第1話 将来を誓い合った二人の再会
「この子を悪魔と呼んで楽しいか?」
高校生とは思えない程の迫力がそこにはあった。先程まで賑わっていた教室は、今では静寂に満ちている。
そこで西城先生が--
「はいはい、そこまでにしなさい」
手を叩きながらこの場を中断する。
「皆は少し言い過ぎだ。一ノ瀬に謝りなさい」
「うっ、」
少し黙り込んでから、そいつは口を開ける。
「い、一ノ瀬、言い過ぎた。ごめん」
(ふーん。こいつら、頭は良いだけあって意外と素直だな)
そんな事を思っていると西城先生が--
「一条くん、君はこの学校に来たばっかりなんだから、あまり騒ぎは起こさないように。あと、この後職員室に来るように」
「...?」
「まぁいい、皆はこれから仲良くするように。以上」
“ガラガラ、バタンッ”
西城先生が教室から出ていくと、少し教室の空気が軽くなった。
※※※
(はぁ、転校初日でこんなことになるとは...)
足取り重く職員室へと向かう。しかし--
「いや、職員室ってどこだよ」
唯一今持っているこの紙には、2-1の場所しか記されていなかった。
そんなこんなで迷っていると--
ボブで透き通るような白髪の、いかにも
“天使”みたいな女の子に話しかけられた。
「ね、ねぇ。一条くん、さっきは凄かったね!」
「ん?きみは...」
「私は、
「あ、そうなんだ。ごめん気づいてあげられなくて」
「全然大丈夫だよ、さっきはそれどころじゃなかったしね笑」
「それで、天宮さんは俺に何か用?」
「何か用ってわけでもないんだけど、一条くんが自己紹介で言ってたから、この学校のこと教えてあげようかと思って...」
「ありがとう。ちょうど職員室への行き方が分からなくて迷ってたから」
「良かった〜。じゃあ、職員室まで一緒に行こっか!」
「助かるよ」
こうして湊斗は
「すいません、西城先生はいらっしゃいますか?」
少しして、職員室の奥から西城先生が出てきた。
「先生、それで俺に何用ですか?」
純粋な疑問を問う。
「ここで話すのもなんだから、こっちの部屋で話そう。そして、天宮さんは廊下で待っててね」
何故か別の部屋に移り、天宮さんに聞かれたらまずいのか、俺と先生だけで話をする。
「さっそくだが、一条君にお願いがあるんだけどいいかな?」
「お願い、ですか?」
「そうそう。一ノ瀬さんのことでね」
「...」
いきなり麗華の名前が出てきて少々戸惑った。
「今の一ノ瀬さんの状態は、さっきの教室でも分かったと思うんだけど、あまり良くないんだよね」
「一ノ瀬さんは“あの瞳”のせいで、小学校、中学校、約9年間に渡って 悪魔。化け物。と言われ続けて今では完全に心を閉ざしている」
「...」
きっかけは、些細なことから始まった。
小学校で麗華の美しい容姿に反感を抱いたクラスのリーダー格の女子たちが、「一ノ瀬さんって、人間じゃないらしいよ」などと言いふらした所から徐々に大きくなり、今に至る。
と、西城先生は教えてくれた。
(やっぱり、そうだったか...)
湊斗は、大方そんな感じだろうと予想していたので、それほど驚きはしなかったが、自分がいない間にそんな事になっていた。という事実には、非常に胸が痛んだ。
「そこでなんだが、一条君には一ノ瀬さんの壊れた心を治して欲しいと思っている」
「.......」
しばらくの沈黙が流れる。
「あの、お言葉ですが先生。それは今のれいかの状態を完全に踏まえた上での提案ですか?深刻なこの状況を少々甘く見てませんか?」
当たり前だ。壊れてしまった人の心を、簡単に治せなんてふざけている。
「申し訳ないが、教師にはこの問題を解決できない。それとも、一ノ瀬さんを見捨てるのか?」
「っ、」
(もちろん麗華を幸せにするのは当たり前だ)
「それに、幼い頃の二人を知っているが故の
一条君への頼みなんだけどね」
「はい?」
(今、この先生は何を言った?幼い頃の俺たちを知っている?つまり、その後の俺の事も--)
「そんな目を向けられる覚えはないんだが、まぁいい。一ノ瀬さんは頼んだよ」
そうして湊斗と西城先生との話は終わった。
※※※
「あ!一条くん!何はなして--」
「...」
「ん?どうしたの、天宮さん」
「いや、なんでもないよ...」
そこで湊斗は気がついた。
(あっ、少し怖い顔になってたかも...)
「天宮さん、ごめん。怖がらせて」
「ううん、全然。それより大丈夫?」
何かを察したのか、天宮さんは優しい声で心配してくれた。
「俺は大丈夫だよ。天宮さんは優しいね」
「えっ!?」
「ぜっ、全然ふつうだよ...」
「人の心に当たり前のように寄り添えるのは、天宮さんは本当に優しい人だね」
「っっっつ、」
“バタンッ”
そこで心白の意識は途絶えてしまった--
※※※
「んっ、わたし...」
「よかった、目が覚めて」
ここは征華学園の保健室。湊斗の目の前でいきなり倒れた心白は、湊斗に運ばれて今はこうしてベッドで横になっている。
「あれ、先生は...?」
「さっき、ちょうど出ていったな」
「そ、そう、なんだ...」
時計の針がゆっくりと、それでいて止まることなく時を刻んでいく音が、やけに大きく聞こえる。
「あ、ありがとう。運んでくれて。その...わたし、おもかったでしょ?」
「ん?全然。むしろ軽かったよ」
本心からそう言ったので心白は目を丸くしたが、湊斗は鍛えているので、女の子一人を運ぶくらい全然余裕だった。
「そ、それなら...よかった」
しかし心白は程よく肉付きが良いので、おっぱいも高校生にしては中々に大きい。それ目当てで寄ってくる男もいるので、良い事ばかりでもないのである。
「まだ顔が少し赤いな、大丈夫か?」
「へ?」
湊斗は心白のおでこに、自分の手のひらを合わせて熱がないか確認する。
「まだかなり熱いな。本当に大丈夫か?」
「わ、わたしは全然大丈夫だから!早くしないと次の授業遅れちゃうよ!」
「え、でも天宮さんまだ熱あるし--」
「私のことは気にしないで!元気だから!」
天宮さんはそう言い、俺は半ば強引に追い出された。
ベッドに再び戻った心白はというと--
(一条くん、それは反則だよぉ...)
ひとりベッドの上で悶えていた。
※※※
「ふぅ、」
(次の授業は現代文か。始まるまであと三分、それはいいが...)
「あれ、教室どこだっけ?」
職員室に呼ばれ、その後別室で西城先生と話をして、倒れた天宮さんを保健室まで運んで、おまけに校舎がかなりの規模なので、湊斗は教室の場所が分からなくなっていた。
「ちょっと困ったな...」
ここは一体何処なんだ--
※※※
(危ない危ない、転校初日で遅刻するところだった)
さすがにこの学校の規模を考慮してか、校内にはフロアの案内板がいくつかあったので、湊斗はそれを見てなんとか戻って来れたのだった。
「はい、それでは授業を始めます」
そうして無事に現代文の授業が始まった。
「--であるからして、ここは--と答える。ここでのポイントは登場人物の心情には流されず、しっかり筆者の考えを理解することだ」
(今日は色々あったから少し疲れたな)
隣を見ると姿勢よく座り、真面目に授業を受けている麗華が見えた。
(それにしても、れいかは一段ときれいになったな...)
(いや、昔から可愛いんだけどなんて言うんだろ。女性としての魅力が増した?そんな感じだ)
しばらく麗華を見ていたので、その視線に気がついたのか、麗華は少し冷たい目を湊斗に向けた。
「なんですか」
「いや、れいかと同じ空間にいるのが懐かしくって」
はにかんだ顔をして優しく返してあげる。
しかし、その冷たい表情は変わらない。
「...」
(そうか、れいかの瞳には俺が映ってないのか...)
麗華の瞳は “今は” くすんでいる。
それでも、一条湊斗を思い出させるほどの愛を麗華に伝えて、その愛と同等の愛を俺に伝えてくれる時がいつか来くるのなら。
その時は、お互い心の底から幸せに笑えるのかな。男は度胸、女は愛嬌。だもんな...
その日が来るまで俺は一方通行なこの想いを、諦めず麗華に伝え続けるよ。
それでも、
近いうちにその美しい瞳で、成長した俺を見て欲しいな。
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