第69話「カラミティ・アラクネ中編」

 無数のエラー表記で再構築された女王蜘蛛。

 ノイズが体中を走っているその姿は異様で、耳に届く叫び声は人々の怨念を凝縮したような闇を感じる。


 頭上に表示されていた名前は文字化けして読めない。

 HPゲージもバグっていて、増えたり減ったりして安定していない。


 通常なら運営にバグ報告案件レベルの異常事態だ。

 コレを見に来た数百万人単位の視聴者達も、テンションが最高潮に達している。


 真っ黒な身体に金色の双眸を輝かせ、アラクネはボク達を見下ろす。

 まったく、なんて威圧感だ。フロア全体の空気がビリビリ震え、邪悪な怪物の放つ圧にボクは武者震いした。


『Raaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』


「みんな来るよ!」


「「「了解!!!」」」


 敵の周囲に出現したのは、バグに汚染されたガーディアンウルフの大群と中ボスのビートル。

 それにシース姉さんを筆頭に仲間達が立ち向かう。


『ガトリング、ファイア!』


 ガーディアン君の手にしたガトリング砲が火を噴き、ボクの修正の力を込めた無数の弾丸が叩き込まれる。

 だが数秒間の硬直を発生させる程度で、彼等を正常に戻すことはできなかった。


『すみません、足止めが限界のようデース』


『ワン!』


 十分だと言ってガウルフ君達は純白の光を纏い、体当たりを敢行し彼等を正常に戻していく。

 その光景を尻目にビートルを相手にするシース姉さん達は、息の合った連携で一体一体と撃破する。


 リッカとユウとミカゲ先輩も、それに負けじと奮闘している。

 一体も通さんとする仲間達を視界に収めながら、ボクはガンソードに六発の弾丸を込る。


「いくよ──〈セラフ・グランドブレット〉ゼクス・ブースト!」


 六回の引き金を引いた後、ガンソードの刃がスライド展開する。

 背中からはニ枚の天翼が生えて、頭上には小さな光輪が浮かんだ。


 当然この姿になったボクを相手に、アラクネも棒立ちはしない。

 ヘイトが向けられ、この場から排除せんと毒の息吹を放ってくる。


 色は真っ黒で表面は汚染の影響を受けているのか、ノイズだらけで触れる地面や空気を溶解させる。


 仲間達は射線から避難するが、巻き込まれた敵のガウルフやビートル達は跡形もなく消滅した。

 規模も速度も規格外、これは避けるのは無理だ。


 受けたら完全毒無効のスキルでも防げれるか分からない。

 そうなると、できる事は一つだけ。


「メタ!」


「お願い、メタちゃん!」


 パートナーの呼びかけに応じ、シールドの弾丸を放り投げる。

 それを一飲みしたメタちゃんは、純白の輝きを放ちブレスに立ちはだかる障壁となった。


「メタメタ―!」


 ジュワアアア、と障壁を溶かさんとする嫌な音が耳に届く。

 しかしメタちゃんは、一切怯むことなく受け続けた。


 ブレスは勢いを失い消失し、メタちゃんがメタモルフォーゼを解除する。

 そのタイミングでボクは、トリガーに指を掛け祝詞のりと寿ことほぐ。


 天に輝く星々よ。

 あらゆる邪悪を浄化せし六つの光輝。

 我が前に立ちはだかる世界をおびやかす災厄を討ち払え。


「〈ヘキサグラム・リバイズブレット〉!」


 六芒星を展開、六つの流星弾が空間を切り裂いて敵に着弾する。

 アラクネは自身に迫る修正の力に対し、クモの脚を重ね防御の構えを取った。


 ムダだ、その防御ごとボクの弾丸は撃ち抜く。

 着弾した弾丸は敵の脚を消し飛ばし、その身体に六つの風穴を穿たんとする。


 勝負は決まった、だれもがそう思った瞬間だった。

 最後の一撃が上半身に叩き込まれるギリギリ、アラクネは両手から糸を展開し上に受け流した。

 更に弾丸五発が刺さり、崩壊する下半身を糸で切り離した。


「……は?」


 女性の上半身だけとなった敵は周囲にクモの糸を使用、地面に落下する前に空中で停止する。

 普通では有り得ない現象に、ボクは思わず言葉を失った。


 修正の力を受けた下半身を切り離しただと?


 驚きの余り固まっていると、障壁を解除して地面に着地したメタちゃんが苦しそうにしている事に気付く。

 マズイ、やはりさっきの攻撃に耐えられなかったのか。


「メタちゃん!」


「めた~」


 慌てて駆け寄り、目をまわすメタちゃんの身体にノイズが発生している事に気付く。

 その部分にボクが触れると、直ぐに純白の光によって修正されノイズは消えた。

 バグっていたHPは、残り二割以下になっていてゾッと背筋が凍る。


「回復します!」


 全体に回復スキルを行使したソフィアさんのお陰で、ダメージを受けていた全員は回復した。

 ぐったりしていたメタちゃんも全快し、顔色が良くなってボクは一安心する。


「ありがとう。後は頑張るから、メタちゃんはボクのストレージに戻って」


「……メタッ!」


「まだ戦う? ダメだよ、さっきはギリギリ耐えられたけど、次も耐えられる保証は……」


「メタメタ!!」


「……わかった、わかったよ。そこまで言うなら連れて行くよ」


 メタちゃんの懇願を聞き入れ、開いていたウィンドウ画面を閉じる。

 上空にいる敵を見据えると、自身の糸で空中に留まっているアラクネは宙に浮いているだけで移動できない状態になっていた。


 先程の防御を考えるのなら、恐らくこの最後の一発でアレを撃ち抜くのは難しい。

 ならば直接、ヤツに斬撃を叩き込むしかない。


 現在の砲撃形態を解除。

 ガンモードからソードモードに切り替える。

 メタちゃんを肩に乗せたボクは回転式弾倉を展開し〈アダマンタイト・ブレット〉一発とシールドの弾丸を五発込めた。


「チャンスは一度だけ、この〈アダマンタイト〉の攻撃を外したら恐らく後はない……」


 アダマンタイトは入手経路が限られた希少金属だ。

 この階層で集めることができたのは七発分だけ。


 その内の六発で仕留めきれなかったのは、慎重さが足りなかったから。

 果たしてやれるか。緊張の面持ちをすると、ミカゲ先輩が前線から戻ってきた。


「シエルさん、アラクネが守りを固めているのを見てきた。狙撃できるミカゲが援護するよ!」


「ミカゲ先輩、前線は……?」


「リッカさんとユウさんが、ガーディアンさん達と頑張るって! ミカゲはこっちでシエルさんのサポートをして欲しいってお願いされたの!」


「……すみません、助かります」


 恐らくこれが最後にしてラストチャンス。

 ボクはガンソードを握り締め、足場となるシールドの弾丸を放った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る