第12話「弾丸作ります」

 いつもの家事を終え後、ボクはゲームの世界にログインをする事にした。

 VRヘッドセットを手に、大きな深呼吸を一つする。


「ちょっとだけ、怖いね……」


 授業で安全なものだとは教わったけど、正直内心はビビっている。

 世界は変わった。原因は間違いなくVRヘッドセットに入っている一つのゲームのせいで。


 今回行われたのは、過去の大改変だ。

 それによって本来存在しない建物が、当たり前のように存在するようになった。


 怖い。まともな神経をしているのなら、怖くない人間なんているわけがない。

 大雑把で物事を深く考えない龍華はともかく、優奈はこの世界に対してはどこか悩みながらもプレイを続行する意思を示した。


 ……ボクは、ボクがプレイ続行する理由は。


 目を閉じて考える。

 胸の内にあるのは、パートナーのメタルスライムを一人にしたくない強い思いだった。


 VRヘッドセットを装着してゲームを起動。

 プレイ中に詰んだ際の救済措置である『塔』か『最終ログアウト地点』の選択肢から後者の方を選ぶ。


 周囲の景色が変わり、最後にログアウトした宿屋の一室に自分のアバターが出現する。

 軽く手を開いたり閉じたりして同期確認をした後、ベッドから起き上がるとふちの方まで移動して足を木製の床に下ろした。


 すると膝の上にメタちゃんが、どこからかジャンプしてきた。

 両手で左右から挟むようにキャッチして、ボクは彼にいつものように挨拶をする。


「ただいま、メタちゃん」


「メタメタ〜」


 ひんやりプニプニする触り心地の良いメタちゃんは、黒いまん丸の目で見上げてくる。

 優しく胸に抱き締めて、この子のパートナーとして共にいる事を強く誓った。


「一緒にいるからね、メタちゃん」


「メタメタ?」


「どうかしたのって? ……キミの為にも、この世界で頑張ろうと思ったんだ」


 素直に思いを吐露とろしながら、ボクはメタちゃんを離して隣に置いた。

 同じく頑張ろう、と弾むのを見ていたら自然と笑みがこぼれる。


「それじゃ採掘に行くよ……って言いたいところだけど、先ずは弾丸を作りたいんだ。だからこれを食べてもらっても良いかな?」


 再会して早々にお願いをして、ベッドの上に朝採掘した100個の鉄片をストレージから出す。

 加工前の鉄の山をメタちゃんは目を輝かせ、自分に任せてと言わんばかりに弾みながら大きな口を開けて丸呑みにした。


 1分も経たない内に体内で加工された鉄片は、彼のケツらしき場所から排出された。

 うーん、何度見てもアレにしか見えない光景だ。


 他の人が見たとしても、自分と同じ感想しか抱かないだろう。

 弾丸の形状に加工された銀色に輝くアイテムを手に取る、その名は──〈メタル・ブレット〉と表記されている。


 個数はメタちゃんが食べた分、100個がまるごと加工された状態であった。

 通常ならば10個の鉄片を専用の機材に入れて、1個の『鉄塊』に加工しなければいけない。


 そこから更に専用機に入れて弾丸に加工するのだが、1個の『鉄塊』から作れるのは僅か3発だけ。

 弾丸にするまでに掛かる時間は、およそ30分くらい。


 100個を全部加工するとしたら、その10倍の時間が掛かるわけだから弾丸の素体を作るだけで5時間も掛かる計算になる。

 そこまで時間を掛けて作れるのは、最大で30発程度にしかならない。


 しかしメタルスライムは、食べた金属をそのまま〈メタル・ブレット〉に変換するユニーク能力を持っている。

 これこそ自分が〈ガンブレイダー〉の運用を可能としている大きな理由。


 こういった一部のユニーク持ちは、プレイヤーの中でも羨望の対象として〈ユニークホルダー〉と呼称されていた。


「ありがとう、メタちゃん」


「メタマンゾクゥ……」


 満足そうなパートナーのツルツルした頭を、優しくそっとなでた。

 早速入手した弾丸を全てストレージにしまったボクは、部屋に備え付けてある机に向かう。


 席について1個の弾を左手に、ドワーフの店主から貰った〈セラフのペン〉を右手に持った。


「それじゃ、先ずは全部〈セラフ・ブレット〉にしちゃおうか」


「メター!」


 隣で見学する、と言ってメタちゃんは机の隅っこに跳び乗った。

 可愛らしい見学人にくすりと笑いながら、せっかくだからとメニュー画面を開いてライブ配信の準備ボタンをタッチする。


 目の前に出現したのは、他のフルダイブ型ゲームと同じ空中に浮かぶカメラ。

 正面に位置調整を行った後、


【ガンブレイダーの作業配信・集中するので無言です】


 にタイトルを設定して配信を開始。

 すると『ガンブレ?』『ガンブレの作業配信だと?』『やだこの子可愛い』とコメントがチャット欄に流れる。

 何人か入場してきたのを確認した後、挨拶する度胸の無いボクはスキル画面に目を向けた。


——————————————————————


〈クロス〉:STRとAGIを強化。

〈シールド〉:自身の正面に障壁を展開。


——————————————————————


 MPを1消費すると、未処理の弾丸に項目の中から選択した一つのシンボルを描く。

 それは基本にして、天使の力で一時的にステータスを上げる十字架の〈クロス〉。


 効果はSTR、AGIの二つが『10』ポイントずつ上がり、加算式で使用した数に応じて最大『50』まで強化可能。

 加えて無属性の〈セラフィック・スキル〉を発動できる。


 もう一つの〈シールド〉は、半透明の障壁を正面に展開するシンボルだ。

 一方向しかカバーできないけど、その分ボス級の攻撃すら防ぐ便利な弾丸となっている。


 初期値のINT50で〈ガンブレイダー〉が使えるのは、この〈クロス〉と〈シールド〉だけ。

 INTを100にする事によって、新たに四大天使『ミカエル』『ガブリエル』『ウリエル』『ラファエル』のシンボルを解禁できる。


(とりあえず〈シールド〉はそこまで使わないから、〈クロス〉多めで良いよね。作業が終わるころには、レベル7くらいになってるかな?)


 といっても作業自体は慣れているので、ルンルン鼻歌を歌いながら一つ一つを処理し大体2時間程で完了する。

 綺麗に並べた弾丸の品質は全部一番上の【最良】だった。


「ああ、何度見ても綺麗だなぁ……」


 これが【良】とか【不良】だと性能が落ちるので、我ながら実に良い出来だと自負する。

 椅子から立ち上がったボクは視聴者さん達にお礼を言って、チャット欄が『天使だ』で埋め尽くされているライブ配信を終了した。


「な、なんか百人くらい人が来てたような……き、気のせいだよね?」


 ただ弾丸にシンボルを描く面白みもない単純な作業に、沢山の人が見に来るはずがない。

 今のは気のせいだった事にして、役目を終えて砕け散った5本目のペンに感謝しながら弾丸をストレージにしまう。


 アイテム作製で経験値も入り、レベルは5から一つ上がり6となった。

 レベルアップボーナスを、朝の分を含め合計30貯めることができたのでINTに全振りして80にする。


「ふぅ……100まで後20ポイントか」


「メタ~!」


 頑張ろう、と言ってくれているメタちゃんの頭を軽く撫でて、作業に使用していた席から立つ。

 少し考えた後、今から2時間ほど採掘作業をする事にした。


「……今のボクには足りないものが多い。せめてレベルに関しては、最初のカンスト20までは上げたいかな」


 優奈と龍華はレベリングと装備を整えるため、しばらくは別行動をする。

 産廃職〈ガンブレイダー〉の初動は、育つまでパーティーは組み辛いので仕方がない。


 これから先、何が起こるか分からない。


 ゲームの中なのだから、今できる事は可能な限り自身のアバターを強化する事だ。

 分かりやすい今後の方針を一つ決めたボクは、ツルハシを手に先ず今朝のドームに向かった。

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