第10話「学校も変わってる」
午前中の通常授業を終えて昼休みになった。
食堂で軽く昼食を終えたボク達が、何か変わっていないか校内を探索すると。
「この学校に、あんな建物あったかな?」
「んー? ……いや、どう考えても無かっただろ」
「なにアレ、ホテル?」
空き地だった場所に、なにやら体育館よりも大きな謎の施設ができていた。
外観は優奈が言った通りホテルみたいな感じ。
窓ガラスは数百以上あることから、かなりの部屋数がある事が推測できる。
どうやって行くのだろうと思い、近くにいた二年生の男子に聞いてみた。
「すみません、あの建物にはどうやって行くんですか?」
「あ、ああああアレは、そこにある渡り廊下を通って行くんですよぉ!!」
話しかけるなり精神不安定になり、二年生男子は顔を真っ赤にして逃げてしまった。
呼び止める間もなく、姿を消した彼にいったい何が起きたのか。
男子が逃げる事に定評のあるボクは、諦めて教えてもらった渡り廊下に足を運んだ。
昨日はなかったのに、一夜で誕生した年季を感じる廊下。
そこを通って巨大建築物に三人で近づく。
間近で見上げる建物の大きさは、中々に圧巻だった。
塔と同じく昨日まで無かったなんて、にわかには信じ難い光景である。
警戒しながら自動ドアをくぐった先には、シンプルで清潔感のある受付フロア。
受付を行っているカウンターの向こう側には、スーツ姿の20代のお姉さんが綺麗な姿勢で立っている。
彼女の佇まいからは貫禄を感じ、まるで長くここで働いているような印象を受けた。
「星空、オマエから見てあの人はどうだ」
「危ない感じはしないかな。とりあえず、この施設の事とか聞いてみようか」
「おう、わかった。オマエがそう言うなら安全だな」
たった一夜で建った施設と共に、当たり前のように存在する女性。
誰がどう考えても不気味な光景だし、異常を認識できる普通の人なら怖くて近寄らないだろう。
だが幸いにもボクの直感は、彼女に対して何の反応も示していない。
数年前に初等部の子達を交通事故から救ったり、脱走したペットを見つけたり、自分の直感の実績は折り紙付きだ。
警戒をしながらも歩み寄ったボク達に、彼女は綺麗な笑顔を見せてお辞儀をした。
「こんにちは、御用はなんでしょうか」
「こんにちは、すみません。ここは一体何の施設ですか?」
「こちらは国が提供している〈ディバイン・ワールド〉にログインするヘッドセットと、個室の貸出を無料で行っている施設です。
主に実習の授業で利用される施設でございまして、本日は既に予約で全部屋が埋まっています」
「ヘッドセットと個室の貸し出し、授業で利用する……?」
「もちろん、プライバシーや安全は厳重に監理していますのでご安心ください。一年生の皆様方も、今月は座学ばかりですが来月には授業でご利用する機会があると思います」
授業でフルダイブゲームできるとか、控えめに言って天国ではないか。
だが同時にここまで教育を徹底する程に、国が〈ディバイン・ワールド〉の攻略を重要視している事を意味する。
1年前にこの世界に出現し、人類にゲーム攻略を依頼した〈世界の意思〉。
廃都市をテーマにした、十層のダンジョンを攻略した果てに一体何があるというのか。
次に龍華が前に出ると、お姉さんにこんな質問をした。
「受付さん、オ……自分からも質問をしたいんですが良いですか?」
「はい、なんでしょうか」
「受付さんはいつから、この施設で働いてるんですか」
「……質問の意図は理解しかねますが、それくらいならお答えしましょう。私は今年国家公務員になった新人です、まだ勤務歴は1年も経っていません」
「なるほど、分かりました。ありがとうございます」
つまり彼女はボク達と同じ、この世界の住人。
得ないの知れない存在ではない事を知り、優奈がホッと胸をなで下ろした。
「ご質問は以上でしょうか?」
龍華と優奈を見ると、二人は首を横に振った。
知りたい事は聞けたので、これ以上ここにいるのは邪魔になってしまうだけ。
「はい、ありがとうございました」
ボク達は彼女にお礼を言って施設の外に出た。
「いやー、なんか色々と凄かったね」
「最初は怖かったけど、学校でゲームができるのは良いわね」
「受付の人が普通の人だったのは意外だったな。オレの予想だと〈世界の意思〉って奴が作り出した配下だと思ったんだが」
「ちょっと止めなさい、現実にそんなのがいたら怖いでしょ」
オカルトが苦手な優奈に軽く小突かれて、龍華は苦笑いした。
「相変わらずビビりだなぁ。……それにしてもデスゲームじゃないんだから、これは深く考えないでゲームを堂々とできる世界だって、素直に受け入れた方が楽な気がしてきたな」
「そ、そうね……怖がってても何も状況は変わらないものね……それなら受け入れたほうが……」
「ビビってんの? オマエなら何が来ても握力でギュッギュッてしぼった雑巾にできるだろ?」
「どうやら死にたいみたいね」
「ちょ、やめギャー!?」
煽った末に優奈のアイアンクローを食らった龍華が、自業自得の悲鳴を上げる。
確かに彼女が言う通り、この世界で今の所は危険な要素が一つも見当たらない。
唯一発生している大問題は、未だ誰にも話せていないボクが抱えている性転換だ。
今日一日過ごしてみて分かったけど、性別が変わっても周囲の認識は以前と同じ男性だった。
クラスメートの女子達は『君付け』で、いつも通り女子の制服を着てみてほしいと要求してくる事から、女性だと認識されていない事が分かる。
男子達の自分に対する態度も以前と変わらず、離れた場所で此方を見ながら内緒話をしていた。
性転換が世界が変わった現象の一部ならば、周りの意識もそれに応じて変わるはず。
でも自分を知っている者達の反応は、全く変わっていなかった。
ここから導き出せる答えは、世界の異変と性転換が別件の可能性だけど……。
うーん、分からないな。謎は深まるばかりだ。
いくら考えても、現在の少ない情報から答えを出すことはできない。
現状でハッキリ言えるのは、いつまでも従姉や親友達に秘密にしているわけにはいかない事だろう。
軽く周囲を見回して、今は自分達以外に他に人がいないことを確認する。
ずっと引き延ばしにしても問題に悩まされ続けるだけ、ならば今の内に伝えてしまった方が楽な気がした。
(どうしようかなぁ……)
うーんと
足を止めてずっと悩んでいると、不意に二人に肩を掴まれた。
「ふぇ……?」
「星空、一応聞きたいことがあるんだけど良いか」
「ごめんなさい、これは私と龍華で意見があったんだけど」
いったいなんだろう。
首を傾げて真剣な様子の二人に、少々驚きながらも頷いてみせると。
「オマエ、もしかして──」
「アンタ、もしかして──」
「──睦月くん、こんな所にいたんだ!」
二人が話そうとした寸前、例の腕章を付けた二年の女学生達に囲まれてしまった。
想定外の事態に、ボク達は思考がフリーズする。
「眼鏡かけてないのすっごく良い!」
「ちょっと! 眼鏡っ子好きの私にケンカ売ってんの!?」
「ハグを、一回だけハグさせて!」
「ちょ、やめあああああああああああああ」
距離感がバグりまくっている、と心の中で思った。
抱き締められたり撫でられたり、彼女達の対応を丁寧にしていると休憩時間は終わってしまう。
後の掃除時間に、二人に何だったのか聞いたのだが。
人がいる場所じゃ話せないと言われ、残念ながらその機会は得られなかった。
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