第22話 麗華の実家にて。その2


「ふぅ、」


脱衣所に入り、恵さんはいったい何を企んでいるのかと思うと自然とため息が出た湊斗だった。そして、この家に来る途中で買ってきた着替えを籠に用意して脱いだ服を洗濯機に放り込んだ所でお風呂に入った。


「おお、これは一軒家にしてはなかなか広いお風呂だな」


ドアを開けると床はなんと岩でできており、ひのき風呂なのかほんのりと檜の落ち着く香りがする。それにお湯は何やら木でできた箱のような所から流れており、普通の家庭には無いような浴室だった。


「まあ、麗華の家は外から見てもかなり広そうだったしな」


麗華の家は昔ながらの古風な造りになっており、庭にはししおどしやちょっとした池なんかもあったりする。確か麗華のお父さんはどこか有名会社の社長さんだった気がするので、これだけ立派な家になっているのだろう。


「これは疲れが吹き飛ぶなぁ...」


身体を洗い終わった湊斗は足を伸ばして温かいお湯に肩までどっぷりと浸かり、檜の良い香りでリラックスしながらゆっくりと目を閉じる。


(今日は充実した一日だったな)


朝はお婆さんを助ける所から始まって、お昼は麗華のお弁当を食べて最高に幸せだったし、その後は久しぶりにふたりで花の冠も作った。

それに元気になった麗華を恵さんにも見せれたし、さっきは恵さんのつくった絶品料理を食べて今ではこうして贅沢に檜風呂で羽を伸ばしている。今日一日を振り返り、湊斗は身に余る幸せに浸っていた。


「あともう少しだけ温まってから上がろうかな」


こんなに良いお風呂はなかなか入れないので、しっかりと堪能してから上がることにした。


※※※


「ふぅ、きれいさっぱり疲れが取れた気がするな...」


お風呂から上がった湊斗は用意していた下着や服を着て、今は外の空気を吸いにひとり縁側えんがわに座っている。


“コンッ”


「.....」


“コンッ”


(やっぱりここに居ると落ち着くな)


時刻はすでに夜の10時を過ぎており、暗い縁側を照らすのは満天の星空と月明かりのみ。静寂に満ちたこの場所で唯一 一定のリズムで風流のあるくぐもった音色を奏でているのはししおどし。この静けさの中にこの落ち着く音があることで非常におもむき深い空間を生み出している。


「緑茶はやっぱり落ち着くし美味しいな」


(お風呂から上がって恵さんにこの緑茶を渡された時は嫌な予感がしたけど、これは単に恵さんの優しい気配りだったみたいだな)


お風呂上がりの湊斗は飲み物を飲みにキッチンに向かった。その時にちょうど恵さんが居たので、その時は怪しいと思いつつも温かい緑茶を貰ったが、今は湊斗の身体への変化は感じられないので恐らく普通の緑茶らしい。


「にしても、ここの夜空は澄んでいて綺麗だな...」


「みなとくん、となり座ってもいい?」


しばらく縁側に座って風流心を養っていると、お風呂上がりなのか少し火照った麗華がやって来たので、湊斗は振り返って返事をする。


「うん、もちろん。よくここに居るって分かったね」


「お風呂から出て廊下歩いてたらふすまが少し開いてて、その隙間からここに座ってるみなとくんが見えたからさ」


「あ、そうなんだ」


“コンッ”


「「.....」」


再び静寂に満ちた時間が訪れる。それにしても、麗華が来ても一定のリズムを保ち続けるししおどしは流石としか言いようがないだろう。そんなくだらないことを考えながらチラリと横を見ると、碧く光る瞳と目が合った。

しばらく見つめ合うふたり。


すると--


「れ、れいか?」


「ん?なに?」


「この手はどういう...」


麗華の色白で細長い手が湊斗の手を優しく握った。しかも、いわゆる“恋人繋ぎ”で。


「ずっと外にいたら冷えちゃうと思って」


「あ、ああ。なんだ、そういうこと...」


「あはは...」と付け足して湊斗は平然を装い、自分だけ心臓が跳ねたことを恥ずかしく思いながらも麗華をもう一度横目に見る。


すると--


(あ、あれ?)


見ると、先程の麗華の吸い込まれそうなほどの碧い双眸そうぼうとは打って変わって、現在の麗華の瞳はほんのりと熱を帯びていた。


(なんだ、れいかだって俺と同じ気持ちだったのか)


そうと分かればこっちのもんだと言わんばかりに落ち着きを取り戻し、湊斗は反撃を開始する。


「れいか、顔赤いよ?」


「へっ!?あ、赤くないよ全然!これっぽっちも--」


必死に取り繕う麗華に対し、湊斗は間髪入れずに攻め続ける。


「ほんと?暗くてあんま見えないや、もう少し寄るよ?」


「えっ、ちょっと待っ--」


“ドサッ”


いきなり湊斗が距離を詰めてきたので麗華は動揺を隠しきれず、美しい黒髪を月夜になびかせながら体勢を崩した。


「れいか」


「.....」


麗華は恋人繋ぎをしたまま湊斗に押し倒されたような形になり、一切身動きが取れなかった。そこで先程まで雲に隠れていた月が再び薄暗い縁側を照らしたとき、湊斗は目の前の光景に思わず息を呑んだ。


「れ、れいか?」


「.....」


けがれを知らない純白な頬はほんのりと桜色に染まっており、涙目に浮かぶ真紅に輝く双眸が何かを求めるように。ただ一心に湊斗を見つめていた。気がつくと湊斗に周りの音は一切聞こえていなかった。刹那の時間が無限の時間へと移り変わる。呼吸はしてるかすら危うい。全身が母なる海にへと沈んでいく。


なぜならば--


「れいか、」


「んっ、」


その時ふたりは生まれて初めてキスをした。

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