第25話 知らない過去


「それでは恵さん、お世話になりました。これからも温かく見守っていただければと思います」


日曜日の午前9時。外から聞こえてくる小鳥のさえずりが朝だと告げる頃、湊斗と麗華は出発する準備を整えて、恵さんにお礼を伝える。


「ええ、これからも麗華を宜しくね。湊斗くん」


「はい、任せてください」


そう言うと恵さんが湊斗の傍にやってきて、麗華に聞こえないくらいの声で何やら言いたそうなので、湊斗は少し耳を傾ける。


「そういえば、朝麗華の胸のボタンが外れてたんだけど、昨日の夜ふたりはどこまで進んだのかしら?」


昨日の夜、湊斗と麗華が同じ布団で寝ることになったのは恵さんが仕組んだことだったので、どうやらその後の進捗が気になったようだ。


「あいにく、恵さんの思っているようなことは何もなかったですし、普通にれいかと一緒に寝ましたよ?」


特に何もなかった。と言う湊斗だったが、話しながら自然と目線が麗華の桜色に色づく唇に吸い寄せられていた。それを見逃さなかった恵さんは「ふふ〜ん?」とでも言いたげな顔をしてもう満足したのか特に詮索することもなく、恵さんが思ったよりもあっさりとした感じだったので、湊斗は少し不思議に思った。


「それにしても麗華の笑顔がまた見れて嬉しいわ、湊斗くん本当にありがとね」


娘を助けてくれてありがとう。と、もう一度改まって感謝を口にするので湊斗もそれには いいえ、こちらこそ。という想いを込めて軽く会釈をした。


「麗華も湊斗くんに頼ってばかりじゃだめよ?」


「もう、分かってるよ。お母さん笑」


「恵さん、いつも俺がれいかに頼りっぱなしなくらいなのでむしろ全然もっと頼って欲しいですよ笑」


麗華は毎朝早起きして湊斗の為に美味しい朝ごはんやお弁当を作っているし、部屋の片付けなどは湊斗がやっているものの、湊斗だけではここまで充実した生活は送れなかっただろう。これも麗華が隣に居てくれたからだ。


「あら、そうなの?笑」


「みなとくん、言い過ぎだよ笑 みなとくんだっていつも手伝ってくれるんだから」


「れいかばかりに負担はかけられないからね」


「ふふっ、みなとくんのためなら私がやってるのは全然負担になってないんだけどなー?」


湊斗と麗華の仲睦まじい様子を傍から見守る恵さんを一瞥すると、いつになく穏やかな気持ちをその美しい顔に宿していた。


「それじゃあお母さん、もう行くね!」


「ええ、またいつでも湊斗くんと来てね」


「はーい笑 お母さんも元気でね」


元気にそう言って麗華は玄関のドアを開けて外に出る。湊斗も続いて外に出ようとしたその時、恵さんに引き止められた。


「あ、湊斗くん」


「?」


「これを湊斗くんに渡すのを忘れてたわ」


そう言って恵さんはポケットから少しシワのついた一枚の写真を取り出して湊斗に手渡す。


「これって...」


「麗華と湊斗くんがまだ幼い頃の写真よ」


そこに映っていたのは、土手沿いで仲良く遊んでいる麗華と湊斗。そしてその隣で一緒に遊んでいる見覚えのない白髪ロングの天使のような女の子だった。


「い、いや...そのことじゃなくて--」


「この隣にいる女の子は誰ですか」そう尋ねようとしたが、外で待っている麗華から大きな声で呼ばれた。


「みなとくーん!早く行くよー!」


「あ、すいません。なんでもないです。これ、ありがとうございます」


「?」


湊斗は恵さんに軽く会釈をして足早に麗華の元へと向かう。


「もう、みなとくん遅いよー」


「ごめん、ごめん。それじゃあ行こっか」


“ガラガラ”


恵さんは温かくふたりを見送り、見えなくなったところで玄関の扉を閉めた。そして恵さんは玄関でひとり、遠くを見つめながらこんなことを呟いた。


「湊斗くんは覚えてなさそうだったけど、当時湊斗くんがよく遊んでたのは、なにも麗華だけじゃないのよ?その子の名前は--」


※※※


“ガタン、ガタン--”


「みなとくん、そう言えばさっきお母さんから何を貰ったの?」


一定のリズムで揺られながら電車に乗って帰っていると、隣に座っている麗華がそんなことを聞いてきた。


「ん?ああ、貰ってないよ」


「え?そうなの?」


「うん、ただこれからも麗華をよろしくね。って言われただけだよ」


素直に昔遊んでた頃の写真。と言えばよかったのだろうが、何故かその時の湊斗は直感でこれを麗華に見せては駄目だ。

そう思い、麗華に“嘘”をついてまで誤魔化した。


「ふふっ、お母さんどれだけ みなとくんによろしくって言うの笑」


「俺がれいかを、よろしくしないわけないんだけどな笑」


“ツキン”


「?」


「みなとくん?どうしたの?」


湊斗は穏やかな表情から、急にどこか遠くを見ているような死んだ魚の目をしていた。


「ん?あ、うん。なんでもないよ」


「ほんと?それならいいんだけど...」


本人が大丈夫。と言うので、これ以上心配するのも良くないだろうと思い、少し引っかかった所もあったが、麗華は湊斗が言うことを信じた。


(なんだろう、今の感覚...。まあ、気のせいかな?)


一瞬のことだったので、特に気にかけるほどでもないと思い、恐らく何かの勘違いだろうと思う湊斗だった--


※※※


--10年前の春--


「じゃあ、このお花のかんむり、れいかにあげる!」


「え、いいの?」


「もちろん!」


『???: それ、わたしも欲しいな』ヒソヒソ


「...」


「なんだか、王子さまとお姫さまみたいだね」


『???: 君はどっちの王子さまなのかな?』


「えっ、じ、じゃあ、大きくなったら、け、けっこん...とか、する?」


「うん!れいか、みなとくんのお嫁さんになる!」


『???: 君は、れいかちゃんをお嫁さんにするの?』


--10年前の知らない残春--

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