第21話 麗華の実家にて。その1


「あ、あの...これは...」


「湊斗くん。」


「は、はい...」


(あ、終わったなこれ)


湊斗が終わりを確信したとき--


「それじゃあ湊斗くん、これからも麗華をお願いね〜」


(あれ、なんか思ってた反応と違うんだけど...)


恵さんは少し険しい表情から、にこやかな顔をしてそう言うので、ついつい湊斗の口が開いてしまった。


「あの、怒らないんですか?」


「怒る?誰をかしら?」


恐る恐る聞く湊斗に対し、めぐみさんは何のことかさっぱり分かってないようだった。


「あ、いや...なんでもないです」


「そう?それならいいんだけど」


(やっぱり恵さんは優しいというか、なんというか...)


恵さんは普段からとても温厚な性格で、誰かを怒るなんてもってのほかの女性だった。それにしても、これは優しさではなく恵さんが単に鈍感なだけなのではないだろうかと思い、少し心配になる湊斗だった。


「ご馳走さま。お母さん美味しかった」


「お母さんも久しぶりに麗華にご馳走できて嬉しかったわ」


「それじゃあみなとくん、ご飯食べたら私の部屋に来てね」


「あ、うん...」


湊斗が色々と考えている間に麗華は食べ終わったようで、後で部屋に来てね。と言って、スタスタと自室へと向かった。少し前まで落ち着きのない空間(なお湊斗にとっては)だったが、今いるのは恵さんと湊斗のふたりだけなので、まるで嵐が過ぎ去った後の台風の目にいるような感じだった。


「.....」


(うーん、なんだか少し気まずい)


恵さんの非常に美味しい手料理を黙々と食べていると、恵さんはこんなことを湊斗に聞いてきた。


「それで、湊斗くんと麗華はどこまで進んだのかしら」


「へ?」


いきなりそんな事を聞かれて戸惑う湊斗。


「いやー、数ヶ月前まではあんなに冷たかった麗華が、今では全くそんな雰囲気ないじゃない?だから、湊斗くんが何をしたのか気になっちゃって」


「ちょっと待って下さいよ、何をしたって人聞き悪いように言わないでくださいよ笑」


「あら、湊斗くん少し顔が赤いわよ?何か思い出しちゃったのかしら」


恵さんは湊斗をからかうようにそう言う。


「い、いや、なんでもないです、よ...」


湊斗は目を逸らして辿々しくそう言うので、ここ数ヶ月で湊斗と麗華に何かあったのは傍から見てもはっきりしていた。


「それで、キスとかも もうしたのかしら?」


「え、えーっと、まだ特に何もしてないと思います...」


湊斗と麗華はこう見えて未だに手も繋いだこともないし、キスも麗華が湊斗の頬に軽くしたくらいでキスと言っていいのかも分からないし、ハグも数回しかしていない。でも、そんな過程をすっ飛ばして一緒にお風呂に入ったのはここだけの話だが、それも湊斗に介護が必要だったからで、お互いの欲求によるものではなかった。


「えー、そうなの!?てっきり、あんなことやこんなこともふたりは済ましてるのかと思ってたんだけど」


「あんなこと?」


その時はまさか恵さんがそんなことを企んでいるとは思っておらず、無意識にオウム返しをしてしまった湊斗はこの後少し後悔した。


「ふたりは一緒に住んでるんでしょ?」


「は、はい」


「寝る部屋は別々なのかしら?」


「あー、まぁ2LDKなのでそれぞれ自分の部屋があるので、寝る時はお互いに自室で寝てるって感じですね」


(れいかと寝てたら毎日寝不足になる自信がある)


いくら仲がよくてお互いの愛が深くても、日々の生活の中ではひとりの時間も案外大切だったりするのだ。


「なるほど...」


「あ!わかったわ!」


そこで何故か恵さんは少し考える仕草をしてから何かを閃いたようで、湊斗は直感でこれは恐らくろくでもないことだろうと思った。


「どうしたんですか?」


一応聞いてみたが、案の定よからぬことを思いついたのか、恵さんは何か企んだような含みのある微笑みをした。


「ふふっ、湊斗くんはまずお風呂に入って今日の疲れをとるといいわ」


「あ、ではお先にお風呂いただきますね」


もう考えても無駄だと思ったので、潔く湊斗は恵さんのあからさまな誘導に乗る。


「ごゆっくり〜」


(怪しすぎるだろ...でも、とりあえずれいかに呼ばれてるし、れいかの部屋に行ってみるか)


湊斗はお風呂に行く前に、ひとまず麗華の自室に立ち寄ることにした--


※※※


“コンコンコン”


「れいか、入るよ?」


麗華の部屋の前まで来たので、湊斗は部屋のドアを開ける。


“ガチャッ”


「あ、みなとくん遅かったね。もしかしてお母さんと何か話してた?」


部屋に入ると、麗華は机で何やら難しそうな本を読んでいた。


「よくわかったね、少し話してた」


「ごめんね、お母さんみなとくんと久しぶりに会えて嬉しかったみたい」


「全然大丈夫だよ、むしろそんなふうに思ってもらえてこっちこそ嬉しいよ」


「それならいいんだけど、お母さんとは何話してたの?」


「え?あー、特に何もない普通の会話だよ」


目を逸らしながら湊斗はそう言うので麗華は少し気になったが、これ以上は聞かなかった。


「それにしても、なんだかこの部屋物が少ないね」


女の子の部屋という割には、クローゼットと勉強机くらいしか見当たらなかった。


「そうだね、あのマンションに引っ越す時にほとんど持って行ってるから確かにここには何もないね」


「あー、なるほどそういうことか。そういえば確かに引っ越すってなった時に色々トラックに乗せた気がする」


マンションではお互いの部屋にはあまり行かないようにしており、ご飯やお風呂といった連絡の場合のみ伝えに行くという感じだ。しかし、そもそも湊斗と麗華はお互い一緒に居たい派なので、ふたりはほとんどリビングにいる事が多い。


「それじゃあ、恵さんにも言われてるしそろそろお風呂に入ってくるよ」


「あ、そういえば、みなとくんの部屋はこの部屋の隣だから」


「うん、わかった。ありがとう」


こうして湊斗はお風呂場に向かった--

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