、それを心白との空間に持ち込むのは人として良くない。つまりはそういう事だ。


「それは分かってるよ。そんなことしたら、それこそ天宮さんに悪いしね」


こうして今日のお昼は心白といっしょに食べることとなった湊斗であった--


※※※


“キーンコーンカーンコーン...”


青春の鐘と言ってもいいのだろうか。その何回聞いたかも分からないし、脳に焼き付いて離れないそのチャイムの音は、四限の終わりを告げると同時に、昼休みの始まりを告げる。耳を澄ませば聞こえてくるのは友達を学食に誘う男子生徒。中庭に集まって仲良くお弁当を食べる女子生徒。そして湊斗もそんな生徒の内のひとりだった。


「ねえ、天宮さん。良かったら何処どこかで一緒にお弁当たべない?」


「えっ、どうしたの?」


湊斗からの珍しいそのお誘いに、心白はびっくりした顔を見せる。


「いや、天宮さんともっと仲良くなりたいと思ってさ」


珍しく誘ってきたと思えばこれである。湊斗は無意識にこうした嬉しいことなのか、少々恥ずかしさを覚えるようなことを自然と言ってくるので心の準備ができていない心白の心臓はトクンと跳ねた。


「あ、うん。わかった...」


「それじゃあ行こっか」


“ガタッ”


「ふぇっ!?ちょっ、一条くん!?」


すると湊斗は、周りの目を気にすることなく椅子に座っている心白の手を引いて、ふたりで教室を出て行ってしまった。もしかすると湊斗はただの不器用な奴なだけなのかもしれない。


※※※


“ガチャッ”


(お、今日は珍しく人が少ないな)


湊斗と心白は眺めのいい屋上へと足を運んでいた。普段はこの眺めのいい景色を背景にお弁当を食べる多くの生徒がいるのだが、この時の屋上には湊斗と心白を含めて5人しか居なかった。


「わあっ、とってもいい眺めだね〜」


隣で無邪気に心踊らせる心白を見た湊斗は、少し誘って良かったなと思った。


「もしかして天宮さんは屋上に来るのは初めて?」


「うん。屋上なんて行く機会もないし、いつもは教室で食べてるからね」


「たまには屋上で食べるのも良いよ」


「そうだね〜、ご飯もいつもより美味しく感じそうだね笑」


屋上では心地よいの光と暖かい風が吹いてくるので、心穏やかにお昼を過ごすことができるのでいつもよりお弁当が美味しく感じるのもここに来れば頷けるだろう。


「一条くんのお弁当の中身すごいね、いつも自分でつくってるの?」


以前、湊斗の住んでいるマンションまでふたりで帰ったことがあるので、ひとり暮らしをしていると思っているのだろう。


「あー、うん。そうだね一応自分でつくるようにしてるかも」


「へー、一条くん料理もできるんだね!」


しかしながら、今どきの男子高校生が自炊をするだけでも立派なことだろうが、麗華のお店レベルのものがお弁当に入っているので、それはそれは驚きもするだろう。


「でも天宮さんのお弁当もすごく美味しそうだね」


隣に座る心白が持っているお弁当を見ると、ミニトマトや玉子焼きが入っており、お弁当といったらこれ!みたいな感じの家庭感溢れる中身だったのでこれには湊斗も普通に美味しそうだと思った。


「うん、これは朝お母さんが早起きしてつくってくれてるんだ〜。私はクッキングとかはするんだけど普段料理とかあんまりしないから」


「お母さんのつくるお弁当って、なんだか特別な感じがしていいよね」


世の中のお母さんたちは仕事をしている人もいるし、毎日 家族全員分の家事もしながら育児もこなしていると考えると、子どもである自分たちはもっと感謝やお手伝いをするべきなんだと思う。


「そうだね、私のために全部やってくれてるからもっとお母さんを楽させてあげたいんだけどね」


そう切実そうな顔をする心白を見て湊斗は少し心にくるものがあった。


(お母さん、か...)


実は湊斗のお母さんは湊斗がまだ幼い頃に不運な事故で亡くなっているので正直なところ、実の母親の顔さえすらも湊斗の記憶にはなかった。


「天宮さんはどんなお母さんになりたいの?」


「急だね笑 そうだなー、でもやっぱり家族みんなから愛されるお母さんになりたいかな」


「確かに家族から愛されるお母さんは良いお母さんだろうね」


「うん。でも世の中には愛し合って結婚したはずなのに別れちゃうなんて夫婦さんもいるからね、」


悲しそうに心白は言うので、湊斗はそれに対して思うことを素直に伝える。


「でも天宮さんならきっと大丈夫だよ。良いお母さんになれるよ」


「ほんと?一条くんに言われたらなんだか嬉しい...かも、」


少し顔を背けて恥じらいながらそう言うので、湊斗は何かしたかな。と思ったが、心白が湊斗にいきなりこんなことを言ってきた。


「あのさ、私ひとつ一条くんに嘘ついてることがあるんだけど...」


「えっ、うそ?」


(天宮さんが俺に嘘をついている?何だろう。いや、それより仮に天宮さんが俺に何か嘘をついてたとして、それはどうして嘘をつく必要があったんだ?)


急に心白の普段の穏やかな優しい雰囲気とは、一変した雰囲気をその華奢な身体に纏う。そして、それを聞いた湊斗は少々動揺を隠せずにいた。


「うん、前湊斗くんがお休みの日に○○っていう町に思い出巡りに行ったって言ってたでしょ?」


それは先日学校に登校した日の朝に、休日は何をして過ごしたのかという話題になったときに、湊斗が心白に話していたことだ。


「あ、うん。朝ふたりで話したね」


「その時一条くんが私にその町を知ってるの?って聞いてきたのは覚えてる?」


「うん、覚えてるよ」


(その時天宮さんは確か今初めて聞いたと言っていた気がするけど...)


あの話をした日の朝のことを思いだしながら目の前にいる綺麗な白髪の女の子の話を聞く。


「私、実はその町のことは知ってるんだ」


「え?あ、そうなんだ...」


湊斗はそれを聞いたと同時に目線を逸らした。それは仕方なかった。目を合わせられるわけがなかった。なぜならその時 湊斗の脳裏にぎってしまったのだ。


なにがって?


恵さんから渡された だよ。

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