第39話「嵐を穿つ星撃③」

「はぁ、はぁ……」


 もうこれで、終わったのかな。

 体感的には5時間戦っていたような気がする。

 だが実際に確認すると、1時間と半くらいだった。


 クエスト達成の表示は出ている。

 ボスのHPは、完全にゼロになって爆散した。

 流石にここから復活する事は、今までの経験上ないはずだが。


 ……でもなんだろう。


 今まで何度も助けてくれた直感が、油断するなと警告している。

 背筋の真ん中がピリピリする感覚は、昔から自身や身近な人達に迫る危険を全て的中させてきた。


 しかしどれだけ集中しても、敵の存在は全く感じられない。


「シース姉さん、なにか感じる?」


「? いや、私の感覚では敵の気配は感じないな」


 念の為、従姉に聞いてみるけど。

 残念ながら首を横に振られてしまった。

 これはフルダイブゲームの仕様の一つだが、上級ゲーマーは空間に何か有る場合それを知覚できる。


 これは情報圧の察知〈シックスセンス〉と呼称されている、ゲーム外の特殊技能だ。

 例えば隠蔽スキルで隠れていた場合。目では完全に見えないけど、本人が発している気配まで消せないというもの。


 自分は完全にマスターしていないが、シース姉さんは完全にマスターしている。


 彼女が何も感じないという事は、少なくとも何かがいたり出現する兆候はないだろう。

 何度タッチしてもクエスト達成の表示が消えない。

 全員どういうことなのか警戒する中。


 ……周りの空気が変わった。

 美しかった周囲の魔術式が、突如エラー表記で埋め尽くされる。


「な、なにこれ……」


 エラーの文字は中央の装置に集中。

 ケンタウロスの身体を再構築していく。

 幻想的だった気色は黒で埋め尽くされ、再顕現した怪物は暴風をまき散らす。


 異様な光景に全員が固まる中、ボクはようやく何故召喚装置がバグに侵されたのか理解する。


 ──発生源は召喚陣ではなかったのだ。


 そもそも召喚陣を構築していた大元は装置ではなく、壁を埋め尽くす程に展開されていた膨大な魔術式。


 つまり台座を触れるだけでは、第一階層をむしばんでいる原因を取り除くことはできない。


 目の前に浮かんでいた、消えないウィンドウ画面に大きなノイズが発生する。


 ERROR、ERRORERRORERRORERRORERRORERRORERROR─────────


 画面を埋め尽くす、恐怖演出のようなERROR表示。ホラー耐性の低いユウが悲鳴を上げる。


 全員が息を呑む中、全てのメッセージが消える。


 その末に出たのは一つの指令だった。




 ──正ス者、人類ノ闇ヲ修正セヨ。




「メタ!?」


「え?」


 誰よりも敏感に危険を察知したメタちゃん。

 とっさにボクの前で壁になり〈メタル・ガード〉を発動した。


 完全に視界が覆われる寸前。

 巨大な風刃が自分達に向かってくるのが見えた。

 壁を形成した後、物凄い衝撃が叩きつけられる。


「──う、ぐぅ!?」


「メタメタァ!」


 ガギンと衝撃に地面が揺れ、危うく転倒しそうになる。

 風刃による振動が収まった後。メタちゃんが防御を解除したら仲間達がHPを残り、一割以下にまで減少していた。


 とっさにタンクのリッカとブルワークさん達が防御したようだが、大ダメージでスタンしている。


『ここは私が!』


 対戦車ライフルを構えた角付ガーディアンが、ケンタウロスに向かって引き金を引く。

 ズドンと轟音を響かせて空中を飛ぶ弾丸。

 真っ直ぐ頭に命中するけど。


『ッ! ダメージが入りません。スキャンした結果、アレは特殊な汚染で守られています!』


 ライフルが効かなかった事から察するに、通常攻撃は全て同じ結果になるだろう。


「……ど、どうしたら」


 予想していなかった事に、全員眉間にしわを寄せる。

 前方に汚染された〈ガーディアン〉達が出現するのを確認しながら、シース姉さんが推測を語った。


「先ず一つ目。罪を修正しろという事は。恐らくアレはシエルの攻撃しか通用しないと思われる。そして二つ目に、あの嵐の中シエルを連れて行くのはムリだ。という事は残る選択肢は一つしかない」


「シース姉さん……」


「ガンブレイダーの遠距離砲撃に、あの修正のスキルを込めて撃ち込むしかない。……シエル、やれるか?」


 問われて目の前にストレージ画面が表示される。

 そこには、この一週間で奇跡的に入手することができた〈アダマンタイト〉の弾丸が輝いていた。


 まるでやれると言わんばかりに存在を主張する。

 ボクはシース姉さんの言葉に頷いてみせた。


「やった事ないけど、やってみるよ」


「あのガーディアン達からは私達が全力で守るから、全力の一撃を叩き込んでやれ」


「うん、わかった」


 ストレージから取り出したのは五つの弾丸。

 白銀に輝くソレは、依頼を受けて村人達から譲り受けた『アダマンタイト』で作られた特別製。


 十字架に天翼と光輪が描かれた弾丸は、任せろと言わんばかりに純白の輝きを放つ。

 回転式弾倉を展開、五つ全てを込める。


「全力でいくよ。──〈セラフ・グランドブレット〉フュンフ・ブースト!」


 五回の引き金を引いた後、ガンソードの刃がスライド展開した。

 背中からはベータ版の頃と同じく、ニ枚の天翼が生えて頭上には光輪が浮かんでいる。

 この姿は誰がどう見ても、天使にしか見えないだろう。


「久しぶりに見たけど、やっぱ良いわそれ!」


「きゃー! シエルの天使モード来たーッ!」


 とベータ版で見たことがあるリッカとユウは、嬉しそうに緊迫したこの場で写真を連写。


「可愛すぎだろおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「なにそれなにそれなにそれ美しすぎるわ!?」


「……」


 ブルワークさんとソフィアさんは感涙して、シース姉さんは一人無言で頷く。

 生放送の視聴者達は百万人を超えており、その全てがボクの天使姿にハイテンションと化していた。


 もうお祭りのような状態。

 先程の緊張感もどこかに吹っ飛んでしまった。

 これ以上ない士気の高まりに、ユウとソフィアさんの回復を受けながら全員が気合を入れる。


「よーし、英気も養ったし雑魚敵はアタシ達が受け持つ。リッカ、お前達突撃するよ」


「シエルの守りは任せるぞ、メタスラ」


「メタメタ!」


 シース姉さんに任せろ、と答えるメタちゃん。

 向かってくる数百体の敵に、従姉とブルワークとリッカが率いるガーディアン部隊が突撃する。

 角付もガトリングに持ち替えて参戦し、前線は凄まじいぶつかり合いとなった。


「それじゃ、敵が多くて苦戦しそうだし私も最後は大暴れしてくるわ」


「うん、頑張って」


 杖を左手に槍を右手に持ったユウが、拮抗する戦線の戦いに向かっていく。

 バーサークヒーラーの名を持つ彼女は、前衛の誰よりもキレのある動きで敵を圧倒する。

 回復スキルで自身と周りを回復しながら、猛然と戦う姿にソフィアさんが苦笑した。


「なんで前衛職を選ばなかったのか、不思議な戦いっぷりですね」


「前にそれを聞いたんですが、ユウいわく回復しながら戦えば最強だと思ったらしいです」


「根っからの戦闘狂ですか、良いですね」


 VRMMOでは色んなスタイルがいるけど、ユウみたいな前衛回復思考は数少ない。

 何故なら回復職を選べば、当然攻撃スキルを獲得する事はできないから。


 だがシース姉さんの次に、ユウはダメージを出す。

 それは鋭い槍さばきで、的確に急所を叩きクリティカルダメージを出している。


 スキルではなく、自身の技術を用いて戦う槍使い。

 アレこそが後衛職にして、前衛最強の一人だと言わしめた〈閃光の槍〉。


 相方であるリッカは、彼女の戦力を最大限活かすためにヘイトを集めて防御に徹す。

 ダメージ総数が一定まで貯まると〈アヴェンジャー・ナイトソード〉で広範囲を薙ぎ払う。


 見事な連繫をする二人は、戦況を優勢にまで持っていく一端いったんになう。


「……負けれられない。ボクも自分にできることをやらないと」


 標的は召喚陣の上にたたずむ怪物。

 ケンタウロスの身体は外しようがない程のスケールだ。


 ガンソードの切っ先を向け、発射準備に入ったボクは敵を見据える。


『RAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』


 身の危険を感じたのか叫び声を上げる。

 周囲に身を守るように発生したのは、禍々しい怨念をまき散らす黒い風。


 なんだろう、もの凄く嫌な予感が……。


 その予感はすぐに的中し、黒い風は高速回転した後に巨大な嵐となって吹き荒れた。

 敵も味方も、全てを巻き込む黒嵐こくらん


 砲撃を中断し回転式弾倉を展開。

 慌ててシールドの弾丸を込めて五連射した。


 前方に展開される純白の盾。

 しかし嵐はそれを容易く全て破り、仲間達を巻き込みながら迫ってくる。


 回避……いや、範囲広すぎムリ。メタちゃんに守って────ううん、メタちゃんでも耐えられないかも!


「メタ!?」


 限られた状況下で選んだのは、パートナーに守ってもらう事ではなく抱き上げ背中を向ける悪手。


 不意に真横から誰かに抱きしめられたボクは、地面に倒れ視界が暗転した。

 

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