第20話 ただいまとおかえり

あれから麗華の家に向かったふたりは、ちょうど日が暮れた頃に到着した。


「なんか緊張してきた...」


「大丈夫だよ。何も心配することないよ」


親だったり仲のいい人だったりとしても、久しぶりに会うとなると、何故かは分からないが少し緊張してしまうものなのではないだろうか。


「そうだね、ありがとうみなとくん」


“ガラガラ”


そう言って麗華はゆっくりと玄関のドアを開ける。玄関から物音がしてもしやと思ったのか、廊下の奥から麗華に似た顔つきの、大人な雰囲気を纏った美しい女性がやって来た。


「ただいま。お母さん」


久しぶりに帰ってきた娘と目が合い、そこで何かを感じたのか麗華のお母さんは思わず口に手を当てて、シワひとつない綺麗な頬に一筋の涙を流した。


「おかえりなさい。麗華」


家族水入らずの時間なので、湊斗は麗華の後ろでこの光景を温かく見守った。少しして、麗華のお母さんが湊斗を視界に映して目を丸くした。


「もしかして、湊斗くん?」


「あ、はい。お久しぶりです笑」


あの頃とは随分と成長していたが、湊斗の優しい笑顔を見ると、麗華のお母さんには当時の幼い湊斗と何ら変わりなくその目に映った。


「湊斗くん」


そして、麗華のお母さんは何か納得したような優しい顔で湊斗に喋りかける。


「はい」


「本当にありがとうね」


無駄な言葉や説明は一切必要なく、ただ一言で麗華のお母さんが伝えたいことが、伝わってきた。なので、その返事として湊斗は微笑みをその顔に浮かべる。


「麗華、良かったわね」


「?」


麗華は、お母さんと湊斗が何について話してるのか分からなかった。


「せっかく湊斗くんと麗華が帰って来たんだから、早くご飯にしましょ?」


「うん、立ち話もなんだしね。みなとくん、こっち。案内するよ」


「ありがとう、れいか」


そう言って湊斗は麗華に連れられて、リビングに向かった。


※※※


「はい、どうぞ。良かったらおかわりもしてね〜」


「すいません、ありがとうございます」


湊斗の目の前には、今が旬の美味しそうなたけのこの炊き込みご飯があり、それに味噌汁と鮮やかな緑色のネギが添えられた豆腐がある。


「湊斗くんそんなに畏まらなくていいのよ?」


嬉しいことに麗華のお母さんがそう言ってくれるのだが、畏まってないとなんだか変な感じがするので、せめて少しだけ砕けた感じで話すことにする。


「そうですね、できるだけ砕けた感じで話しますね」


「ええ、ここは湊斗くんの家だと思ってくれるくらいでいいのよ?」


「ありがとうございます笑」


昔はよく麗華を呼びに行った時などに、麗華が出てくるまで玄関で麗華のお母さんと一緒に話していたりした。


「すごく美味しそうです」


「遠慮なく食べてね」


「はい、いただきます」


手を合わせて感謝を伝えながら、炊き込みご飯を箸でゆっくりと口に運ぶ。その時に薫る筍のいい匂いが湊斗の食欲をさらにそそう。


「とっても美味しいです」


「ほんと〜?良かったわ〜」


「はい。れいかの料理の味は、お母さん譲りなんですね」


麗華のつくる料理と、麗華のお母さんがつくる料理の味は、どこか近しいところがあった。それは以前から湊斗が言っている、言葉ではなかなか表現できない“幸せの味”なんだろうか。


「ん?湊斗くんは麗華の料理を食べたことがあるの?」


「はい。なんなら毎日ふたりでつくってますけど?」


「毎日?それってどういうことかしら...?」


(どういうことって言われても、俺とれいかが一緒に住んでることくらい流石に知ってるだろうに...)


麗華と湊斗は、あの日湊斗の父さんからメールがあった日から一緒に住み始めて、一ヶ月と少し経ったところだろうか。なので、麗華のお母さんは流石にこのことは知っている筈なのだ。


(それにしても、なんか反応が不自然な気がする)


有り得ないとは思うが、念には念をだ。心配なので一応確認してみる。


「れ、れいか?お母さんに俺たちが同棲してることは伝えてるのか?」ボソボソ


「?」


麗華のお母さんには聞こえないように、できるだけ小さな声で麗華に聞いてみる。そんなふたりを麗華のお母さんは不思議そうに見ていた。


「あっ、言うの忘れてた...」


(なるほど...いや、しかし れいかが言ってないにしろ、父さんがこのことを伝えてないわけがない)


そう瞬時に切り替え、湊斗は父さんにちゃんとこの事は伝えてるのか。と素早くメールを送信する。


「湊斗くんさっきからどうしたの?」


急に静かになったので、「大丈夫かしら?」と心配されることになってしまった。


「は、はい、大丈夫です...」


と、そこで父さんから返信が来た。ちなみに、麗華のお母さんの名前は一ノ瀬 めぐみと言う。


【あー、すまんみなと。めぐみさんに伝えるのをすっかり忘れてたいた。】


“シュポッ”


それに続いて、申し訳程度のごめんねスタンプが送られてきた。


(嘘だろ、父さん...)


自分の息子に、美少女との同棲の件を伝えるのが遅れるのは、まだ百歩譲って許す。が、しかしだ。いくら仲がいいとはいえ、相手の母親に伝えていないのは流石に良くないと思った。


「あー、そのー、ですね...」


「あ、麗華の料理のことかしら?」


「はい、そのことなんですけど...」


緊張で口の水分が失われたので、ひとまず落ち着いてお茶を飲む。


と、その時--


「あ、お母さん。言うの忘れてたけど、みなとくんとは今いっしょに住んでるの」


「あら、そうなの!?」


“ブフォッ”


「ゴホッゴホッ」


湊斗は変に思われないように、順を追って説明しようとしていたが、予想外にも麗華が直球で答えたので、口に含んだお茶を思わず吹いてしまった。


「みなとくん、だ、大丈夫?」


急に湊斗がお茶を吹いたので、麗華は心配する。


「ゴホッゴホッ...う、うん大丈夫だよ...」


(そ、それより、めぐみさんはこれを知ってどんな顔を...)


自分の娘が知らない間に湊斗とはいえ、男と一緒に暮らしているというのだ。湊斗は恐る恐る顔を上げる。


「あ、あの...これは...」


「湊斗くん。」


「は、はい...」


普段は温厚で優しい恵さんだが、この時は少しばかり真剣な顔をしていた--

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