第16話 懐かしの場所へ向かう途中で


「あれ見て、みなとくん」


「ん?どこ?」


「ほら、あそこにいるおばあちゃん」


ふたりは家を出てちょうど駅に向かっているところだった。


「ほんとだ、どうしたんだろう」


湊斗と麗華が歩いている歩道とは反対側の歩道で、何やら苦しそうにしているお婆さんが見えた。しかし、周りの人はみんな見えてないかのようにそのお婆さんの横を素通りしていく。


「ひどい、なんで助けてあげないの...」


「れいか、俺たちが乗る予定の電車はあと何分で着くんだっけ?」


「えーっと、あとちょうど30分だね」


「よし、れいか」


隣の麗華と見ると、どうやら湊斗と同じ思いだったのか麗華はコクリと頷いた--


「あの、すいません。大丈夫ですか?」


湊斗と麗華は横断歩道を渡り、反対側の歩道に急ぎ足で向かって苦しそうなそのお婆さんに話しかけた。


“ゴホッゴホッ”


「あの、ひとまずここじゃあ歩く人の迷惑になるので、そこの影に移動しましょう」


このままだとお婆さんが危ないので、湊斗はお婆さんをひとまず落ち着ける場所に避難させた。


“ゴホッゴホッ”


「おばあちゃん、大丈夫?」


先程からこのお婆さんの咳が止まらないのだ。どうしたらいいのかと悩んでいると、少しずつ治まってきたようで、お婆さんはゆっくりと話し始める。


「美人なお嬢さんごめんなさいねぇ、この荷物をご近所さんに届けてたら肺が弱いもんだから急に苦しくなってしまってねぇ」


「そっかそっか、よかったらこのお茶飲んで?」


そう言って麗華は、持ってきていた緑茶を優しく差し出した。


「お嬢さん優しいねぇ」


「いえいえ、おばあちゃん苦しそうだったから私がしてるのは全然たいした事じゃなくて、人として当たり前のことだよ」


麗華とお婆さんが話している内に、湊斗はこの後のことを考えていた。


「お婆さん、良ければその荷物運びますよ?」


少々重そうな荷物を持っていたので、これをこのお婆さんが運ぶのは大変だと思った。


「そこまでしてくれなくて大丈夫じゃよ」


さすがにこれ以上迷惑を掛けられないと思ったのか、お婆さんは湊斗の提案には乗らなかった。するとそこで麗華が、


「おばあちゃん、無理しないで?」


お婆さんに優しく寄り添いながら、麗華はそう言う。そして、しばらく考えてからお婆さんは口を開く。


「うーん、お嬢さんにそんなに言われたら断れないねぇ」


「任せてよ、おばあちゃん」


「...それじゃあ、お願いしようかねぇ」


こうして湊斗はお婆さんの荷物を持ち、麗華がお婆さんと仲睦まじい様子で話しながら目的の家まで無事に荷物を届けたのであった--


※※※


「お嬢さんたち、どうもありがとねぇ」


「それより、おばあちゃんが無事で良かったよ」


「うん、荷物も無事に届けれたしね」


「ふたりは優しいねぇ、あ!そうじゃ、お嬢さんたちにこれをあげよう」


そう言ってお婆さんは何やら思い出したようにゴソゴソと鞄の中を探し始める。


「おふたりさん、手を出してもらってもええかのぉ」


「「?」」


お婆さんの言っていることがよく分からなかったが、麗華と湊斗は言われるがまま手を出した。


「これを優しいお嬢さんとお兄さんに、」


そうしてお婆さんから手渡されたのは、美しい色彩の二本の紐だった。


「わぁ、とっても綺麗...」


「本当だ、すごい綺麗ですね」


「それはのぉ、組紐くみひもと言ってアタシがこの手で一本一本気持ちを込めて紡いだものなんじゃよ」


「おばあちゃん、こんなに素敵なもの貰っちゃっていいの?」


組紐くみひもとは、細い絹糸や綿糸を組み上げた紐で、“縁を結ぶ” “物と物を結ぶ” “人と人を結ぶ”など、さまざまな素敵な意味合いが込められている日本の伝統工芸品なのだ。


「幸せそうなお嬢さんとお兄さんを見ておると、ずっと昔に不運な事故で死んでもうたアタシの夫との懐かしい日々が蘇ってきてのぉ。これはそのお礼じゃ」


「おばあちゃん...」


“ぎゅっ”


「ありがとう、一生大切にするね」


麗華はお婆さんに抱きつきながら、全身で感謝の意を伝える。


「お嬢さんの綺麗な髪を結ぶのにぴったりじゃよ、ずっと使っておくれ」


お婆さんから貰ったこの組紐は麗華のロングで美しい黒髪を結ぶのにはちょうど良かった。


「それじゃあ、今結んでみるね」


麗華はさっそく美しい組紐で自分の髪をひとつに結んでみる。


「どうかな?おばあちゃん、似合ってる?」


嬉しそうな顔をしながら、蝶が舞うように可憐にひらりと回ってお婆さんに見せる。


「うむ、とても似合っておる」


穏やかな顔をして、儚いこの一瞬に幸せを感じながらお婆さんはそう言う。


「良かったね、れいか」


「うん!みなとくんとお揃いだしね!」


「うん、俺は手首につけておこうかな」


そうして湊斗と麗華は、駅に向かう途中で見かけたお婆さんを助けて、そのお礼として美しい組紐を貰ったのであった--

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