第70話「カラミティ・アラクネ後編」

 以前にも利用した事のあるシールドの足場。

 それに足を乗せて、全力で次々に展開されるシールドに飛び乗って上空に上がっていく。


 心臓の鼓動が大きい、さっきからずっとワクワクが止まらない。

 こんなに皆で一体になり、戦う感覚は生れて初めてだった。


 だって今までの自分は、ただ振られた役割をこなそうと一人奮闘していただけだったから。

 思えば隣に並び立って、誰かと一緒に戦場に立ったことは一度もない。


 全員が本気でボスを倒す為に、自分の意思で考えて互いのフォローをしながら戦う。

 あんなにも苦戦した〈カラミティ・アラクネ〉を此処まで追い詰めた事なんてない。


 楽しい、この一瞬の一つ一つが楽しい!

 久しぶりにVRMMOを、肌で全力で楽しんでいるワクワク感がこの一ヶ月間ずっと続いている!


 文字通り道を作り出す彼女の隣で、撃ち落とさんとする敵の攻撃を弓で迎撃しながら足場を蹴り跳ぶ。

 まるでシールドの足場は、ミカゲの行く道を照らす天使の導きに見えた。


「そういえば、羽があっても飛べないんだね」


「残念ながら滑空くらいしかできません、飛行はセラフブレットの〈ツエーン・ブースト〉以上で機能が解放されるらしいです」


「それじゃ頑張って、今後の事も考えて〈アダマンタイトの欠片〉集めをしないといけないね」


「付き合ってくれるんですか?」


「もちろん、いくらでも付き合うよ。ミカゲは──チームメイトだから」


 それはゲーム内だけの交友ではない。

 この後に控えている第二階層突破記念、その集まりに声を掛けられているミカゲは眦を吊り上げた。


「シエルさんの家で集まるパーティーにも、ミカゲは参加するからね!」


 それは前に大きく踏み出すため、覚悟を決めた宣言であった。

 ミカゲの言葉を聞いたシエルは口元を緩めて、天使のような笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、楽しみですね!」


「うん、だから協力して!」


「こいつをさっさと倒しちゃいましょう!」


〈ワイズマン・ファクトリー〉で更に強化された弓を構えミカゲは弦を引き絞る。

 シエルはシールドで更に道を作り、振り返らずに先に進む。


 だがアラクネの前には糸で幾重にも作られた障壁がある。

 アレを突破するのは難しい。破壊できるのは恐らく最強の属性攻撃ができる自分だけだ。


 ミカゲが選択したのはリッカとの戦いで使用した、火の最上級魔術〈エクスプロージョン〉。

 灼熱の爆炎を弓に圧縮、超高熱エネルギーを矢に形成し狙いをアラクネにつける。


「天の道を穿ち作れ──〈エクスプロージョン・ミストルティン〉ッ!!」


 糸で構築された障壁に真紅の矢が着弾、炸裂して大きな穴を穿った。

 ボスまでの道を作ったミカゲは、大好きなリーダーの背に大声で告げた。


「そのまま行って、!」







 ありがとうございます、ミカゲ先輩。

 心強い先輩が作ってくれた道、このチャンスを逃すことはけして許されない。


 ガンソードの柄を握り締めたボクは、援護をもらいながら前に進む。

 当然アラクネはボクを撃ち落とすために、糸を両手から発生させてそれを剣の形状にする。


 更に糸に毒を吐きつけることで、エラーを発生させる邪悪なヴェノムソードが誕生した。

 流石にあれはミカゲ先輩でも、どうにもする事はできない。


「ここまで守ってもらったんだ、ここからはボク達の番だよ!」


「メタ!」


 装備しているブレストプレートを解除、シールドの弾丸を放り投げる。

 空中に跳んでそれを食った


 AGIは少量減少するが、その代わりにHPとVITが四桁以上まで上昇した。

 これぞメタちゃんの最終奥義、メタモルフォーゼ〈ブレストプレートバージョン〉だ。


 ボクの装備品となった事でステータスが統合される。

 そして切札はこれだけではない、四つの弾丸を取り出したボクはそれを回転式弾倉に装填する。


「展開──〈アクセラレータ・ゲート〉」


 引き金を連続で引き、自分の前方に五つのゲートを展開した。

 シールドの土台を強く踏みしめ〈ソニックダッシュ〉を使用し全力で前に飛びだす。


 瞬間的な加速はゲートを潜るごとに加速を与え、五つの加速を得たボクの身体は音速を越える。

 振り下ろされるヴェノムソードに対し、手にした純白のガンソードを振り上げた。


「セラフィックスキル──〈セラフ・アインス・リバイズソード〉ッ!」


 正面から衝突する二つの刃、凄まじい衝撃波が生じて一瞬だけ拮抗する。

 エラーの毒汚染と修正の力がせめぎ合う。


 大質量の刃との衝突でHPがゴリゴリ削れている。

 ボスモンスターの一撃は、重量では圧倒的に負けている為にスリップダメージが発生する仕様。

 故にこのままだと、先にくたばるのはボクの方だ。


 気を緩めると押し負けそうになる。

 でもここで負けるわけにはいかない。みんなの力で此処まで来れたのだ。

 これはボク一人ではけして到達できなかった討伐のチャンス。


 負けられない、負けたくない。


 この一撃にはみんなの思いが込められているのだから。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


「メッタアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 パートナーと共に雄叫びを上げて刃を前に押し続ける。

 その末に敵が手にするヴェノムソードに大きな亀裂が入った。


「──シエルちゃん、行けぇ!」


 背後から少女の一押しを貰い、遂にはアラクネの手にしていた剣が砕け散った。

 せき止められていたエネルギーは、推進力となってボクを前に進め。


 振り下ろした純白の剣を、アラクネの額に叩きつける。


『AAAAaaaaaaaaaaaaaaaaa!!?』


 断末魔の悲鳴を上げながら、光に包まれたボスの身体は光の粒子となって散る。

 ボクの目の前に表示されたのは、一ヶ月前に見た通知だった。


【Quest Complete】


 足場を失ったボクは、そのまま自由落下する。


「ミカゲ先輩?」


 そこに足場のシールドが消失したミカゲ先輩が合流してきた。

 ボク達は手を繋ぎ、地面に向かって物凄い勢いで落ちる。


「し、死ぬ……」


「その心配はいりませんよ、言ったじゃないですか滑空ならできるって」


 純白の羽を広げると、勢いは軽減してゆっくり地面に下りていく。

 ボクは両手を繋ぎながら、彼女に笑みを向けた。


「勝利の凱旋ですね、ミカゲ先輩」


「そうだね。グッドゲームだったよ、シエルちゃ……さん」


 頬を赤くして付け加えるミカゲ先輩。

 恥ずかしそうにする様子は、見ていてとても微笑ましいものだった。


「ミカゲ先輩、どうぞちゃん呼びして下さい」


「ふぇ、そそそんな……さっきのは勢いで言っただけで……」


「えー、心の距離が縮まった感じがして、すごく嬉しかったのに」


「そ、それじゃ………………し、シエルちゃん」


 心の距離が大きく縮まった、それを実感する呼び方を心から嬉しいと思う。

 地面に下りたボク達は、シース姉さん達と勝利を喜び合い。


 遂に第三層進出の権利を獲得したのであった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る