第41話「純白のガンブレイダー」

 クエストをクリアした翌日。

 我が家に校長先生と、担任の女教師がやってきた。


 日曜でも二人はビシッとスーツ姿。

 何も悪いことはしていないが、学校の最高責任者と担任が我が家にいる感覚はとても落ち着かない。


 用件はリアルTS現象が来週の頭。

 全世界で公に発表される事だった。

 この件で学校側は全力でバックアップする方針であり、リアルTSした学生の意向を聞くため、こうして訪問をすることにしたらしい。


 ということは、学校でボクと同じようにTSした人がいるの?


 気になるけど、個人情報なので喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。

 小難しい話は沙耶姉さんが聞いて、ボク個人に対する質問は実にシンプルなモノだった。


 つまり来月から、女子制服で登校するか否か。

 これに関して自分は、以前から考えていたので即答した。


「──ボクは女の子として登校しようと思います」


 昔から女の子になりたかった。

 絶対に叶わないと思っていた願いが叶ったのだ。

 周りの反応は怖いけど、自分が長く願っていた事を否定したくない。


 それに理解者の親友二人が側にいる。

 彼女達がいてくれるから、ボクは恐れず前に進むことができる。

 校長と担任は真剣な顔で頷き、受け止めてくれた。


 話が決まった後は色々と説明があって、書類等に沙耶姉さんがサインをして終わった。

 二人を外まで見送り、リビングに戻ってきたボクはソファーに腰を下ろす。


 校長と教師の面談、無事に終えてよかった。

 背もたれに身を預け、大きな溜息を一つだけ吐く。


「ふう、ちょっとだけ緊張したぁ……」


「お疲れ様、星空。制服の準備はどうしようか」


「優奈達と遊ぶ予定は夜だし、今から二人で行く?」


「分かった、それじゃ出かける準備をしようか」


「ふふふ、なんか二人っきりだとデートみたいだね」


 自室に向かおうとしていた従姉は、目を丸くした後に苦笑する。


「まったく、大人をからかうな……」


 そう言いながらも、沙耶姉さんはどこか嬉しそうに頬を緩めていた。







 約束の時間より一時間早くログインする。

 第二階層に向かったボクは、ノースエリアに降り立った。


 周りは近代都市に森林を生やしたような景色。

 街の作りは第一階層と差はなく、主要な店は周りを見回すだけで確認する事ができる。


 さっと見た感じでは、ベータ版からの大きな変更はなさそうだった。

 各店の位置を確認する中、ふとその中で道具屋に目が留まる。


「そっか、第二階層に来たんだよね……」


 ボスを倒した先日、ボク達はノースエリアで祝賀杯を上げた。

 その際に第一階層から次に向かう旨を伝え。

 お世話になった店主エミリーと錬金術師アメリアから、応援の言葉をもらった。


 当然の事だけど、この第二階層に二人はいない。

 彼女達は第一階層の住人、ボク達と違ってNPCの彼女達は階層移動ができないから。


「第一階層に行けば会えるんだから、寂しくないけどちょっとだけしんみりしちゃうな」


「メタ〜」


『マスターが寂しいのでしたら、音声データを仲間に送ってもらい私が再生しましょうか』


「ガーディアン君、そんな機能搭載してたの?」


 四体の部下を他の角付きに預け、何故かついてきた角突きガーディアン君。

 ストレージに入った状態ではげまそうとするガー君に、ボクは有り難く思いながらも首を横に振った。


「ふふふ、気をつかってくれてありがとう。ボクは大丈夫だよ。それよりもせっかく一足先に来たんだから、使い切った〈セラフペン〉でも買っておこうか」


 周囲には此方を見る者達が複数いる。

 あまり一箇所に留まっていると、変なプレイヤーに話しかけられる恐れがあった。


 昨日の戦いでチャンネル登録者数が100万人超えちゃったからね。

 チームに誘おうって人はいないけど、フレンドになりたい人達は沢山いる。


「フレンド申請をデフォルトにしてたから、昨日はメチャクチャ大変だったなぁ……」


 3桁以上の人達からのフレンド申請とか、もはや絨毯じゅうたん爆撃ばくげきのようなものだった。

 慌てて全拒否した後、VRヘッドセットに登録しているフレンド外からの申請を全オフに変えた。


 有名人は誰もが通る道らしいけど、これは今後の活動が少々不安になってしまう。

 しかも〈ガンブレイダー〉に転職した者達が続出してるらしい。


「生半可な気持ちでガンブレ道は、地獄を見ると思うけどなぁ……」


 店内に入ったボクは、目的のペンを発見して手に取り真っ直ぐレジに向かう。

 会計をお願いしようとしたら、そこには見慣れたドワーフの女性が座っていた。


「よ、ガンブレマスター。セラフのペン10本とか、相変わらず消費量が頭おかしいな」


「え、ええエミリーさん!?」


「もちろん私もいるよ!」


「アメリアさんまで!!?」


 はたきを手に店の奥から、しれっといつものように出てきたエルフ錬金術師。

 ボクは動揺の余り、手にしていたペンを落とす。

 慌てて拾い集めながら、ニヤニヤしている二人を見上げた。


「ど、どどどういうことですか。第一階層にいたお二人が、なんで第二階層に……?」


「店は正常になったガーディアンに任せて、転勤することにしたんだよ。今は店主じゃなくただの下っ端店員さ」


「手続きがメチャクチャ面倒だから、普段こんな面倒なこと絶対にしないんだけどね。

 でもシエル達の活躍を近くで見たいと思って、エミリーと話し合って決めたんだ」


 つまり二人はボク達のために故郷を出て、追い掛けてきてくれたのだ。

 嬉しい気持ちで一杯になった。

 危うく見られているのに涙が溢れそうになる。


 そこに店の扉を開けて、リッカとユウが入ってきた。

 当然二人はエミリー達を見て「なんでここにいるの!?」と驚きの声を上げる。


 ボクが聞かされた説明を受けた二人は、大喜びをして二人との再会を喜んだ。

 ドワーフの女性がアイテムを手にやって来ると、この賑やかな状況に目を丸くした。


「え、え? エミリーちゃん、これはどういう状況ですか!?」


「リリー、店主のアンタにも紹介してやるよ。こいつが第一階層の闇を全て消し去った〈純白のガンブレイダー〉だ」


「〈純白のガンブレイダー〉!? あ、そのお姿は、あの彗星のように現れたチャンネル登録者数100万人のシエル様!」


 NPCの人達もプレイヤーの配信を見ているらしい。

 彼女はウィンドウ画面を表示させて、そこに登録しているボクのチャンネルを見せてきた。


「初めましてシエル様、私はこの店の店主リリーです。シエル様の事は配信動画ランキングで存じ上げていました!」


「ど、どうもシエルです……」


「ふふふ、嬉しいな。シエル様の作業しながら歌うお姿は、作業BGMにピッタリなんですよ。

 お時間も二時間とそこそこ長いので、なんか中毒性もあって無限にループしちゃうんです」


「な、なるほど。そんな需要が……」


「後は眠る前に聞いてると優しい音色が心地よくて、朝までグッスリ安眠できる事でも有名ですよ」


 握り拳で力説するドワーフ美女。

 ただの作業のついでで、そんな意図など全くなかった自分は困惑しかできなかった。


「あの配信が、リリーさんのお役に立てているなら良かったです」


「はい、それでいつかお礼をしたいなと思っていたんですが……。シエル様、よければそちらのアイテムを今回は無償で差し上げたいと思うんですけど、受け取ってもらえないでしょうか」


「え、でも……」


「貰ってやってくれ、昨日から一分おきにシエルがここに来るかどうか聞いてきてうるせぇんだ。それに〈セラフペン〉なら、どうせすぐにまた買いに来るだろ」


「……わかりました、リリーさんありがたく受け取ります」


 エミリーさんに言われ、ボクは〈セラフペン〉をストレージにしまう。


「それじゃ、また二日後にはペンを買いに来ます!」


 店を出たボクは、エミリーさん、アメリアさん、リリーさんに見送られながら安全エリアの外を目指す。

 左右にはパーティーメンバーのリッカとユウが並んで並走した。


「おう、今日はどうするんだ?」


「リッカ、シエルが最初にやることなんて一つに決まってるでしょ」


「もちろん〈鋼片〉集めだよ!」


「メタスチールゥ!」


 サードエリアには植物や昆虫系のモンスターが待ち構えている。

 ガンソードを手にしたボクは、新たな弾丸の素材を求めて仲間達と冒険の世界に飛びだした。



【第一章完】

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