第2話 将来を誓い合った二人はゼロから
湊斗は皆が真面目に授業を受けている中、どうすれば壊れた麗華の心を取り戻せるのかを考えていた。
恐らく麗華の心は、粉々に散らばってはいるものの、湊斗を思い出すことができさえすれば、散らばった破片が息を吹き返し、昔の麗華に戻せるのではないかと、一人考えを巡らせていた。
言わば麗華の心は、
“湊斗への愛の結晶” なのだ。
これを元にして湊斗はある計画を思いついた。
初対面からやり直す。
その名も--
「ゼロから計画」
「...」
まずい、つい口に出てしまった。
隣の麗華からの視線が地味に痛い...
※※※
そんなこんなで時刻はお昼時、湊斗はこの時を密かに待っていたのだ。
「れいか、一緒にお昼食べないか?」
「嫌です」
「えっ、あっ、そう...」
なんだろう、今胸が「キュッ」と締め付けられるような感じがした。でも、これが俺の選んだ道。絶対に麗華を幸せにする。
「今日はお弁当?もしかして手作りなのか?」
「まぁ、いちおう...」
しぶしぶ、麗華は口を開く。
「やっぱりそうか、れいかは昔から料理作るの好きだったもんな」
「...」
「あの、よければこの玉子焼きを一つくれないか?」
「い、いやですよ...そんなの、」
「そうだよな...ごめん。いきなり」
湊斗があからさまにしゅん としたので、麗華はほんの少しだけ申し訳なくなった。
「今回だけですよ。お一つどうぞ」
「え、いいのか?」
「食べたくないのならいいです」
「ありがとう。有難く頂くよ」
そうして、麗華の手作りの玉子焼きを落とさないようにゆっくりと口に運ぶ。
すると思わず--
「っ、」
「えっ、な、なんで泣いてるんですか。何か美味しくないものでも入ってましたか?」
湊斗は無意識に一筋の涙を流していた。それにびっくりした麗華は、少々戸惑う。
「い、いや。美味しくないなんてとんでもない」
(なんだ、ちゃんと愛はあるじゃないか...)
「ただ、この懐かしい味と俺好みの味付けが今でも変わってないのが嬉しくて、安心して、つい...」
「安心、ですか?」
「いや、なんでもない。こっちの事情だ」
「そう、ですか...」
(誰がれいかの心はもう壊れたなんて言ったんだ。全然ふつうの女の子じゃないか)
それに本人は気づいていないが、湊斗を想う気持ちは麗華の心の底で静かに、それでいて確実に息をしている。それがこの一口で伝わってきた。それだけで湊斗が頑張る理由は十分だった。
「心の底から幸せを味わえたよ。ありがとう」
「っ、」
本心から想いを伝える。それは本心からの言葉じゃないと意味が無い。だってそうだろ?今、目の前にいる麗華を見れば、それは一目瞭然なんだから。
(数年ぶりに、やっとその美しい瞳を見せてくれたね)
麗華の瞳はいつもの碧眼ではなく、ルビーのように美しく、それでいてまだ“弱々しく”赤色に輝いていた。
(まずは一歩前進、かな?)
その美しい紅玉の瞳が、当時の輝きを取り戻せる日を夢見て俺は頑張るから。だから、麗華はもう安心して高校生として儚い青春のひと時を過ごして欲しい。だって、麗華は--
「今まで本当によく頑張ったね」
今まで俺がいない間、麗華は本当によく耐えてくれた。だからここからは、将来の王子様に任せて欲しい。
君を全力で救うよ。そして、この命が燃え尽きるその一瞬まで、君の傍にいるよ。
もう二度と、麗華を独りにはしない。
※※※
気がつけば、湊斗の最初の登校日はすでに終わりを迎えていた。
「はい、皆。席に着いて」
西城先生がHRを始める。
「今日からこの学校に一条君が来た。分からないことも多々あると思う。なので皆は優しくサポートするように。以上」
思ったよりも早くHRが終わり、生徒は徐々に教室から出ていく。
そこで右隣から--
「一条くん、その...放課後空いてる?」
「ん?別に今日は大した予定は無いな」
「じ、じゃあ、この後カフェでもどうかな?」
左隣の麗華を見るが特に変わりはなく、どうやらこれから教室に残って勉強するようだ。
「わかった。いいよ」
「やった!それじゃあ、行こっか」
こうして湊斗は、人生初の女の子とふたりきりでカフェに行くことになった。
※※※
しばらくするとお洒落なカフェに着いて、湊斗はアイスコーヒーを、
「ごめんね、急に誘っちゃって」
「いや、全然大丈夫だよ。それより体調はもう良くなったのか?」
「うん!もう全然元気だよ〜」
「そっか、それならよかった」
それにしても--
「さっきから周りの人たちがやけにこっちを見ている気がするんだが、俺の気のせいか?」
ここに来るまでも、天宮さんと並んで歩いていると、通りすがりの人たちが何故か振り向いてきた。
それは天宮さんには心当たりがあるようで--
「い、言いにくいんだけど...その、私、電車なんかに乗ってる時によく痴漢に合うんだよね...」
「...」
(なるほど、)
それを聞いて湊斗は察した。
「で、でも今は大丈夫だよ。今は電車で通うのを辞めて、車で送ってもらってるし...」
「そうなのか」
(それにしても、この向けられる視線はあまり心地の良いものでもないだろうに...)
「だから、心配しなくても大丈夫だよ!」
天宮さんはそう言うが、少々心配なのでお節介かもしれないが、こんな提案をしてみる--
「でも、これからもそういった場面に出くわすかもしれないから、その時には遠慮なく呼んで欲しい」
「え、それってどういう...」
「連絡先を交換しよう」
「...」
どうしたんだろう、天宮さんの耳が真っ赤だ。やっぱりまだ熱が--
「よ、よろしくお願いしますっ、」
「ん?まぁ、困ったら遠慮なく連絡してよ」
「は、はぃ」
よろしくお願いします。とは何だか変な感じだが、まぁいい。これで天宮さんも少しは安心して過ごせるだろう。
※※※
「ありがとうございましたー」
店員がそう言い、カフェを後にした二人は、ゆっくりと夕暮れの美しい桜並木を歩いている。
「今日は本当にありがとう。転校初日で疲れてるのに、わざわざ来てくれて...」
「ん?別に問題ないよ。俺も初日でさっそく友達ができて嬉しいし、こちらこそ誘ってくれてありがとう」
むしろお礼を言うのはこちらの方だろう。
「友達...」
何故か天宮さんは少し俯いて、悲しそうな目をしてそう呟いた。
「ん?天宮さん、どうしたの?」
「い、いや。なんでもない...」
「そっか、」
(俺の勘違いか?まぁいいか...)
天宮さんはこの妙にしんみりとした空気を変えるためか、新しい話を振ってきた。
「そう言えば、明日のことで一条くんは知ってるのかな?」
「何かあるのか?」
(明日は何かあっただろうか、)
少し考えたが、西城先生は何も言ってなかったし、特に何もない気がするが...
「この征華学園は少し特殊でね、一年生から三年生の全校生徒で受けるテストがあるんだけど、先生からは聞いてるのかな?」
「え?」
西城先生からは、全くそんな話聞いていない。
もしかして、俺にわざと教えなかったのか...
「でも、このテストって普通に高校全ての範囲から出題されるから、私たちまだ二年生なったばっかりだし、全然解けないんだけどね」
なるほど。やはり日本トップレベルの学力を誇るだけあって、やることも普通じゃないってわけか。しかし、ここで一つの疑問が生まれる。
「それって、点数が良かったら何か良い事でもあるのか?」
さすがに三年生は高い点数を取っても不思議ではないが、二年生や一年生が受けても点数はそこまで良くないだろう。しかし毎年やっているということは、苦情も少ないということだ。
つまり、学年が低いほどリターンが大きくないと 一、二年生が受けてもそれほどメリットが無いし、成り立たないのではないかと考えた。
「一条くん鋭いね 笑」
どうやら俺の推測は合っていたようだ。
「そうだよ。学年が低くて点数が高ければ高いほど、良い恩恵を受けられるね」
「ふーん、そうなのか。ちなみに一番上はどんなのが貰えるんだ?」
興味本位で、一番上は何が貰えるのかを聞いてみる。
「えーっとね、簡単なので言えば選挙戦をパスして生徒会に入れる権利とかかな、」
(なるほど、)
「一番上で生徒会に入れる権利だったら、それとなく入ったら良い事があるんだろうね」
「そうだねー、征華学園の生徒会ともなれば、卒業したら有名企業には楽々入れるだろうね」
「なるほど、将来のためってわけか」
「ちなみに、一年生や二年生で生徒会に入っている人っているのか?」
これも純粋に気になったので聞いてみた。
「実はね、この征華学園が創設されてから史上初の一年生でいきなり生徒会に入った子がいるね。しかも、現書記の--」
(ふーん、そんな凄いやつがいるのか)
感心していたら、湊斗の予想外の人物の名前が心白の口から告げられた。
「二年一組の、一ノ瀬 麗華さんだね」
「ん?」
湊斗はこれから麗華と改めて仲良くならないといけない。しかし、今現在 抱えている問題の中に、麗華と接する時間があまりにも少ないことが唯一の悩みだった。しかし、麗華が生徒会に所属しているともなれば、明日のテストで湊斗は絶対にトップクラスの点数を取らなければならない。
(おいおい、まじかよ。それだと話が変わってくるな)
「.....」
しばらく考える湊斗。
そして--
「よし、決めた。」
「ん?どうしたの一条くん?」
「そのテストで、生徒会への切符を貰うことにする」
「...」
「いくら一条くんでも、それはさすがに...」
そう思うのが当然だ。なんせ自己紹介でも言ったが、俺にとっては初めての高校。つまり、高校一年生は受けていない。しかし、麗華との距離を確実に縮めるためには、このチャンスは
“絶対に”逃せない。
(仕方ないな。入学してさっそくだが--)
「少しばかり本気を出すことにしよう」
決戦の日は明日。
湊斗の穏やかな目はいつもとは異なり、
未来を見透かすような真剣な目をしていた--
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