第34話「ゲリライベント」

 遂に目標にしていたボス討伐の日。

 ノースエリアの広場に集まり、そこでリッカとユウは初めてシース姉さん達と対面した。


 二人は従姉を尊敬している。

 そんな彼女とパーティーを組める実力者を前に、珍しくリッカとユウは固まっていた。

 だけど最初に口を開いたブルワークさんが、そんな空気を跡形もなく粉砕する。


「こっちでは初めまして! 服屋の店主をやりながら、兼業で〈守護騎士〉をしているブルワークだ!」


「「あの時の店主さん!?」」


「あの時の愉快なお姉さんだぞ。ちなみに今一番ハマっているのは、シエルちゃんの作業配信を聞きながら寝ること!」


「はじめまして〈神官〉のソフィアです。最近の趣味はシエルさんの作業配信を聞きながら読書をする事です、以後お見知りおきを」


「えぇぇぇぇ……」


 ボクが困惑している横で、親友は逆に目を輝かせる。

 自己紹介を済ませた後、四人で作業配信を話題に花を咲かせていた。


 一方で配信主である自分は、内容について熱く語られる事が次第に恥ずかしくなってくる。

 まるで自作のポエムを人前で読まれているような感覚。

 羞恥心に耐えられなくなり、メタちゃんで顔を隠してしまった。


 無言でボクの頭を撫でていた従姉は、切りのいいところで四人の話に割り込んだ。


「作戦前に交友を深めるのは良い事だが、そこまでにしておけ。そろそろシエルの心が崩壊しそうだ」


「「「「すみません」」」」


 静かな圧を掛けられた四人は、ピタッとそこで話を止める。

 リーダーであるシース姉さんは、素直な彼女達に苦笑しながらもこの場を仕切った。


「各員の役割は先日のチャットで送った通りだ。作戦前に再度確認をしておけ」


 言われてボク達はチームチャットを開き、本日の対ボス戦用の割り振りに目を通す。

 ──正直な感想としては、中々にバランスの良いフルパーティーになったと思う。


 前衛のブルワークさんとリッカ。


 中衛前衛のシース姉さんとボク。


 後衛のソフィアさんとユウ。


 前衛二人はタンク性能特化だから、役割はヘイト稼ぎで味方の壁になる事。

 中衛前衛のボクとシース姉さんは、もてる全火力でHPを削るダメージディーラー。

 後衛で回復特化の二人は、前衛が削り殺されないよう回復に徹してもらう。


 相方とローテが組めるので、偏りがなく均等に負担を受け持つことができる感じ。

 これなら事故にだけ気をつければ、安定した攻略ができると思う。


「よし、そろそろ出発する。全員準備の方は問題ないか」


 準備は前日に済ませたので、ボクとリッカとユウは自信満々に頷く。

 先ほど合流したブルワークさんとソフィアさんも、問題はないと従姉に告げた。


「よし、それなら出発するぞ。目的地はこの第一層中心地ゼロエリアだ」


 今から全員で強敵に挑みに行く。

 胸の内側から溢れてくる高揚感は、フルダイブのマルチゲームでしか味わう事ができない一種の遠足に近いものだった。


「──────ッ!?」


 シース姉さんの指揮に応じて出発しようとした瞬間、いきなり目の前に一つの通知が来た。

 それは自分だけではない。


 従姉や周囲にいるプレイヤー全員にも来ている。

 内容に目を走らせると、それはけして無視する事のできないモノだった。


【ゲリライベントのお知らせ】


【汚染されたバグモンスターが第一層の安全地帯を除く全エリアで大量発生しました】


【モンスターの攻撃で死亡するとアバターは汚染されます。浄化作業には24時間掛かり、その間はログイン不可となるのでお気を付けください】


【報酬は討伐数に応じてグレードが上がります。百体以上を倒したプレイヤーは〈ガーディアン〉シリーズの武器を一つ獲得できます】


【開催期間は本日23時59分まで】


 突然のイベント開催に、周囲にいるプレイヤー達が面白そうだと大きな歓声を上げる。

 レアな武器に思わず反応しかけたが、第一層で入手できるものは長くとも第二層の中盤までしか通用しない。


 寄り道をしてしまうのは、どう考えても悪手だろう。

 アイテムを求める欲求を抑え、努めて冷静になったボクはシース姉さんを見る。

 彼女は考えるような素振りをした後、このイベントに対する見解を述べた。


「ここでバグモンスターの大量発生か、タイミング的に偶然とは考えにくいな」


 広場から見えるサードエリアでは、既に黒く変色したモンスター達が数百体以上はいる。

 第二層をメインに活動するプレイヤー達が突撃して、ものすごい勢いで討伐しているけど数は一向に減らない。


 恐らく以前受けたクエストであった、バグの発生源を潰さないと無限に湧出ゆうしゅつする仕組みのせいだろう。

 サードエリアでこういう状況という事は、つまりゼロエリアの道中には物凄い数のバグモンスターが徘徊している事が予想できる。


 これを突破するのは生半可な戦力では厳しい。

 仕方ないとシース姉さんが剣を抜いて、行く道を切り開くため先頭に立つと、


「おっと、俺達も手伝うぜ」


 背後から声を掛けられて振り返る。すると道具屋のエミリーさんとアメリアさんが、大戦斧と杖を手に立っていた。


「え、二人がなんでここに来たんですか。店は……?」


「アメリアの奴が見送りたいってうるさくてな、こうして店閉めて来たわけよ」


「でも来て正解だったでしょ。シエルのファンとして、カッコイイ姿見せるチャンスだよ」


「で、でも二人を危険に晒すわけには……」


 気持ちはすごく有り難いけど、相手はバグで凶暴性が増しているモンスター達。

 自分達と違って万が一の事があったら、復活ができないNPCの彼女達は矢面に立つべきではない。


 そう思い強く止めようとした時だった。

 天から一筋の光が落ちて、前方で戦っている全てを吹っ飛ばすほどの爆発が起きた。


「……は?」


 ふっ飛びはしたがプレイヤー達にダメージは発生せず、衝撃波はモンスターだけを的確に叩き潰す。

 一気に5分の1近くを消滅させた存在は『スライム職人』の名を背負った、身長二メートル級のマッスルボディを持つ老婆だった。


『貴様等ノ命ィィィィィィ産地直送ォォォォォォ!』


 モンスターよりもヤバイのがいる。

 全身からどこぞの戦闘民族みたいなオーラを放ち、両目が光っているのは果して人間にカテゴライズして良いのか。


 頭上のNPCの証である緑色のネームがなければ、この場に居る全プレイヤー達から敵認定されてもおかしくはない圧を放っている。

 ライリーという名の超人老婆は、前方に向かって気合を込めた咆哮ほうこうと共に右正拳突きを放つ。


『産地二感謝ノォォォォォォ正拳突キィィィィィィィィ!』


 拳を突き出した後に、後から何か爆発するような轟音ごうおんが響き渡る。

 音を置き去りにした拳は空気を震わせ、そこから進路上にいたモンスターを全て消し飛ばした。


 ……今の攻撃はなんだ。


 このゲームの〈格闘家〉に、あんなスキルがあるなんて聞いた事がない。

 まるで〈黒魔術師〉の大技みたいな一撃を素手で放った彼女は、こちらを振り返って右の親指を突き立てた。


『今ノウチニ行クゾォォォォォォ!』


「えへへ、ここに来る前に声かけて来たんだ。私達は店を守らないといけないから、サードエリアを抜けるまでは全力でサポートするよ」


「たまーには運動しないと、身体がなまっちまうからな。オマエ等はボス戦に備えて力を温存してな」


「……皆さん、ありがとうございます」


 心強い三人と共にボク達はノースエリアを出発した。


 ──アメリアの錬金術で作られた爆弾は広範囲の雑魚敵を消し飛ばし。


 ──エミリーの豪快な大戦斧から繰り出される斬撃は敵をまとめて両断する。


 ──ライリーのスーパー格闘技は、もはや無双ゲーの如く。


 三人が切り開いた道を踏破し、サードエリアを難なく突破する事ができた。

 

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