第9話「貴重なナカーマ」
朝から驚きの連続で、ストレスのせいか胃が痛かった。
今日は休んでベッドで寝た方が良いかもしれないと思ったけど、こんな状況で落ち着いて眠れるわけがない。
胃薬をキメたボクは、学校で確認したい事があるので家を出ることにした。
学校に向かう道中、何人かの同じ学校の女生徒達から挨拶をされながら、
「──ねぇねぇ、もうどんな職業にするか決めてる?」
「──私は授業を聞いてから選ぼうと思ってるよー」
「──わたしもわたしも、一応希望は大好きなフーちゃんを後ろから援護できる後衛職かな」
「──私は大好きなミーちゃんを守れる前衛職かなー」
という感じにお熱いカップル女子の二人が、今日から始まるディバイン学科について語っていた。
やはりこの世界は、昨日までの平凡な日常とは完全に
受け入れがたいけど、先ず自分はスマートフォンで現在の〈ディバイン・ワールド〉について調べる事にした。
「情報集めは生きる上で、何よりも大切だからね……ふむふむ、デスペナルティが追加されたくらいでゲームの仕様は基本的に変わっていないのか」
新要素のデスペナルティは、破壊されたアバターの修復に12時間も掛かる事。
最初のレベル上限は『20』解放する度にレベルを『20』ずつ上げられるようになる。
上限解放条件はソロか、未達成プレイヤーパーティーでのボス討伐でしか達成されない。
攻略の進捗は半年かけて、アメリカに次いで日本が第一層をクリア。
後にユニーク職業を獲得した日本のエースが、つい先日第二層のボス討伐をチームメンバーと共に世界で初めて達成したらしい。
「……デスゲームじゃなくて良かった、もしも現実でも死ぬなんて仕様だったら怖くてできなかったかも」
安心しながら、手にしている端末の液晶に視線を戻す。
1年かけて第三層に到達した情報に関しては、恐らくベータテストでそこまでしか行けなかった事が関与しているのだろう。
あとユニーク職業ってなんだ。それは流石にベータ版でも聞いたことない。
しかし情報規制とかで、詳しく調べる事はできなかった。
スマートフォンで調べながら、周囲でにいる学生達の情報にも耳を傾ける。
聞こえてくるのは純粋にあの世界をゲーム感覚で楽しむ者、真剣に取り組もうとしている者と色んな考えを抱く者達がいる事。
大規模な世界改変によって、先輩プレイヤーとなった上級生達は未だ第一層で苦戦している状況らしい。
ここまでなら別に、正式リリースされたゲームが話題になっているだけと思えるけど。
学校に到着すると、靴を履き替えて自分の教室に向かう。
男子は道を空けて注目され、女子からは挨拶される。
温度差の激しい廊下を通り教室に入った。
窓際にある一番前の自席にスクールバッグを置く、そこからはるか遠くの景色に、先日はなかったモノを確認する事ができた。
それは中央区に存在する長大な──
「はは、冗談だよね……」
目をこすり、何度も確認する。
信じ難いことだけど、アレは〈ディバイン・ワールド〉に出てくるシスター達がいる建物。
この異常事態を象徴する物的証拠。
アレによって朝に詩乃姉さんから聞いた話と自分が調べた情報は、全て嘘ではない事が証明された。
軽くスマホで調べてみたところ、塔はサーバーの役割をしているらしい。
進行度は別々で、各国の攻略に対するスタンスは異なると記載されていた。
もう一体全体、何がどうなっているのか。
許容量を超える出来事の数々に、頭から黒い煙を出して机に突っ伏すと。
「ハロー、星空……って、アンタ眼鏡はどうしたの?」
「はろー、優奈……えっと朝起きたら視力が急に良くなって、しんどくて付けられないんだ」
「あらあら、大丈夫なのそれ?」
「うん、大丈夫だから心配しないで」
「……わかったわ。でも眼鏡をしてない星空も新鮮ですごく良いわ」
親友のいつもと変わらない調子に、少しだけ気持ちが軽くなった。
身長160台で金髪碧眼の美しいハーフ少女、
人目を引くアイドルみたいな
容姿も街を歩けば芸能事務所からスカウトされる程に整っていて、自分もすごく可愛いと思っている。
「一応聞くけど、星空も私と一緒でこの世界の変化についていけてない感じかしら」
「ボクも……って、優奈もこの状況がおかしいって思ってるの!?」
もしかしたら、自分しか疑問を抱いていないんじゃないのか。
最悪そのパターンも想定していたので、席から勢いよく立ち上がった。
周りから少しだけ注目されるけど、今はそんな些細な事は無視して彼女に詰め寄る。
「ええ、そうよ。朝起きてカーテンを開いたら、あんな目立つ塔が一夜で建ってたの。流石にびっくりして開いた口が塞がらなかったわよ。パパとママも平然とした顔で受け入れてたし、頭がおかしくなりそうだったわ」
「ボクは紗耶姉さんから聞いて、最初は信じられなかったんだけど……」
「紗耶さんも、この世界が変わった影響を受けているのね」
「うん、そうなんだ……」
家族が世界の変化を常識だと受け入れている姿は、思い出すだけでゾッとしてしまう。
優奈の言葉に頷くと、教室の扉を開けて野性味あるポニーテールの少女が入室してきた。
彼女はこちらを確認し、他には脇目も振らず向かってくる。
クラスメイト達から、ワイルドイケメンだと人気のある男勝りの少女──
170台の長身に野性味を感じさせる
「おっす、二人とも。その様子だとオマエ等も、この世界が変わった影響を受けていないみたいだな」
「あんたも受けてないって事は、これはもう確定したようなもんじゃない?」
「……うん、ボクも優奈が思っているのと同じことを考えてるよ」
影響を受けてない三人と受けてる周りの違い、そこに共通する事項は一つしかない。
それは───
少なくとも現状から考え、夏のベータテストに参加した者達は、この大規模な世界改変を異常だと認識している事になる。
「なんでベータプレイヤーだけが、影響を受けていないんだろう」
「15歳と16歳だけが、テスターに応募できたのがポイントかしら?」
「確かに気になるけど、現状の情報だけじゃ答えは出せないな。……というわけで、明日あの塔を見に行かないか?」
龍華の提案に、優奈は少し考えるような顔をして頷いた。
「良いわよ。中にシスターがいたら、何か情報を聞けるかも知れないわね」
「ネットで調べてみたんだが、稼いだゲーム内の金を電子マネーに換金できるらしい。それも試してみたい、星空もそれで良いか?」
「うん、わかった。それにしても……」
同意した後、ボクは胸の内に抱えていた不安をこぼす。
「二人が同じで良かった。学校に来るまで正直、違和感を持ってるのは自分だけなんじゃないかって不安でたまらなかったんだ」
「……っ!?」
素直に思いを口にしたら、ボクの顔を見て龍華は目を見張った後に顔を背ける。
急にいったいどうしたのか、小首をかしげる自分に彼女は恐る恐るこう告げた。
「……悪い。今日の星空、なんかいつもより可愛いけどなんかあったか。てか違和感あると思ったら、眼鏡はどうしたんだよ?」
「さっき優奈には説明したんだけど、急に視力良くなったからしんどくて付けられなくなったんだよ」
「なるほど、世界が変わった影響かも知れないな。……でもそれだけじゃなくて、なんかこういつもより可愛いっていうか女子力が増してるっていうか」
「りゅ、龍華!?」
ドキッとするクリティカルな言葉に、思わず後ろに一歩下がる。
ボクの様子を見た優奈は、間に割り込むと龍華の頭を右手で鷲掴みにした。
「龍華、あんた失礼よ! 星空はいつも可愛いでしょーが!」
「あだだだだだだだだだだだ! おいゴリラ女、握力60でそれやると頭蓋骨があああああああああああああああああああ!?」
「ストップ! 優奈、それ死んじゃうから!」
片手でリンゴを潰した、恐ろしい経歴のある幼馴染の少女。
彼女が殺人犯にならないように、ボクは全力で止めながら胸中で呟いた。
女の子になった事、どのタイミングで二人に言おう……。
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