第40話「嵐を穿つ星撃④」

 

 ……アレ、なんで無事なんだろう。


 黒い嵐が発生した後。

 それが迫ってくる時間はあっという間だった。

 為す術もなく呑み込まれたはず。


 しかしHPは全く減っていない。

 ヒンヤリする大理石のような床に、ボクの身体は寝転がっていた。


「ううん……ありぇ、誰かくっついてる……」


 身体の上に覆い被さる形で誰かが倒れている。

 上半身を起こし確認したら、それはHPを残り一割まで減少させたソフィアさんだった。


 スタン状態で動けない彼女。

 だがどこか幸せそうな顔をしていた。

 ボクは慌てて取り出したポーションを、彼女に掛けて全回復させる。


「……えへへ、ありがとうございます。とっさに押し倒してすみません。あのままだと直撃していたので、とっさに盾になる事しかできませんでした」


「そ、ソフィアさん、ボクの方こそ助けてくれてありがとうございます」


「良いんですよ。1分間動けないみたいですけど、シエルさんを合法的に抱きしめられたのですから結果オーライの大満足です……にゅふふ」


 助けてくれた彼女は、不気味な笑い声をもらす。

 そういえばブルワークさんと同じで、ソフィアさんも中々にアレだった事を思い出した。


 こんな姿を全世界に生放送して良いのか。

 気になったボクは、先程の嵐を受けても無傷で宙を浮いているカメラを見た。


 チャット欄に書き込んでいる人達は知っているらしい。

 流石は百合姫と大盛り上がりしている。


 緊張感を木っ端みじんにするコメ欄。

 もはや苦笑いするしかない。

 とりあえず地面から起き上がり、ボクは戦況を確認する事にした。


「戦闘音が全くしていなかったけど、シース姉さん達だけじゃなく敵も全員スタンしてる……?」


 黒い嵐を受けた者達は、全員一時的なスタン状態に陥っている。

 流石に最前線は近すぎて、誰も反応できなかったらしい。


 全員膝をついた姿勢で完全に固まっていた。


 嵐に近いとスタン時間が長くなるようで、頭上のアイコンが表示する行動不能時間は2分間。

 今この場で動けるのは、ソフィアさんが盾になり直撃を回避できた自分と胸に抱いているメタちゃんだけ。


「せっかく助けてもらったんだ、この戦いを終わらせようメタちゃん!」


「メタ!」


 最高のパートナーと覚悟を胸に、再び右手にガンソードを構える。

 先程中断した砲撃シークエンスを再開。

 五芒星の陣が切っ先に展開される。


 陣に集まるのは無属性の魔力。

 今回使用しているのは〈アダマンタイト〉の弾丸だ。


 ミノタウロス戦で使用した弾丸とは、比較にならないエネルギーが一点に集まっていく。

 ボスフロア全体の空間が大きく震える。

 阻止しようとケンタウロスが放つ風刃は、全て五芒星の陣に阻まれた。


「なんだろう、この感覚は……」


 身体の中から、湧き上がってくる不思議な力。

 温かくて全てを包んでくれるような、優しい光が身体の中を満たす。


 恐らくこれが、バグを修正する〈リバイズ〉と呼ばれる力なんだろう。

 安らぎを与える光は全身だけではない。

 手にしていたガンソードにまで浸透した。


『RRRRRAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』


 自身が持てる最大の技ではないと、この力に通用しないと判断したのか。

 先程の黒嵐を周囲に展開させ、怪物は更にそれを自身の前で圧縮する。


 シールド五枚ですら止められなかった嵐。

 そんなものを圧縮した一撃なんて受けたら、即死することは避けられない。


 修正の力は十分なチャージを終えていない。

 どうやってこのピンチを切り抜けるか。


 眉間に軽くしわを寄せると、ガンソードの先端に乗ったメタちゃんが嵐と相対する。


「メタメタ」


「メタちゃん……うん、任せるよ」


 アイコンタクトで彼が〈シールド〉の弾丸を求めている事を理解する。

 ストレージから出した五つの弾丸。


 それ等をメタちゃんに放り投げる。

 弧を描いた弾丸は、寸分違わず届く。

 大口を開けて全て丸呑みした彼は、勢いよく前に飛び出し巨大な純白の障壁となった。


「メッタァァァァァァァァァァァァッ!」


 敵から放たれたレーザービームのような一撃。

 タンク複数人ですら蒸発しそうなソレを、メタちゃんは真正面から受け止める。


 心の中で負けるなと応援し、ボクは彼のことを信じて力をため続けた。


 五つのシールドを一つに束ね。

 更に防御スキルを全解放したパートナー。

 彼の防御値は、今この世界で最強と言っても過言ではない。


 現に一切の衝撃を背後に通さない。

 メタちゃんは主を守る盾として立ちはだかる。

 コンマ数秒にも満たない刹那の果て。


 嵐の一撃は力を失い、最強の壁に阻まれて散る。


 使命を果たしたメタちゃんは〈メタモルフォーゼ〉を解き、ボクの方を向いた。


「メタメタ!」


「ありがとう、メタちゃん。──これで終わらせるよ!」


 ようやく完成した全てを修正する力。

 五芒星は純白に輝き、光は浴びるだけで敵対してたガーディアン達を漂白する。


 身を守ろうと黒嵐を纏う怪物。

 怪しい光を放つ頭部に照準を定め。

 ボクはトリガーに指を掛け、最後の祝詞のりと寿ことほぐ。


 ──天に輝く星々よ。


 ──あらゆる邪悪を浄化せし五つの光輝。


 ──我が前に立ちはだかる世界をおびやかす災厄を討ち払え。



「──〈ペンタグラム・リバイズブレット〉!!」



 トリガーを引いて解き放たれた流星のような一撃が、先ず敵の竜巻を消し飛ばす。


 続いて二撃目が防御の両手、三撃目がその頭部に隠されていた真っ黒なコアを露出させる。


 四撃がコアに突き刺さり、亀裂の入った部分に最後の光弾が炸裂した。


 吹き出したバグの塊みたいなものは、全て光が修正してその機能を無力化した。


 純白の太陽に包まれたケンタウロスは、断末魔の悲鳴を上げながら粒子となって散る。


 更に光はボスフロア全体の漆黒を漂白し、世界は再び色を取り戻す。


【Quest Complete】


 ようやく目の前に表示された、勝利を告げるメッセージ。


「メッター!」


「うん、やったねメタちゃん!」


 勢いよく飛び跳ねてきたパートナーを胸に受け止める。


 そこにシース姉さん達が駆け寄ってきて、ボクは抱きしめられたり頭を撫でられたりと揉みくちゃになった。


 数百ものガーディアン達からたくさんの拍手を貰う。


 戦いを見守っていた視聴者達から贈られる、お祝いの爆速コメントに感謝しながら。


 ボクは勝利の余韻を噛み締め、満面の笑顔を浮かべた。

 

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