第11話 今やるべき事とは

「みなと、くん?」


「あ、ああ。そろそろ教室戻ろっか」


※※※


(次の中間まではあと一ヶ月か...)


教室に戻った湊斗は、先程 稜真りょうまに言われたことが頭に引っかかったままだった。


「次のテストで俺が負けたられいかは...」


「次のテストで一条くんが負けたら、一ノ瀬さんはどうなるの?」


「うぉっ、!?」


湊斗の思っていたことが無意識に口に出ていたので、隣の心白こはくが聞き返した。


「そんなにびっくりした?笑」


「え?あぁ、まあ...」


「どうしたの?なんか元気ないね?」


心白は天使のような優しさを持っているので、こうした些細なことでも、嫌な顔一つせずに寄り添ってくれる。


「天宮さん、ありがとう。でも大丈夫だよ」


「そう?そんな風には見えないんだけどな...」


「天宮さんが気にするようなことじゃないよ」


「そこまで言うなら...」


心白はただのお節介という訳ではなく、純粋に良い子なだけなので、相手が嫌がることは何があってもしない性格なのだ。だからこそ、心白は人気者で多くの人に愛され、信頼されている。


「助かるよ」


※※※


「ただいま、れいか」


「おかえりー、みなとくん」


(今更だけど、なんか新婚の夫婦みたいだな笑)


「先にお風呂入ってくる」


「いっしょに入らなくて大丈夫?」


「い、いいよ別に...」


「それに、ずっとれいかに迷惑もかけれないし、そろそろ一人で入れないとね」


「私は全然気にしてないよ?」


(いつまでもれいかの優しさに甘えてはだめだ)


「とりあえず、今夜は一人で入ってみるよ」


「みなとくんがそこまで言うなら...」


「うん、だかられいかはご飯でも作っててよ」


「はーい笑」


※※※


「ふぅ、疲れが取れるな」


(れいかと毎日お風呂に入ってたら、心臓がもたないだろ...)


「でも、色々とやらないとな...」


湊斗がぽつりと呟いた。と言うのも、湊斗は今まで麗華を救うために、自分を犠牲にしてまでここまで来た。なので、次の中間考査で学年二位の秀才である、稜真に勝てる自信は正直あまり無かった。


「勉強はひとまず力を入れるとして、身体面はどうしようか...」


湊斗はショッピングモールで麗華が殺されそうになったとき、助けるのに必死だったとはいえ、深い傷を負ってしまった。これは以前の湊斗では有り得ないことだった。


「起きて欲しくはないけど、万が一またあんな場面に出くわしたら、俺は次も麗華を無事に助けれるんだろうか...」


「この身体でも、なまらないように少しずつランニングもするべきだろうし、一色に負けないように、毎日かなりの勉強をこなさないといけないだろうし...」


ボロボロの湊斗には考えることが多すぎたが、こんな時だからこそ冷静な判断が大切なのだ。


(まぁ、気分転換しないとな)


そう。辛くなったら立ち止まってもいい。

立ち止まってからこそ、学べることもある。

落ち着いてから、気づけることもあるのだ。


いきなりだが、君が仮に大きな壁にぶつかって、立ち止まってしまったとしよう。恐らくまず初めに君は落ち込んでしまうだろう。だが、その後も落ち込み続けるのはもったいないのではないだろうか。人間は失敗して初めて気づいたり、成長したり“できる”生き物なのだ。それはもしかしたら、君が思っているよりも有り難いことなのかもしれない。だから、壁にぶつかったり道端の小さな石に躓いてもいい。なぜなら、そこから新しい自分が始まるのだから。


※※※


「あ、みなとくん、ちょうどできたよー」


「今日も美味しそうだね」


「今日はねー、みなとくんの好きな和食だよ!」


「あれ、和食が好きってことれいかに言ったことあるっけ?」


「昔のまだこのくらい小さかったみなとくんが言ってた」


麗華が自分の腰くらいに手を当てて、あの頃を思い浮かべながら言っている気がした。


そうなのだ、湊斗は洋食と和食では和食の方が好きなのだ。湊斗曰く、和食の繊細な味とそこに広がる奥深さに惹かれているらしい。


「「いただきます」」


今夜は、お米と味噌汁とブリの煮付けだった。


(まずは一口)


「っ...」


思わず黙ってしまった。


「みなとくん、あんまり美味しくなかった?」


「いや、美味し過ぎて魂抜けてた」


「なにそれ笑」


「毎回思うんだけど、れいかの作る料理は身体に染み渡ってくる気がするよ」


「言い過ぎだよー笑」


「いや、本当になんだろな。食べる人の身体を労わってくれる味なんだよな」


「一言で言うなら、幸せの味がする」


「みなとくんにそんなに喜んでもらえて嬉しいな...」


真紅の瞳で麗華は言う。


(俺の気も知らないでそんな顔するのずるい...)


すると、麗華は湊斗の気も知らないで平然と喋り掛けてくる。


「そう言えば、私たち一緒に住んでるのにお互い連絡先知らないよね?」


麗華と住むようになってしばらく経つが、少し前までふたりには分厚い壁があったので、もちろん連絡先などは知らない。


「あ、確かにそうだね」


「色々連絡することもあると思うから、交換しとこうよ」


「いいよ」


お互いにスマホを取り出して、今更ながら連絡先を交換した。


「ん?れいか、このアイコンって...」


「えへへっ、気づいちゃった?」


「当たり前だろ、忘れるわけない」


麗華のアイコンは、湊斗と麗華が幼い頃にふたりで作った懐かしい“花のかんむり”だった。


「懐かしいね」


「あぁ、本当に懐かしいよ」


湊斗は懐かしさと共に、今でもこうして大切にしてくれているのが、何よりも嬉しかった。


「今週末に久しぶりにふたりで行ってみる?」


「...」


(気分転換にもちょうどいいし、れいかとの思い出巡りも楽しそうだな)


「いいよ、行こう」


「やった!じゃあ、気合い入れないとね!」


「俺もれいかとあの場所に行くのが楽しみだよ」


「えへへ、またみなとくんと行けると思うと嬉しくなっちゃうな」


こうして、湊斗と麗華は週末に思い出の場所に行くこととなった。


(あれ、よく考えてみると、これってもしかしてデートなのでは?)


意識しないようにしたくても、もう気づいてしまったので、胸の高鳴りが収まらなくなってしまった湊斗であった--

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る