第66話「賢者の間」

 ファーストエリアに移動したボク達は、ハチミツをネクターに渡しクエストを完了する。

 10000個ものハチミツを受け取った彼女は、歓喜に震えて綺麗なお辞儀を見せた。


「ありがとうございます。これで一年は不測の事態があっても運営できます」


「えっと、それで報酬は……」


「はい、ではこちらにどうぞ」


 そう言って彼女は報酬の『賢者の間』に案内する為に、その場から二歩だけ後ろに下がる。

 指を擦り鳴らすと、なんと今までネクターが立っていた場所がスライド展開した。


「お、おおおおお……」


「こんな場所に隠されてたのかよ!?」


「これは分かるわけないわ……」


「秘密基地みたいでかっこいい……」


 ビックリするボク達にネクターさんは「後ろについて来てください」と言って階段を下りる。

 その後ろに並んで全員が下りると、他の人が入って来られないように地下の扉は閉じて真っ暗になった。


 直ぐにライトがついて通路を明るく照らす。

 先を進むネクターさんの後に続いて、やたら長い年季のある階段をボク達はひたすら下りる。


 数分くらい掛けて下りた先には、円形で大きな空間が広がっていた。

 中は毎日掃除しているのか、汚れや埃は全くなかった。


「ここはハチミツの貯蔵庫とスキル作工房を兼ねた私の家です。賢者様の部屋はこちらにあります」


 並んでいる部屋の中、ネクターは『K』と刻印された鉄の扉に歩み寄る。

 手をかざしたら、扉はロックが解除されてゆっくり左右にスライド展開した。


 一緒に中に入ってみると室内はベッドと、大きなテーブルが一つあるだけだった。

 研究室というよりは仮眠室みたいな感じだ。


 生活するには物がなさすぎるし、テーブルの上には鍵が一つ残されているだけ。

 もしかしたら自身の研究成果とか、そういった重要な物は残さなかったのかもしれない。


 一先ずボクはテーブルに歩み寄り、鍵についてネクターさんに尋ねた。


「えっと、これは触っても良いかな?」


「それは持っていってください。ここを求める者達がきたら、ここにあるのは全て渡すように言われているので大丈夫です」


「そういうことなら遠慮なく」


 テーブルの上にあった鍵を手にする。

 材質はアイアンやスチールとは全く違う様だ。


 金色に輝いている事から黄金かと思いプロパティを見るが、鍵に関する詳細は全く分からなかった。

 なんだこの見ても触っても分からないアイテムは、まさかバグっているのか。


 そう思った直後、鍵を持つボクの手が純白の光を放つ。

 なんでここで修正の力が。まさか本当にバグっていたのか。


 混乱する中、鍵から女性の声が聞こえてきた。


【〈リバイズ〉を確認。データ照合開始、完了】


【パーティー四人、秘匿データをアンロックします】


「アンロック?」


 意味不明なメッセージを告げられた後、手にしていた鍵が一枚の古代文字で記された紙に変わる。

 変化はそれだけではなく、何もなかった空間に見た事がない大きな台座が四つ出現した。


「うわー、なんかすごいことになった」


「ほー、隠されてたのか」


「アニメとか漫画だと、良くあるヤツね」


「ミカゲ、こういうの大好き……」


 用途の分からない台座に近づき、リッカ達は物珍しそうに観察する。

 隣にいるネクターさんは口を半開きにして、その光景に対し驚きの余り固まっていた。


「生まれた時からここにいますが、このような現象は一度も見た事ない……」


「あの台座ってなんだろう?」


「すみません、私にもさっぱり……」


 取りあえず古代文は後でエミリーさん達に渡すとして、ボクは謎の台座に近付いてみた。


【〈ワイズマン・ファクトリー〉をご利用しますか?】


「え、なにそれ」


【この台座に所持されている武器を置くことで、一度だけワンランク上にアップグレードできます。アップグレードした武器は元に戻せないのでお気を付けください】


「もしかして〈ヴァリアブル・ガンソード〉を強化できる?」


 試しに召喚した相棒を台座に置いてみる。

 するとメニュー画面が出現して【〈イルシデイション・ガンソード〉にアップグレードできます】と表記された。


 最大強化値は──驚異の『50』!!

 ボクのガンソードの最大強化値は20、つまり単純性能でいうと二倍以上のスペックを持つ事を意味する。

 一応念のために強化後のプロパティを確認してみた。


「要求値はINT500、ギリギリクリアしているね………って、弾丸装填数が六発に増えるの!?」


 今までは五発を使い切ったら再装填していたが、一発増えるのは凄く有り難いし。


「なによりもスゴイのは一回の装填で〈ゼクス・ブースト〉が使用できるようになることだよ」


 超絶強化されたガンソード、こんなのアップグレードしない選択なんて有り得ない。

 迷わずに『OK』ボタンをタッチしたら、白銀のガンソードは剣身に天使の刻印が施されて生まれ変わった。


「……これは、すごい」


 グリップを持っただけで、このガンソードがどれだけヤバいのか伝わってくる。

 回転式弾倉に六発の弾丸を込めたボクは試しに一振りしてみた。


「うん、良い重さだ」


「オレの盾もスゴイ事になったぞ!」


「私は杖を強化したわ、これなら第三層攻略まで一緒に戦えそうね」


「……ミカゲは弓を強化したよ」


 各々相棒を強化して、先程イベントに勝利した時以上に頬が緩んでいる。

 ただ残念なのは強化を終えた後〈ワイズマン・ファクトリー〉は役目を終えて消滅した。


「それじゃ、セーフエリアに帰ろうか……と言いたいところだけど」


「まだなにか用が?」


「前にネクターさんの貯蔵庫が汚染にやられたって聞きました。今はどうなっているんですか」


「えっと……無事だったハチミツは避難させて、部屋は封鎖を……」


「案内してください、ボクならそれを除去できるので」


「え、でもそこまでお世話になるには」


「気にしないで下さい、報酬はこの部屋に十二分に貰えたのでアフターサービスみたいなやつです」


「あ、ありがとうございます!」


 それからボクは貯蔵庫に案内してもらい、部屋全体を真っ黒に染めていた汚染を触れて除去した。

 ダメになったと思われたハチミツは、なんと修正の力によって復活。


 ネクターさんはそこで、ボク達が持ってきたハチミツで『完全毒無効スキル』を四つ作りプレゼントしてくれた。

 武器の強化に加えて、ボスで一番厄介な毒の無効化を獲得。


 もはや負ける要素が無くなったボク達は、彼女に見送られてノースエリアに帰還した。

 

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