第21話「世界規模のTS」
「ふにゅ……ねみゅい……」
昨日は夜遅くまでゲームをしてしまった。
7時に目を覚ましても、まだ眠気が強くて頭の中がぼんやりしている。
朝日を浴びてもダメなようで、こういう時はこういう時はアレをするのが一番だと判断し行動する。
今日着る予定の服を手に自室から出て、
リビングやキッチンに沙耶姉さんの姿はない。
もしかしてまだ眠っているのだろうか。
珍しいと思いながらも、そのまま脱衣所に来たボクは服を全て脱いで浴室に入った。
鏡に映るのは小さくて慎ましい少女の裸体。
細やかだが形の良い胸、求めていた現実が確かに目の前にあった。
でもせめて、Bくらいは欲しかったなぁ……。
とても眠そうな顔で、小さな唇から出た呟きは唯一の不満点。
そんな不満を全て洗い流すために、蛇口をひねってシャワーの冷水を出す。
手足から慣らして最後に頭から被った。
「──ッ!!?」
先程までぼんやりしていた思考は、真夏とはいえ冷水の冷たさに完全覚醒する。
身体が冷える事で筋肉は縮小し、まるで真冬の中を裸でいるような感覚に小刻みに震えた。
冷たい冷たい冷たい!?
何度も同じ言葉をくり返しながら、ひたすら耐え続ける。
朝シャワーは実際に効果がある事で有名だ。
長時間は身体に悪いので、頭の中で一番効果があり負担の少ない2分間を数える。
だけどそれは、永遠のように感じられた。
……118、119、120!
自身の限界ギリギリ、2分間ジャストで水を止めて浴室から出る。
常に常備されているバスタオルを手に取り、身体に付着した水滴をふき取っていく。
タオルドライをして、その間に衣服を身に着けた後。
最後のドライヤーで髪の毛全体を乾かす。
冷たい水で身体に負荷をかけた分、ドライヤーの温かい風が骨身にしみいるような幸福感があった。
最後にスキンケアをして鏡を見る。
Tシャツにロングスカート姿、清楚な女の子みたいで今日も良い感じと頬を緩めた。
朝食の準備をしようと、振り返った脱衣所の出入り口。
そこには腕組みした状態で仁王立ちする──沙耶姉さんがいた。
顔を洗いに来たのだろうか、髪は少しぼさぼさの状態で、目は真っすぐこちらを向いている。
彼女は桜色の唇をゆっくり開き、開口一番にいつもの朝の挨拶ではなく。
「すまない。シャワー室から出てきたときから、こっそり全部見させてもらった。やっぱり性転換していたんだな、星空……」
と、ボクが抱える秘密に対して鋭く言及した。
「沙耶姉さん、これは……」
「そんなに怯えた顔をするな。直ぐに相談してくれなかったのは少しショックだけど、星空の決めた事に口出しするつもりはない」
何か知っているような口ぶりに、こちらも思わず首を傾げてしまう。
いつもの微笑を口元に浮かべ、彼女は背中を向けた。
「リビングの方に行こう、ちゃんと落ち着いた場所でソレがどういう現象なのか説明したいからな」
「う、うん」
冷水よりもびっくりする発言に、心臓が大きく脈打つ。
脱衣所から出ていく紗耶姉さん、その背中にボクは続いた。
リビングのソファーにボク達は、テーブルを挟んで向かい合う形で腰を下ろす。
用意した飲み物は、お揃いのカップにミルクを入れた甘いコーヒーだ。
一方で砂糖なしのブラックコーヒーに口をつけた従姉は、どこか緊張する空気の中で話を切り出した。
「安心させるために言っておく。まだ公表されていないその性転換──
「ボクと同じ悩みを抱えた、世界中の人達に……」
「ああ、そうだ。どうやら9月1日のアップデートの前日〈ディバイン・ワールド〉内での問い掛けで、Yesと答えた者達だけに起きているらしい。件数は国内だけでも数百万人にも昇るほどだ」
「す、数百万人も……」
とんでもない規模に思わず息を呑む。
「紗耶姉さんは、どこからそんな情報を」
「星空の事を相談した時に、友人から聞いたんだ」
「……そうなんだ。こうなった原因って、やっぱり〈ディバイン・ワールド〉なの?」
「事の経緯と結果だけを見たら、そうとしか判断することができない。……と言っても本人達は困惑はしていても、全員が満更でもないって感じらしい」
「その人達の気持ち、ボクは何となく分かるよ」
自分が抱えている問題を修正して、理想を叶えることができたのだ。
何よりも【Yes】を選んだのは自分自身なのだから、否定的な考えを抱く者はゼロに等しい。
選んだらどうなるのか、それは明記されていなかったけど選択肢を見た時にこうなる予感はした。
この性転換現象が世界中で発生しているとは、全く想像もしていなかったけど。
「……沙耶姉さん、ボクはこれからどうしたら良いのかな」
「先ずはその身体に慣れる事だな。幸いにも病院で検査を受けた人達は、全員問題はなかったそうだ。
だから先ずやらなければいけないのは性別変更の届出だ。こっちは私の方でしておくから、星空は身体に異変があったら今後は秘密にしないで、ちゃんと言うようにしてくれ」
「うん。……えっと、その……黙っててごめんなさい」
「全くだ。でも分かってくれたなら、私から言う事はなにもない。ただ……」
「ただ?」
「父さんと母さんには、今から連絡を入れよう。私達は家族なんだから、一大事の時はちゃんと報告をしないとダメだ」
「そ、そうだよね」
電話を掛けると休日だったらしく、伯父と伯母は直ぐに通話に出てくれた。
いつものややハイテンションな挨拶に苦笑しながらも、ボクの状況を沙耶姉さんが簡潔に伝える。
『………………………』
数十分間もの長い沈黙が支配する。
いったいどんな反応をするのか。
緊張しながらも待っていたら『ナンダッテー!?』と、警察を呼ばれそうなくらい事件性のある伯父達の悲鳴が聞こえてくる。
直ぐ代わるように言われて、紗耶姉さんはそのままボクに差し出した。
手に取ったスマートフォンからは、二人から心配する言葉が次から次に飛んでくる。
本気で心配してくれているのが直に伝わる。
申し訳ないと思いながらも、すごく嬉しくなってしまった。
込み上げてくる熱い思いを我慢しながら、これ以上心配を掛けないためにも頑張って答える。
「心配かけてごめんなさい。ボクは元気だから安心して」
やや鼻声になってしまったが、しっかり伝えるべきことは伝えた。
二人は直ぐに落ち着きを取り戻し、何回かやり取りをした後に沙耶姉さんにこう告げた。
『来月中には、絶対に日本に一度戻れるようスケジュールを調整する。親として不甲斐ない限りだが、星空の事をよろしく頼むぞ』
「わかった。星空の事は私が責任もって守るから、父さん達も気を付けて帰ってきて」
『ただでさえ可愛いのに、女の子になったんだ。変な虫が近づいてきたら、物理的に精神的に全力で抹殺しなさい』
「もしも権力者が相手だったら?」
『──その時は大惨事大戦だ』
伯父と従姉はヤバイ人達かも知れない。
しんみりした気持ちは、綺麗さっぱりどこかに吹っ飛んでしまった。
物騒な話をした後、従姉と伯父達の通話は終わる。
シーンと静まり返るリビング。
紗耶姉さんは、ボクにこう尋ねた。
「しつこい奴がいたら私に教えなさい」
「あ、はい……」
本気でヤル。そんな凄みを感じた。
何処かと連絡のやり取りをした後、スマートフォンをしまった沙耶姉さんはボクを見た。
「今日は仲間達に言って急遽フリーにしてもらった、というわけで朝食を取ったら〈ディバイン・ワールド〉に行くぞ」
「え?」
「保護者として、星空の現状は全て把握しておきたい。それにパートナーを見せてもらう良い機会だ」
「あ、うん。別に問題はないけど……」
本日のスケジュールが決まると、従姉は朝食の準備をするためにキッチンに向かった。
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