第11話「変わらない心」

 午後に今日から追加された〈ディバイン・ワールド〉の歴史と、戦闘に関する基礎的な講座を受けた。

 担当の女教師いわく、来月には実技も行うらしい。


 授業でゲームをするなんて素晴らしい。

 クラスの皆その話題で持ち切りとなって、自分も来月が楽しみでワクワクした。


 そしてホームルームを終えて下校の時刻。

 女の子になった事はバレず、ボクは安心して二人と帰ろうとしたのだが──


「ふぅ、やっと学校から出られた」


 教室を出てから実に30分が経過した後、ようやく二人と校舎を脱出できた。

 もはや精神的に疲れ果て、誰の目から見ても分かる程度にボクはぐったりしている。


 理由は沢山の女生徒達に呼び止められ、告白を全て断ったから。

 ちなみに断る際に何故かいつも「冷たい目で言ってほしい」と懇願こんがんされる。


 これはもはや首を縦に振ってもらう事ではなく、ボクに断られるのが目的ではないか。

 今後を不安に思いながら、小さな溜息を吐く。


 友人達はそんなボクを見て、隣で苦笑していた。


「……巻き込んで本っ当にごめん。今日はなんか、いつもよりメチャクチャやばかったよ」


「そ、それは眼鏡なし星空が、いつもより魅力的に見えたからじゃない?」


「オレも今日は何度か、周囲を警戒する星空が怯えるハムスターに見えて庇護欲ひごよくがヤバかったな……」


 二人とも、なんで動揺しているんだろう。


 まさか女の子になった事がバレたのか?


 しかし自分の身体を見ても大きな変化はなく、外見だけでは分からない。

 もしかしたら女性になったことで、そういう女性フェロモンでも分泌しているのか。


 思い出せば普段より、優奈が校内で抱きついてくる回数が増えていた気がする。

 ヒヤヒヤさせられたけど、ガードしていたからバレないはずだが。


(うーん、でもずっと隠してるのは良くないよね)


 冷静に考えて男性から女性になった事は、いずれ必ずバレると理解している。

 二人を信頼してるのならば、ここは正直に話した方が良い。


 だけど頭の中で何度もシミュレーションしているのに、一向に決心がつかない。

 ……怖い。信頼している相手なのに、女性になった事を告げるのが怖くてたまらないのだ。


 中等部の時に女装を暴露ばくろした時とは、比べ物にならない恐怖が身体を支配する。

 何せ身体が物理的に変化している。

 人によっては気味が悪いと思われるのが普通だ。


 信頼しているのに、自分を見る目が変わる事を想像すると怖気づいてしまう。

 情けないほどにボクは、心が弱いと思った。


「星空?」


「おい、どうしたんだ?」


 ふと足が止まった事で、二人から怪訝けげんな顔をされてしまう。

 そこでふと、奇跡的に周りに人がいない事に気付く。


 ──今日一日中抱えていた秘密。


 伝えるのなら、今が最後のチャンスなのかも知れない。



 腹をくくれ──睦月星空ッ!



 パンっと両頬を思いっきり両手で叩く。


 ジンジンと痛む頬、間違いなく白い肌は赤くなっていると思う。

 気合を入れたボクは前を見る。

 優奈と龍華は、突然の行動にビックリして固まっていた。


 びっくりしたか、びっくりしただろう。


 悪いけどこれから二人には、もっと驚いてもらう。

 心を奮い立たせ、ありったけの勇気を振り絞って口を開いた。


「聞いてほしい事があるんだ」


「……お、おう」


「……う、うん」


 二人は目を丸くして頷いた。

 ボクは勢いに身を任せて話を続けた。


「世界がこんな事になって、信じられない事が沢山起きてさ。……正直すっごく混乱してるんだけど」


 極度の緊張で上手くしゃべる事ができない。


 ドクンドクンと、心臓の鼓動がうるさい。


 自分が何を言っているのかすら、聞こえなくなりそうだった。


 だけど親友達に隠し事をしたくない。


 そんな思い一つだけで向かい合い、絞り出すように白状した。


「黙ってて、ごめん…………実は朝起きたら身体が、男からになってたんだ。ウソみたいな話だけど、二人は信じてくれる………かな……」


 普通ならウソだと一蹴される話。

 でも世界が変わっているのだから、性別が変わっても不思議じゃないはず。


 故に聞いた二人は、大きく目を見張ったまま全く動かなくなった。

 ずっと顔を見ていられなくなり、ボクはうつむいて視線を地面に固定する。


 必ずしも受け入れられるとは限らない。


 気持ち悪いと拒絶されたらどうしよう。


 今すぐこの場から逃げだしたい。


 急に弱気な思いが胸の内側を占める。


 頬を強打した痛みも合わさり、涙が込み上げてくる。


 それでも歯を食いしばり、この場に留まり続けた。

 逃げてしまうと、二度と向き合うことができなくなりそうだったから。


 二人は無言で、こちらに近づいてくる。

 そして優しくボクの肩に手を置いた。


 彼女達はため息を吐いた後、小さな声でこう言った。


「知ってたよ」


「知ってたわ」


「え……」


 驚いて顔を上げる。

 龍華は半分呆れた様子で、優奈はいつもと変わらない優しい笑みを浮かべていた。


「毎日おまえを見てるんだ。胸を隠しながら歩いてたから、その可能性が高そうだなって優奈と話してたんだ」


「ごめんなさい。抱きしめたときに必要以上に胸を守ってたから、私は九割くらい確信してたわ」


「龍華……優奈……」


 顔を上げると二人は優しい笑みで、ボクの不安を払拭ふっしょくするために思いを告げた。


「でも性別なんて関係ない。男だろうが女だろうが、一番オマエを好きなのはオレだ」


「なにキメ顔で告白してるのよ、バカ龍華。あと言っておくけど、星空を好きな気持ちで私に勝てると思ってるの?」


「〈ディバイン・ワールド〉でどっちが上か決めるか、バーサクヒーラーさんよ」


「脳筋女騎士が、ベータで私に負け越してること覚えてる?」


「──ちょ、ちょっと二人とも、こんな道のど真ん中でケンカしないで」


 睨み合う二人の間に、慌てて割り込む。

 龍華と優奈は火花を散らすのを止めて、同時にそっぽを向いた。


 まったく、初等部の頃から彼女達はこんな感じだ。


 あの時は同時に一目惚れだと告白をしてきて、どちらも丁重に断った事を今も覚えている。

 大抵断られた者達は一時退却する。しかし彼女達はそれなら友達になろうと、諦めず距離を縮めてきた。


 以降は親友として、ずっと側にいてくれている。

 ただ仲は良くない。だからこうして張り合ってケンカするのは、もはや日常風景だった。


 周囲の学生達から「またかアイツ等」みたいな目を向けられる程に。

 でもそのやり取りによって、先程までの暗い気持ちは大きく軽減された。


「……ボクは二人が同じくらい大切だよ。だから、こうやってケンカするのは良くないと思う」


「悪い、ちょっと興奮し過ぎた。女になったって聞いて、少し冷静さを失っちまった」


「ご、ごめんなさい。私もいつもより自分を抑えきれなくて興奮しちゃったわ」


 少々不穏なワードは、聞かなかった事にする。

 それ以上に変わらない態度で接してくれる事が、泣きたくなるほどに有り難かったから。


 いけない、気を緩めると涙が出る。

 頑張って泣くのを我慢している中、二人はボクに対して自身の考えを口にした。


「……まぁ、こんなよく分からん世界になったんだ、性別の一つや二つくらい変わってもおかしくないだろ。

 むしろ一緒に風呂に入れるようになった事を喜ぼうぜ。こんど身体の隅々までじっくり丁寧に洗わせてほしぐふぉ!?」


 やや暴走気味の龍華に、優奈の肘が脇腹に突き刺さった。

 膝をつく少女を見下しながら、彼女は呆れた顔をする。


「まったく、アンタは自分の欲望に忠実すぎるわ。……星空、今後学校では私達が全力でサポートするから安心して」


「……さ、流石にバレると面倒そうだからな。校内にいる時は、オレ達がガードマンになるぞ」


「二人とも、ありがとう……」


 友人として変わらない心が胸に染み入る。

 改めて彼女達が自分の友人で良かったと、ボクは心の底から思った。

 

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