第8話「変ずる世界常識」
Q、なにをしたら女性になったんですか?
A、ゲームの質問に答えたらなりました。
──常識的に考えて無理があるッ!
頭の中で想像した質疑応答に、ボクは心の中で全力のツッコミを入れた。
ゲームのせいで性別が変わったなんて言っても、頭の病院につれて行かれるルートにしかならない。
女性になりたいとは思っていたけど、頭の中で夢見ていた事が現実化するなんて誰が予想できるか。
現代科学では不可能な完全なる性転換。
ゲームの質問に答える事で簡単に実現した事を、未だ上手く受け止めきれずにいる。
(でもこれって、伯父さん達に言わないと不味いよね……)
だが伯父と伯母は米州に行っている。先ず打ち明けるとしたら、家主の従姉になるのだけど。
話したら絶対にビックリすると思った。
それも驚きすぎて、いつもの冷静クールな表情が崩れるくらいに。
(……落ち着け。相手に話をする前に、先ずボクが状況を受け止めて冷静にならないと)
とりあえず今は、所持していた女装用のスポーツブラを着用している。
更に外見でバレないよう、大きい袖なしベストを羽織ったので見た目では分からないはず。
出会っていきなり眼鏡を掛けていない事を指摘された時はヒヤッとした。
だけど急に視力が良くなったと有り得ない事を言ったら「可愛いし、大丈夫なら良いか」とあっさり納得してもらえた。
あれから朝食を準備した後も、ずっと心は此処に在らず。
テレビから流れてくるニュースの内容も、まったく頭の中に入ってこない。
気を落ち着かせるために、正面に座り朝食を一緒に取っている従姉に視線を向ける。
スーツ姿の黒髪セミロングヘアーで、クール系美女でボクの従姉──
身長160くらいの従姉は、見た目が10代後半くらいにしか見えない。
隣に並んで歩いていたら、他の人達からはよく同い年くらいの姉妹に間違われるくらいだ。
……相変わらず、カッコイイなぁ。
キリっとした顔立ちの従姉は、同姓からすごく人気がある
実際学校に通っている時、すごくモテモテだったのをハッキリ覚えてる。
彼女の部屋には収納ボックスがあり、そこには学生時代のラブレターが大量に保管されている。
それとボクが初等部の時にバレンタインデーが来ると、従姉は袋いっぱいに手作りチョコレートを持ち帰ってきていた。
一人では消費しきれないからと、毎年2月のおやつはチョコレートオンリーになっていたものだ。
教職員になった今もそれは変わらない。
むしろ増えているような気がする。
そんな彼女は学生達から受け取った物を消費するのも大変なはずなのに、毎年ボクが作るチョコレートを楽しみにしてくれている。
初等部の時に初めて作った時には、喜びすぎて透明樹脂で永久保存するとか言っていた。
伯父さんは喜びすぎて転んで、肋骨を折って大騒ぎになった事は一生忘れない。
「さっきからボーッとしているけど、どうかしたのか星空?」
「ひゃい! え、あ……大丈夫だよ!」
指摘されて変な声が出てしまう、ボクは自分の前にある料理に急いで手を付けた。
もちろん声を掛けてきた沙耶姉さんは、既に完食して皿は片付けるだけとなっている。
壁に掛けてある時計の時刻は、午前7時00分。
高等部の教員である彼女は、準備諸々を考えるなら家を出ないといけない時間帯だ。
一方でボクは学生なので、20分後くらいには家を出たら良い。
とはいえ食器の片付けは二人でやる事にしているので、残っている料理を少し急いで完食する。
食器を二人で協力して片付け、歯磨きをした後に戻り黒いスクールバッグを手にした。
続いてニュースを確認するために、ずっと点けていたテレビを切ろうとしたら。
『──それでは本日も〈ディバインニュース〉の時間となりました』
リモコンを片手にボクは、ニュースキャスターの女性が読み上げた台本の内容に耳を疑った。
「え、ニュースでゲームの事を?」
不思議に思い首を傾げる自分、その横に仕事道具の入ったバッグを手にした従姉が並んだ。
「なに驚いてるんだ。去年人類が〈ディバイン・ワールド〉攻略を〈
「さ、沙耶姉さん?」
「しっかりしろ。高校一年生で二学期からは、星空も授業にディバイン学科が追加されるんだぞ。
それにオマエは夏休みの期間中に〈世界の意思〉から新規バージョンの〈ベータプレイヤー〉に選ばれて、この一ヶ月間は頑張って取り組んでいただろうが」
従姉はスラスラと、まるで誰もが知ってる常識かのように非常識的な内容を語った。
沙耶姉さんは普段から冗談なんて言える人じゃない、とても真面目な性格なのは、ボクが誰よりも知っている。
つまり今のは、本気で言った事を意味するのだが。
これは一体、何が起きているんだ……。
2年前には既に〈ディバイン・ワールド〉があり、人類は〈世界の意思〉という謎の存在から攻略を依頼された。
オマケに学校で習う程に〈ディバイン・ワールド〉関連は一般化しているらしい。
ボクが遊んでいたのは新規バージョンのベータテストで、得体の知れない〈世界の意思〉とやらに選ばれてプレイしていた事になっている。
──まとめるとこういう事なのだが、余りにも内容がぶっ飛び過ぎて上手く呑み込めない。
産まれて一度も聞いた事のない話が、この世界の常識となっている事に困惑の色を隠せない。
性転換した時よりも、遥かに大きな衝撃を受けて言葉を失った。
「大丈夫か、顔色が悪いみたいだが」
「だ、大丈夫だよ。……沙耶姉さん〈世界の意思〉ってなに?」
「この世界の管理と運営をしている大いなる意思の総称だ。小学生でも知っている常識を忘れているとは、余程テストプレイヤーとして頑張っていた時の疲れがたまっているみたいだな」
世界を管理する超常的な存在、そんなバカげた存在の事を知っているわけがない。
ファンタジーに出てくる超常的なモノが、当たり前のように存在するなんて教わるはずがない。
思わず口から出そうになった言葉を、ボクはぐっと強い意思で我慢した。
恐らく今の紗耶姉さんに何を言ってもムダだ。
目を見れば彼女が真面目に受け答えをしているのは分かる、つまりウソではないのだ。
まるで頭から冷水を浴びせられたような気分だった。
──あの時にボクが見たのは、もしかしてこの世界が書き換わる瞬間だった?
否定できない現状に、
「……おっと、仕事に遅れてしまう。私はもう出るから、体調が悪いなら学校に連絡して今日は休みなさい」
自分の頭を優しく撫でて、沙耶姉さんは出ていった。
従姉の背中を見送る中、テレビは日本が世界で初めて第三層に至った事を熱く実況していた。
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