第18話 ここがふたりの懐かしの場所


「わぁー、やっぱりここは自然が豊かだね」


約1時間電車に揺られ、ようやく目的の地に到着した湊斗と麗華だった。


「そうだね。自然が豊かだし、ここは懐かしくて落ち着くよね」


「ひとまずお弁当食べれる場所を探しながら、ちょっと歩いてみよっか」


「その前にれいか、それ重たそうだから持つよ」


女の子に重い荷物は男として持たせられない。


「みなとくん、ありがと。張り切りすぎて色々詰め込んでたからちょっと重いかも」


時刻はお昼時。自然豊かなこの土地の暖かな風は全身を優しく包み込み、どこからか聞こえる小鳥のさえずりは、疲弊した心を落ち着かせる。


なので湊斗は無意識のうちに全身をぐーっと伸ばして疲れた身体をリフレッシュさせた。しばらく歩いていると、麗華との数々の思い出が蘇ってきた。


(あ、あそこの神社は確か中から何か物音がしてれいかが泣いちゃったんだけど、近づいてみたら一匹の黒猫が迷い込んでただけだったっけ笑)


ひとつひとつの場所にだけ、麗華との思い出が詰まっている。


「みなとくん、ここから見えるあの土手って、もしかして一緒にお花のかんむり作ったところかな?」


しばらく歩いていると、綺麗な小川と小高い土手が見えた。土手沿いには、草原とまではいかないが開けた野原があった。


「あ、そうかもしれないね。行ってみよっか」


(あれからしばらく経ったけど、そんなにここ変わってないな)


さすがに以前とは色々と変わっているかと思っていたが、思ったよりも昔のままだったので湊斗は少し驚いていた。


「わぁ、絶対ここだよ」


土手を登った先の景色を見て麗華はそう言う。


「うん、あっちに色んなお花があったからそこまで走った気がするな...」


「みなとくん、行くの早すぎて私全然付いていけなかったよ笑」


「ごめんごめん笑」


当時ここには毎日のようにふたりで来て、午前中は川で遊び、お昼は昆虫採集や植物観察に夢中になってお昼ご飯を食べ忘れ、夕方には土手に仰向けで寝転んでふたりで喋る。というような、子どもの底知れぬ体力で無邪気に過ごしていた。


「でも懐かしいんだけど、なんだか昨日のことのように思えてくるね」


湊斗と麗華は久々にやって来たが、実際に目の前にすると、懐かしさと共にまるで昨日のことのように感じた。それは麗華だけでなく湊斗も同じだった。


「うん、不思議だね」


「それじゃあ、お腹も空いたしここでお昼にしよっか」


将来を誓い合った懐かしいこの場所で、ふたりはお昼ご飯を食べることにした。


「みなとくん、そこに入ってるレジャーシート敷いてくれる?」


湊斗は麗華が持ってきたバスケットの中からレジャーシートを取り出して、風に飛ばされないようにその上にバスケットを置いた。


「「いただきます」」


まるで宝箱を開けるかのように、今日のお弁当は何だろうと湊斗は子供のように目を輝かせながら開ける。


「おぉ、これはすごい」


お弁当の中身は、鮮やかなトマトやレタスはもちろん、加えて手間や時間の掛かる煮物や、黄色く輝くだし巻き玉子だったりと、湊斗の好物も入ったいつにも増して美味しそうなお弁当だった。


「これはかなり手間が掛かってそうだね」


「作り始めたらいつの間にか時間経ってたんだよね」


まずは、湊斗の好物であるだし巻き玉子をいただく。


“パクッ”


「ん、程よいだしが効いてて味に深みが出てるし、時間を掛けたからこその優しい口当たりが、さらに食欲をそそってとっても美味しいよ」


「うん、ちょっといつもより頑張ってみた」


(お弁当でこの味なら、出来たてならもっと美味しいんだろうな...)


「お弁当だと、どうしてもやっぱり冷えたりして味とか変わっちゃうから、どうかなとは思ってたんだけど、みなとくんにそんなに喜んでもらえるなら早起きした甲斐があったよ」


「うん、本当にお店かと思うくらい美味しいよ」


麗華は将来、喫茶店などを開いてみても繁盛しそうだな。と思った湊斗だった--


「「ごちそうさまでした」」


「うん、本当に美味しかったよ。いつもありがとね、れいか」


「どういたしまして〜、みなとくんにならいくらでも作れちゃうな」


「いやー、それにしても俺は幸せ者だな」


天気の良い青空の下で湊斗は幸せだと口ずさむ。


「私も、こうしてみなとくんと一緒になれて幸せだよ?」


お互いが幸せなこの状況を湊斗が一から創り上げたのだ。しかし、それは他の誰かとでは有り得ない未来だった。これは湊斗と麗華だったからこそ存在する今だった。湊斗は今目の前にあるこのささやかな幸せを誰よりも噛み締めていた。


耳を澄ませば小鳥のさえずりと、川のせせらぎが聴こえてくる。深く息を吸えば、暖かな太陽の匂いと甘い花の香りがする。そして、隣を見れば美しい凛とした少女がいて、その少女は湊斗の前では他人には決して見せない可憐さをその瞳に宿す。


「れいか、久しぶりにふたりでお花のかんむり作らない?」


「ふふっ、前よりも大きいの作らないとね」

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