第32話「店主の依頼」
防具の作製依頼を済ませた後、そのまま四人でドワーフ店主の下に向かった。
真夜中だけど、まだ道具屋は明かりが点いている。
この〈ディバイン・ワールド〉では四つのエリアで店の開いている時が異なる。
たとえば東と西は午後12時~午後17時、南と北は午前0時~午前5時が閉まる時間だ。
24時間常にどこかのエリアで店は開いているので、プレイヤーがログイン時に店がなくて困る事はない。
現時刻は午後11時くらい、かなりギリギリだと思いながら店に入る。
閉店準備をしているドワーフの店主は、棒の先端に雑巾を付けた器具で床の拭き掃除を行っていた。
そこにアメリアが意気揚々と姿を晒した。
「やっほー、エミリー!」
「アメリア、おまえ……」
「じゃじゃーん、死んだと思った? なんと生きてました。これが話すと長いんだけど聞いてよ!」
3年ぶりに再会したアメリアは、早口で
耳を傾けながら自分は、思えばドワーフ店主の名前は聞いた事がなかったなと思う。
「ふーん。確かエミリーは、ラテン語で『よく働く』『熱心な』て意味ね」
「ベータ版の頃から道具屋で、熱心に働いているドワーフ店主さんにぴったりで良い名前だね」
「アメリアも、ラテン語で同じ意味があったはずよ」
「そうなんだ。でもユウ、なんでラテン語にそんな詳しいの?」
「ママが色んな外国語を勉強してるときにね。ラテン語って響きがカッコよくて覚えたのよ」
「流石は考古学者の娘だなぁ……」
エミリーとアメリアが友人関係なのは、きっと同じ意味を持つ名前が関係しているのかも。
長い話が終ると、エミリーは苦々しい顔をして友に口を開いた。
「3年間もしぶとく生きてたのかバカ女が」
「ちょっとー! バカ女は酷くない、3年間も軟禁状態だったんだよ!」
「三食昼寝付きの快適な生活をエンジョイしてたんだろ、少しだけ心配して損した気分だ……」
「えー! 真面目にこの世界の異変を調査してた私に大変だったね、ご苦労様とかの一言くらいないの!?」
「オマエにくれてやるのは、バカ女の一言だよ」
「なんでぇー!?」
温かい言葉ではなく、罵声を浴びせられてアメリアは抗議する。
こめかみに青筋を浮かべたエミリーは、彼女の言葉に正論パンチを放った。
「第一に危ないから止めろって何度も警告したのに、安全は確保してやってるから大丈夫って俺にドヤ顔したのはどこのどいつだ。
それなのにガーディアンの警備を強引に抜けたら出られなくなりましただと?
九死に一生を得たような体たらくで、人から称賛されると思うなバカ女。
第二にその調査もこの子達が行かなかったら、オマエの命がけの苦労は全てムダで終るところだったんだぞ」
「そ、それはそうだけど……」
感動の再会を想像していたが、目の前で展開されたのは険悪なやり取りだった。
正論を突きつけられたアメリアは、反論できずバツが悪い顔をする。
その姿に呆れた顔をするドワーフ店主ことエミリーは、彼女に歩み寄り頭を軽く小突いた。
「まったく、オマエが生きてて良かったよ……」
「うう、心配させてごめん」
エミリーの口からこぼれるように出た言葉。
それに全ての思いが込められていた。
彼女は満足した顔で、事の行く末を見守っていたボク達の方を見る。
「友人を助けてくれてありがとうよ、俺にできることがあったら何でも協力しよう」
「あ、それだったら〈賢者の欠片〉をボクに売ってほしいです」
「〈賢者の欠片〉? あ、あー、確かそんなもんがあったな。普段ポーション類しか売れないから忘れてたわ。ちょっと待ってろ……」
店の奥に姿を消して、数分後にエミリーは小さな宝箱を手に戻ってきた。
箱の上部分を開いてみせると中から、虹色に輝く透き通ったガラスのような宝石の欠片が姿を現す。
「これが〈賢者の欠片〉……」
「市場で取引されている値段だと、一つ100万エルだな。今回のアメリアの件と売れない事込みでも、サービスして半額にするのが限界だ」
「半額も!? 十分ありがたい話です。……でも50万エルか、今まで貯めていたお金はさっき防具に全部使っちゃったんだよね。ということは地味にここから稼ぐしかないか」
「三人で協力してやっても、けっこうギリギリだな……」
「50万エルをここから貯めるのは相当大変よね。夏休みなら余裕で行けたと思うけど……」
二人の言う通り金曜までは学校があるから、帰宅して家事をやってからプレイする事を考慮したらかなりタイトなスケジュールになる。
クエストを効率よくできたとしても、リッカが言った通りギリギリ間に合うかどうか。
アダマンタイトの弾丸を売れば、このハードルは大きく下がるだろう。
だがこれを使うため〈賢者の欠片〉を入手しようと思っているのに、売るのは本末転倒でしかない。
中々な難題を前にして、どうしたものか悩む。
効率よく稼ぐ計画を考えている自分に、何か思いついたような顔をしたエミリーが一つだけ提案をしてきた。
「金に困ってんなら、俺がお前たちに依頼をするのはどうだ」
「ドワーフ店主さんが、ボク達に依頼を?」
「ああ、そうだ。実はここのところ例の黒い侵食が至る所に発生していてな、街中の奴らが素材を集められないと先日の集会で嘆いていた。オマエならソレを除去できるだろ」
彼女が言った後、クエストが目の前に複数表示される。
どれもがバグ関連の依頼で、達成した時の報酬はかなり破格なものばかりだった。
「おー、こんなクエスト見たことないよ」
「これを全部やれば、オレ達の目標は余裕で達成できそうだな」
「そうね、私とリッカが欲しがってる素材も報酬に載ってるわ」
左右からリストを覗く二人は、現在抱える問題を全てクリアできる内容に目を輝かせた。
まさかこんな神クエストが発生するなんて棚からぼたもち過ぎる。
こんなの受けない選択肢は絶対に有り得ない。
一括で全てを選択し、ボクは承諾するボタンをタッチした。
「分かりました、それじゃこのクエストを全部受けます」
「そう言ってくれると助かる。コイツは先にアメリアに加工してもらうから、オマエは金が集まったら俺の店に来てくれ」
「ありがとうございます、ドワーフ店主さん」
「……あー、そのなんだ。アメリアも助けてもらったし街の危機を救ってもらうんだ、店主じゃなくエミリーって呼んで欲しい」
そう言った彼女は、どうやら恥ずかしくなったらしい。
視線をそらし、頬を少し赤く染める。
NPCとは思えない感情のこもった横顔を、ボクは可愛らしいと思いながら頷いた。
「はい、分かりましたエミリーさん。ボクの事はシエルって呼んでください」
「ああ、よろしくなシエル」
相手が自分たちとは違うNPCである事すら忘れ、彼女と強く固い握手を交わす。
こうして対ボス戦にむけて強化期間が幕を開けた。
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